妖魔女ですがワケあり王太子にご所望されてます

ことは りこ

花街の妖魔女・01




 その日は朝から嫌な感じのする「気」がまとわりついていて、ユリィは憂鬱だった。



 近頃は夏季に入る前にしばらく続く蒸し暑い陽気のせいもあってか、どんなに薄着になっても涼しくならず、いっそのこと服を全部脱いでしまいたいとか思う。



(そしたら少しは楽になるのに)



 とはいえ、さすがに真っ裸はマズイ。



 いくらここが娼館でも勤務時間外でも、素っ裸はダメだろう。



 ユリィは仕方なく、下着姿のままで我慢して部屋に篭ることにした。



 身体が火照る理由は、とある体質のせいもあるのだが。




(嵐にならなきゃいいけど………)



 懸念するのは天候の嵐ではなく「厄介ごと」である。



 そしてそれは残念なことによく当たるのだ。





 ユリィは生まれつき〈妖力持ち〉なので、特異な気配には敏感だった。



 鮮明な予知ではないが予感から予想した内容の的中率は高い。




 ユリィはそんな能力を仕事にも活かしていた。




♢♢♢♢♢





 東の大国として名高い『橙藍トウラン』。



 ここは帝城のある賑やかな都の一角。



 花街にある華睡館カスイカンにユリィは身を置いている。



《華睡館》は花街でも一、二を争う高級娼館だ。



 娼館は客に身体を提供する妓女ばかりではない。


《華睡館》には歌舞・学問・詩歌といった高い教養を兼ね備えた芸妓も多い。



 もちろん両者を兼ねている者がほとんどだが、ユリィはそのどちらでもなかった。



 芸事の教養はひと通り仕込まれたが、ユリィが売るのは色でも芸でもなく【占】だった。



【占】といっても中身はいろいろだ。


 吉日や厄日、人間関係や日常生活に占いを重要視する者もこの国には多い。


 恋占いなども人気があり一般的だが、ユリィが得意とするのは占診だった。


 占診とは「占って診療する」という意味がある。




【占】で病をる、そしてその病に合う治療や医薬処方も行う。



 中でもユリィの『夢占診』は評判がいい。



 店では、


『すっごく気持ちいい夢診療で頭もカラダも心もスッキリさせてあ・げ・る♪』


 という謳い文句キャッチフレーズを掲げている。



 それは色や芸に飽きた一部の特殊な趣味マニアックな殿方たちに好評だった。



 催眠治療と称して不思議な〈魅惑夢〉を売るユリィには『華睡館の妖魔女』という異名もある。




 それは橙藍から遠く西方で栄えていた国に存在していたという伝えがある女性の名称と同じものだ。



 先々帝が橙藍国を治めていた時代に攻め滅ぼしたという西の妖国「世珠セジュ」に、妖力と妖獣を従えていたという妖魔女。



 その詳細はあまり知られていない。




 ◇◇◇◇◇




(久しぶりに「予知視」でもやってみるか)



 ユリィは商売道具の一つを棚から取り出し卓子テーブルに広げた。



〈花占札〉と呼ばれるそれは、六十枚の小さなカードに、二十枚ずつ黒、白、赤、の色が付き、三十種類の花が描かれてあるもので、占う内容によって手順や並べ方が違ってくる。


 ユリィは簡単で手っ取り早く結果の出る方法を試すことにした。


 札をよく交ぜて置き、上から歳の数だけ引く。



 ユリィは十八枚を引き、色と描かれた花側を伏せながら決まっている配置に並べ置いた。



 配置は「現在、過去、未来」という意味で分けられ、札をめくりながら三回占う。



 三回とも並べ方を変え、その都度「未来」の位置で最後に残った札が結果となる。



 札の色と描かれている花には意味花言葉があり、それを参考にすることで未来を予測する。



 結果は一回目が〈偽りの黒〉、二回目は〈変革の白〉、三回目は〈出逢いの赤〉という言葉を持つ札が残った。



 白は「無」という解釈もあり、それほど重要性はない。



 黒は「悪」とされ要注意だが、白が間に入っている場合は効力を遠ざける意味もありそれほど心配はなかった。




「………出逢いの赤、かぁ」



 赤は「命」という意味があり、吉兆や強運に結びつくと言われ、他の占いでも良い意味をもつ色だった。



「結果としてはそれほど悪くないのかな」



 ユリィはため息をつきながら札を片付ける。



 身体の熱量が普段より上がっているのは身の内に潜む奴が腹を空かせているせいだ。



(そろそろ美味い〈悪夢〉を食べさせてやらないと………)




 体温調節が上手くいかないと、精神と肉体に抑圧感ストレスが溜まるのだ。



 客商売に出逢いは多いが、邪気憑きや悪夢憑きのような「病み憑き」との出逢いはそう頻繁にはない。



 もういっそのこと「悪夢祓いも承ります!」みたいな看板出せたらいいのにと思うときもあるが。



(………私が〈バク〉という幻獣を使役していることは秘密で、それがここに居られる条件でもあるから)



 それは華眠館の女将でもあり、ユリィの養母でもある蓮李レンリとの約束だった。



 橙藍国は『妖力』や『妖獣』など〈妖〉と名の付くものを不吉で忌まわしいものと決めつけている。



 そしてこの国では『妖獣』という呼び方の中に『幻獣』も『聖獣』も含まれてしまっている。



《貘》は幻獣だ。他のと一緒にしないでほしい。



 それに〈妖〉と名の付くもの全部に害があるわけじゃないのに。



 妖魔女もそう。


 妖力で邪気を祓うこともできるのだ。



 世珠セジュは〈妖力〉を上手く活かせていた国だった。



 そして妖国の民は平和に暮らしていたのだと、微力だが〈妖力持ち〉でもある蓮李が教えてくれた。



(そんなこと知っても今更だけどね)



 たとえ私や蓮李に妖国民セジュの血が流れているとしても。



 そして私が本物の妖魔女だとしても。




 世珠はもうない。



 祖国の大地は橙藍帝の直轄領となり呼び名も変えられ、位の高い官僚が派遣され統治していると蓮李は言っていた。












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