帝城への出仕・05





 間もなくして窓布の隙間から見える景色が変わった。



「もうすぐですよ」



 布を半分ほど開け、李昌は言った。




 見れば馬車は城と市井を隔てる濠端ほりばたを進んでいる。



 厚みのある石造りの城壁がそびえ、それは行く先をはるかに超えて永遠に続いているかのように思えた。



 李昌の話では帝都〈貴仙〉の街も広いが『玲鳳城』と名のある帝城内の敷地は倍以上、比べ物にならない広さだという。



【慶晶門】と呼ばれる国王が出入りする正門の他に大門は四つ。


 そして城内には大小合わせ、宮殿が十七もあるという。



 城外に屋敷があり毎朝参内する官僚とは別に、王族はもちろん後宮の側室たち、それに仕える女官に宦官、兵士から下働きに至るまで、想像もつかない数の人間がこの壁の向こうで生活しているのだ。




「城へ入る前に湊家のやしきへ案内したいところでしたが」



 邸は城から近いのだと李昌は言った。


 城に近い場所に屋敷を構えられるのは高官の証でもある。



「あなたを早く西宮へお連れするように殿下から言われてますので。一番近い西の【黎珂門】から入ります。殿下のお住まいになる西の宮殿は別名『慧麗宮』と呼ばれていますよ」



 ────西?



「東宮ではないのですか?」




 四年前、次期王位を継ぐ者として期待されていた王太子が、病により二十歳で亡くなってから、次の東宮になるのは順位からして綵珪であるという話は国民の誰もが知っていることだ。



「いまさら引っ越す気はないようですね。………それに次期王位はまだ確定ではないので。………いろいろと揉め事が多くてね。綵珪さまもああ見えて苦労が絶えないのですよ」




 確定ではないという言葉に、ユリィは思い出すことがあった。



 以前、妓楼のお客の官僚から少しばかり聞きかじった話だが。


 問題があるとすれば綵珪の母親の身分が低いせいだろうか。



(───かなり昔に亡くなっていると聞いているが)



 現帝の正妃は王子を産んでいない。



 四年前に亡くなった王太子の母親は側室だが高位である『紅華』の位であるという。



 後宮には称号呼び名があり側室には階位があった。


 正妃には『黄大華オウタイカ』という称号があり、〈側室〉には『紅華コウカ夫人』という称号を筆頭に『碧華ヒャクカ夫人』『翠華スイカ夫人』『白華ハクカ夫人』と総じて四華嬪と呼ばれる上位の妃嬪と、そこから下位に位置付けられる〈花葉カヨウ〉という位があり〈花一葉はなひとは〉から〈花四はなよつばつ葉〉までの、四葉嬪と呼ばれる階位がある。



 綵珪の母親は花葉で〈花四つ葉〉の位だったという。



 現在、橙藍国の王太子は二十三歳の綵珪の他に十歳の異母弟が一人いる。



 現帝は老齢で若い側室も持たず、弟王子を産んだ白華夫人もかなりの高齢出産だったとか。



 揉め事、というものが次期王位を巡っての事であれば、これ以上の推測はやめておこうとユリィは思った。



 後宮のいざこざに関わるのは御免だ。



 李昌の口もそれきり閉ざされたままだった。




 やがて馬車は【黎珂門】に着き、一旦降りた李昌が警備兵と言葉を交わす時間は数分で終わった。



 李昌が戻ると馬車は再び動き出した。



 門に着いたとき、半分開いていた窓布は閉ざされてしまったが。



 馬車の揺れで見え隠れする布の隙間を見上げると、朱塗りの楼門が朝陽を浴びて輝くのが見えた。



 馬車はその下をゆっくりと進み『慧麗宮』へ向かった。




 ♢♢♢



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