慧麗宮・04
「我が妹にございます」
「────は? いもうと……… ⁉」
男はかなり驚いている様子だった。
「ええ、異母妹になりますがね。長いこと遠縁に預けられていましたが、養父母が相次いで他界したために叔父が後見人になり引き取ったのです」
「………貴殿に妹君がおられたとは」
「私もつい最近知ったのですよ。妹が十八歳になるまではその存在を秘密にするようにと、父は叔父に遺言状を預けていたそうなのです」
「なぜ秘密になど?」
「妹は幼少のころより占女の素質があり、父が師を付け占術の修行などさせていたのです。師は妹を逸材だと申し、その優れた占の才能がしっかり根付き開花するまでは何者にも知られてはならないと………。当時からかなり高齢だった妹の師は亡くなる間際までそれを懸念していたとか。────とまあ、父の遺言状に書いてあったことですが。妹が占師を名乗れるほどに育つまで秘密にするつもりだったのでしょう」
「しかしなぜにその妹君を太子に………」
「それは先ほど言ったではありませんか。殿下が以前から所望していたものがあると」
「まさかそれが占術だと?」
李昌は頷いた。
「妹のことを殿下にお話ししたところ、ぜひ会ってみたいと仰られ。幾度か機会を設けさせていただきました。そして幸いなことに殿下は我が妹をとても気に入られたご様子で。ぜひ宮殿に招きたいと仰られたのです」
「………嬪にでもするおつもりか」
「いえいえ。とんでもない、そのようなことは」
李昌は大げさに頭を振った。
「綵珪さまは占師を招聘されたのです。そしてそれがたまたま我が妹であっただけのこと」
「招聘だと?占師と話がしたければ黄大華様に頼めばいいではありませんか」
皇帝の正妃には以前から仕えている占師がいる。
「仰る通りにございますが。殿下の御意思であれば私ごときが逆らえませぬゆえ」
「太子殿下にどんな御意思があるというのか。お聞かせ願いたいものですな」
「綵珪さまは不穏続きの宮廷を嘆いておいでなのですよ。囁かれている不気味な噂について、何か少しでも解決できればとお考えです。夜遊びが過ぎるなどと言われてますがね、今騒がれるべきは太子様にあらず………なのでは?」
男は何も言い返せずにいた。
「────それでは」
李昌は軽く会釈をし、男に背を向けた。
◇◇◇
「まったく、強気だな。見ててヒヤヒヤするぜ」
慧麗宮へ向かって歩く李昌の後ろで声がした。
聞き馴染みのある声なので、そのまま歩みを止めずにいると、相手はすぐ横に追いつき、歩幅を合わせてきた。
「どういうことだ。おまえに妹なんて初耳だぞ」
「聞いてたのか、
「聞こえちまったのさ。………というより聞かせてただろ、野次馬にわざと」
「そうさせたのはあの男の方からだ。誰だい? あいつ」
「なんだおまえ、知らないで話してたのか?」
瀏玄は呆れたように李昌を見つめた。
李昌より頭二つ分ほど背が高いので、見下ろされていると言うべきか。
身長差だけでなく体格も大きな瀏玄は武官で、文官である李昌とは十二歳から通った国学院で知り合ってから親交が続いている。
李昌と同じ高位の証でもある〈紫紐〉で授印を帯びている瀏玄は、武芸の名門で名高い『
貴族主義、家柄重視が根強い宮廷社会の中で珍しいほど庶民派で気さくな性格だった。
「名は
「範………。ふーん、貴族出身か。そういえば陛下贔屓の派閥にそんな姓の奴がいたような気もするな………」
「後宮の四葉嬪の一人が範家筋の者だと聞いてるぞ」
「花葉は?」
「
「この先の後宮にもはや御子は望めまい」
皇帝もその華花たちも皆、年老いているのだ。
「かと言ってそう簡単に玉座は変えられないぞ。最近になってようやく陛下も綵珪さまを気にかけるようにはなってきたが………」
「簡単じゃないことくらい判っているさ、瀏玄。でもだからって何もしなければ変わらないだろ。隙間から少しずつでも風を送って穢れた空気を入れ替えないと」
「その風となるのがおまえの妹君というわけか。嵐を呼びそうな風だな。成孔は口が軽いぞ」
「構わないさ、寧ろ好都合だ」
揺らぎも曇りもない瞳で真っ直ぐに前を見据えて言いながら、李昌は微笑した。
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