臨時休業・04





「大人をからかうんじゃない」



「妓女の戯れも仕事です」



 ムッとしたまま答えたユリィを見て、綵珪は目を細めた。




「ここでまた俺に術などかける気だったのか?」



 ユリィはにっこり笑ってハイと答えた。



「今の綵珪さまには何よりも睡眠が必要です。ここでしっかり眠っていってくださいませ」



「………そうだな。それも悪くないか」



「では私を押さえている力を今少し緩めてほしいのですが」



(───手首痛いんですけど!それに重いッ!いい加減、退けっ)



「あ、あぁ」



 心の声が通じたのか、綵珪の身体がユリィから離れた。



 ユリィは起き上がると掴まれていた手首をそっと撫でた。



「痛むか? ………すまなかった」



 真向かいに座っていた綵珪が申し訳なさそうに言った。




「変な人ですね、綵珪さまは。妓女を押し倒しておいて謝るなんて。お気になさらず、こんなことは日常茶飯事ですよ」



 悪酔いしてふざける客は多いし、占いだけのはずが身体を求めて襲いかかる客もいる。



 押し倒されても妖力による催眠術でいつも事なきを得るが。



 謝る客は初めてだ。




「そのままこちらへ横になってください」



「このまえも言ったが、俺に術をかけることは難しいぞ」



「術はかけませんよ」



 綵珪の場合、肌と肌を密着させ、妖力のある吐息や言霊を使い〈気持ち良〜くなる催眠療法〉を使っても、効くのは短時間でおまけに〈見なかったコト〉にする術が効かないのは立証済みだ。



「ではまた添い寝で子守唄か?」



「綵珪さまが嫌でなければですが」



「そうか。うん、あれは意外と心地よかった」



 こう言って嬉しそうに笑った綵珪の表情は子供のように見えた。



 睡眠を促す暗示療法は他にもある。



(試したい気もするが…………)



 今はやめておこう。



「さぁ、どうぞ」



 枕を整え勧めるが、何やらじっと考えている様子の綵珪が気になった。



「綵珪さま?」



「望みを一ついいだろうか」



「なんです?」




「今宵は俺が眠るまで君の膝枕がいい」



 一瞬、眉を顰めそうになったユリィだったが、我慢して頬を強張らせつつ微笑みながら答えた。



「かしこまりました。ではどうぞ」



 正座したユリィの膝に綵珪は頭を乗せて横になった。



 お客に膝枕は初めてで慣れていないせいか、なんだか居心地が悪い。



 綵珪の目は閉じられているが、顔の向きが真上なので余計に落ち着かない。



 このまえ相手をしたときの綵珪はなぜか強く目を閉じていて緊張している様子だったが、今夜はそれもなく普通だ。



 ユリィは綵珪の胸にそっと手を乗せ、優しく叩きながら唄いはじめた。



 ***



(どんな望みを言うかと思えば………)



 本当に変な奴だ。



 いきなり敵わないような力で組み敷いてくるかと思えば、子供みたいに無邪気な顔もする。



 拗ねて嫌味を言うかと思えば、妓女相手に謝ったりもする。



 綵珪の本心や本音がどこにあるのかさっぱりわからない。



(まだ出会ったばかりだものな)



 だから仕方ないのかもしれないが。



 帝城へ行ったら、もっとわかるのだろうか。



 ワケありだという王太子の素顔が。



(………んなことべつにどうでもいいか)



 雇われ占師は業務を遂行するだけだ。



 あっという間に眠りに落ち、熟睡し始めた綵珪を起こさぬように、ユリィは膝ではない枕のある方へ綵珪をそうっと移動させた。



 ようやく動かし終え、それでもよく眠っている寝顔を見つめながらホッと息を吐く。




(まったく。世話のかかる大きな子供みたいだな!)




 ユリィは静かに寝台を降り、朝まで仮眠をとるために長椅子へと向かった。













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