慧麗宮・03




 李昌を見送った後、凛凛はユリィを離れに案内した。



 宮殿の中を進み、中庭が望める場所から一度外へ出る。



「なぜお顔を隠すのです?」



 外に出たと同時に再び顔面に布を垂らしたユリィを見て、凛凛が訊いた。



「こうしてないと占力が弱まるの。目には見えない邪気が身体に流れて来ないようにするためのものよ。占いで集中するために余計なものを視界にいれたくないという理由もあるわ。それから私、肌が弱いの。日差しが強い夏は特に気を付けたいから」



 凛々は「そうでしたか、大変ですね」と、素直に納得した様子だった。




「もうすぐです、ユリィさま」



 庭園を少し進むと美しい蓮の花が咲く小さな池があり、その向こうに小邸が見えた。





 ◇◇◇◇◇




 皇帝の御前にて毎朝官人が参集し聴政や謁見が行われるまつりごとを終え、李昌が朝堂院から外に出ると、声をかける者がいた。




「今朝はどうされましたか?李昌殿が遅刻しそうになるなんて驚きましたよ」



 話しかけてきた者の顔に覚えはないが、腰帯には官人だという身分証明にもなる印が黒い紐に通して下げられていた。



 紐の色は三色あり、白が下級官吏で印も縦半分に割った大きさの「半印」と呼ばれる印になり、黒は中級で半印ではないが『紋』が彫られていない印を持つ。



 上級官吏でもある李昌のように紐の色が紫になると印の中に高位という意味を持つ〈肩翼〉の紋章が彫られてあった。



(───はて。官吏は官吏でもどこの部署に属している者やら………)



 歳の頃は二十五歳の自分とたいして変わらないようにも思えるが。



 李昌は童顔なので王太子よりも若く見られがちだが、これでも綵珪より二つ年上なのだ。




「見られていましたか。お恥ずかしいことです」



 黙っているのもなんなので。


 こう答え、さりげなく名前でも聞いてみようかと思っていると。




「側近とはいえ、あの太子のお供では寝る間もなくて大変でしょうなぁ」



 言葉とは裏腹に、たいして同情している風でもなく、男は底意地の悪そうな微笑を浮かべ面白がっているように見えた。



 けれど皮肉も嫌味も聞き慣れている李昌は笑顔で返す。




「もう慣れましたけどもね。今朝は湊家から殿下へ贈り物があり西宮へ寄っていたので遅れそうになったのですよ」




「ほう………湊家から。どのようなものを献上されたのです? 殿下の好みなど私も聞いてみたいですな。出世の秘訣としてぜひ」



 わざとなのか自然なのか。


 男が声を高めたせいで、周りに人が寄って来た。



(なにが出世の秘訣だ。綵珪さまは金品で懐柔される輩とは違う)



 心の中で思いつつ李昌は少し思案した。



 噂を流すのは明日以降と思っていたが………。



(ま、いっか)



 李昌は愛想のいい笑みを浮かべながら答えた。



「殿下は以前から強く所望していたものがありましてね。それがちょうど湊家にありまして」




「ほう。それは何です?」




「ここ最近の宮廷では綵珪さまが夜遊びに興じていると噂されてますが、実はそれを得たいがために熱心に通われていたのです」



「湊家へですか?」



「叔父の館へです。でも叔父の許可が簡単には得られずにいましてねぇ。あまりにも急なお話でしたので………」



「李昌殿の叔父上とはあきないで名を馳せている栄柊殿ですな? そのような方が所有しているものでしたらきっと価値のある一品なのでしょうね」



「ええ、まあ。叔父も殿下の熱意に負けましてねぇ。ようやく今朝そのものを殿下のお傍に届けることができました」




「ですから、それは一体どのようなお宝なのですっ?」





 男はぐっと身を乗り出し、急かすように訊いた。












  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る