カウント
歌野裕
カウントアップする男達
「あとは蓋を閉めるだけだ」
僕──
ゆっくりと背伸びをしながら、周囲を見渡すが、この空間には僕以外の誰もいなかった。まあ、それは当たり前の話だ。でなければ、こんなことはしているはずもない。
静かな空間に微かな湿気の匂いが漂っている。
僕はソファに座り、その香しい匂いを吸い込む。気が弛めば、頬の筋肉も弛み、涎が生成されるので、油断は禁物だ。まだ決行までは五分──正確には、四分三十秒──もある。慌てては、駄目だ。
そんなことを考えながらも、頭の中では秒刻みで五分──三百秒を数えている。タイマーを設定しているから必要はないのだが、ついいつもの癖で三百秒を読み上げてしまう。タイマーは五分のカウントダウンに対し、僕はゼロからスタートするカウントアップだ。このタイマーと僕のそれがぴったり重なった時の快感はまさしく爆発ものである。
しかし、と僕は唸った。いつもなら三分で仕上げるものを今回は五分、という指令に関しては些か納得できないものがある。慣れない時間に不安もある。だが、それが指令である以上、僕にはそれを敢行する以外の選択肢があるはずも無かった。
時間、という概念は酷く恐ろしいもので、絶え間なく正確に刻まれているはずなのに、人の感情を織り交ぜれば、伸縮は自在と化す。焦りは時間を加速させ、希望は時間を鈍重にする。廻せばくるくると彩りを変える万華鏡のように、その時間の長さは千変万化である。
だからこそ、僕は自らがカウントアップを行なうようにしているのだ。タイマーだけでは、待ち遠しさが時間の感覚を狂わせ、待っている時間が長く感じてしまう。
そうこうしているうちに、僕のカウントアップは二百秒を超えた。もうそろそろだ。ゆっくりと腰を上げ、目を瞑る。焦らず五百秒に向かって、カウントを重ねていく。あと三十秒で、五百秒に辿り着く。
その時だった。
勢いよく扉が開き、男が入ってきた。男は僕の準備したそれを見て、にやりと笑う。男は僕の知り合いだったが、僕の視線はそれよりも男が持っていたものに注がれる。
男は僕と同じそれを持っていた。まさかお前もか、と僕はため息を吐く。
「一平ちゃん、頼まれてくれないか」
男はそれを僕に投げよこすので、慌てて受け取った。もう少し慎重になってくれないか、と小さく舌打ちをするが、彼の大雑把な性格を考えれば仕方の無いことだと小言は腹の中に留めることにした。
「じゃあ準備を始めよう」
かちっと火を付ける音に呼応して、二人の男の舌舐めずりが室内に響き渡るなか、僕は新しいカップ麺の蓋を開けた。
これはカウントアップする男達──Count UP "Men"の物語。
カウント 歌野裕 @XO-RVG
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