帝城への出仕・04




 目の前に座る李昌の視線を顔面の薄布越しに受け、ユリィはその顔立ちとよく似た者を思い出した。



(───湊は栄柊の姓だ)



「叔父さんも承知しています。湊家当主として私も歓迎しますよ」



「当主 ………あなたが?」



「はい。私の父は幼い頃に亡くなり、母も五年前に他界しています。兄弟もいないので。湊家はもともと商いで生計を立てていたけれど、父よりも叔父さんの方に商才があったようでね。でも叔父は未だに独り者なうえに年中あちこち飛び回るような生活だ。腰を落ち着かせる気もないらしいから」



 嫡子である李昌が家督を継ぐのは当たり前だけれど。



 湊家と聞いて皆が頭に浮かべるのは、豪商で名高い栄柊の顔や名前で、年若い官吏ではないだろう。



「宮廷勤めになるまで長く援助をしてくれた叔父には感謝ばかりです。父に似て私も商才がないので叔父の仕事は手伝えませんが。出世して湊家を名家にする手伝いなら私にもできる」



(出世ね………。綵珪の側近であればもう先は安泰じゃないか)



「期間限定ではあるけれど、あなたは今日から私の親戚になりますね」



 人懐こい笑みを浮かべながら李昌は言った。



「そんな簡単に言っていいんですか。湊家の親戚の方々にバレたらどうするんです?」



「それほど心配することはありません。亡くなった母に兄弟はなく、遠い親戚がいるとしてもどこで暮らしてるのかも知りません。湊家の血縁者は叔父と私のみ。でもあなたは庶子で私とは異母兄妹という設定です」



「ずいぶんと近い関係ですけど。遠い親戚に変えた方がいいのでは?」



「近いほうがいろいろと都合が良いこともありますよ。人前ではこれから私のことを「お兄様」と呼んでください」



 ユリィはおもわず眉を顰めた。



「少し練習してみようか」



(冗談だろ)



 いきなりの無理矢理無茶振りと馴れ馴れしい態度になった李昌を、ユリィは冷ややかに見つめたが、顔面に垂らした布越しなので睨んでも効果はなさそうだった。



 黙り込むユリィに李昌は微笑した。



「これからよろしく、妹殿」



 改まった態度で座礼する李昌に、ユリィは仕方なく渋々と応じた。



「お世話になります、李昌お兄様」



 青黒い薄布の向こうで、李昌は少し照れたように目を細めた。







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