第14話 招かれざる客
新居生活初日、その夜。
家の周りにゴーストは集まってきたが、家の中に入ってくる様子はなかった。竜狩りの武器を袋の中に片付けると、途端に家の中に入ってきだしたので、思惑通りに機能していたようだ。出すと逃げ出した。
静かな家の中で、のんびり家財道具の配置をするのだった。
二日目。
夜が明け、軽く朝食をとってから井戸水で体を清めて。足りないものを買いに行こうとしていたら、招いても居ないのに来客があった。その客というのも、先日助けた無能な駆け出し君。名前は覚えてない、覚える価値がある相手ではないと判断したからだ。
「あの、この前はありがとうございました」
「何かあれば任せる、と言われてたからな。仕事でやったことだ、気にしなくていい」
仕事でなければ助けなかったのか、と聞かれれば、そうではない。俺にだって情はある。助けられる命なら助けたい。ただし悪人と恩知らずは除く。
どこかの女騎士なんて助けてやったのに人を殴って切って、挙句恩人をバケモノ呼ばわりだからな。次は助けない。
しかしこちらは、腕はともかく、恩を恩として認識する人格者だ。素晴らしい、感動した。
「その、厚かましいとはわかっていますが! 俺を弟子にしてください!」
「帰れ」
「ダメなら、これからも一緒に仕事を!」
「足手まといを連れて行くなら一人で行く」
今のコイツじゃ、ひどい重石になるだけ。野良犬のほうがまだマシな仕事をしてくれるだろう。だが、一度死にかけてなお仕事を続けようとするところを見るに、根性はあるようだ。
いい狩人になるには、諦めないことが大事だ、と亡き父も言っていた。助かった幸運をドブに捨ててまで続けるのなら、あるいは化けるかもしれない。その前に死ぬかもしれんが。
「……だが、助言くらいならしてやろう。死にたくないなら、慎重になることだ。それで三年生き残れたら、その時にはまた来い。考えてやる」
「……わかりました。がんばります!」
若いというのはいいな。可能性と情熱にあふれている。意気軒高と去っていく少年の背中を見送りながら、そう思った。
「さて。話は済んだかね?」
ぬるり、と景色の中から溶け出るように、赤髪蒼眼の美女が現れた。プロポーションもよく、容姿だけ見れば大変に好みなのだが、真っ先に脳が発したのは欲情ではなく警戒だった。そりゃそうだ、さっきまで気配どころか臭いすらしなかったし、そもそも登場の仕方からして普通じゃない。
「おっと、一応町長なんだぞ私は。そんなに目で睨まないでくれよ、怖いじゃないか」
言葉の割には、ひょうひょうとした態度と、こちらを測るような表情を崩さずに居る。とても怖がっているようには見えない……とはいえ、偉い人に喧嘩を売って何の得があろうか。警戒はしつつも、顔に出ていた分は消しておく。
相手の立場の真偽はさておいて、只者ではないのは確かなのだし。
「そうだ。それでいい。では自己紹介といこうか。私はフロレンツィア・カーチス。レニとでも呼んでくれたまえ。さっき言った通り町長を務めている」
「ジーク・フリート。職業は狩人です。二日前にこの街へ引っ越してきました。それで、町長殿が何の御用でしょうか」
悪いことは何もしていないし、自覚なしにやったとしても来るのは憲兵だろう。では、単純にあいさつに来たのか? だとすれば、相当マメな人だ。多分それはないだろうが。
「新たな町民に歓迎のあいさつと、どんな人かを見極めに」
「それはご苦労様です」
「普段はこんなことはしないさ。だけどね、あんまりに濃い竜の臭いをまき散らされたら、気になって仕方なくって。竜でも飼ってるのか? それとも、竜が人に化けているのか?」
「どちらでもありません」
「ま、何でもいいし、嫌なら話さなくてもいい。この町に害為す者なら排除するだけだからね」
見たところ相手は無手だけども、おぞましいほどの殺気からして、きっと何か隠し玉でもあるのだろう……しかし、この世界の美人は、どうしてこうも血気盛んなのか。いいや、俺の出会った人がそうだというだけで、決めつけるのはまだ早い。これからの出会いに期待しよう。
「それで、どうなんだい」
「殴られない限りはおとなしくしますよ」
とりあえず、害意がないことはわかってもらいたい。いくら不死でも痛みは怖い。殴られれば腹が立つし、場合によっては反撃も辞さない。
逆に、そうでなければ暴れる理由がない。
「ならいいんだ。いやー町長はつらいねえ、時には死を覚悟してでも、仕事に当たらなきゃなんないなんてさ」
さっきまでの嵐のような殺気は、一瞬で霧散した。まるで嘘のように。ただし、取ってつけたような笑顔は最初から変わらずそのままだ。
「誤解が解けたなら、帰ってもらえませんかね……」
ほんの短い間だが、途方もなく疲れた。朝からこんなことになるなんて思いもしなかった。もう今日の予定なんて放りだしてふて寝したい。毛布に包まって床に横になるだけでもいいから。
「君が危険な性格ではないことはわかった。だが、危険なモノであることには変わりない。ギルドの登録は人間だが、あそこには鼻の利く人間が居なかったらしいね……いや、鼻が鈍いのは仕方ないか。人間だし」
「……それで?」
「経歴をすべて話してもらう。拒否するなら街を出て行ってもらう」
「長くなりますよ」
「構わない。これも仕事だからね」
「……では、中へ。朝から驚くことばかりで疲れてましてね、立って長話はしたくないんですよ」
「私は美人だけど、変な気を起こしたら容赦しないからね」
冗談、のつもりなんだろうが全く面白くない。偉い人は日々まじめに仕事をこなしているから、ジョークのセンスがないのか。仕方ないから気を利かせて面白いことを言ってやろう。
「ここでそんな気分になれる奴が居たら、そいつには英雄の素質がありますよ」
その場は流して、家に招き入れる。彼女が一番に目を付けたのは、竜狩りの鎌だった。
「へえへえ、面白いものを持っているじゃないか。経歴はもう話さなくていい、察したよ」
何かわからないが、どうやら納得してもらえたようだ。その代わり、彼女の興味は大鎌に移ったようで、食いつくように。舐め回すように眺めている。
「あまり見続けると気が狂いますよ」
「常人なら魅入られるだろうけど。私は大丈夫。ああ、そうだ。コレはどこからどこまでが竜の素材でできているの?」
「刃に爪を薄く割ったもの。柄は竜の骨です」
「全部、全部と来たか。それはすごい……しかし加工が雑なのが残念だ。他にはない?」
「えー……」
この人怖い、からこの人めんどくさい、に評価が変わった瞬間だった。いや、それとも大丈夫と言いながら、魅入られているのでは。力を持った狂人ほど恐ろしいものはない、ここは言うことに従っておこう。
「これで全部です」
竜の胃袋をひっくり返して、もう一つの武器を出す。
「弓本体はアバラで、弦はヒゲ。鏃は牙。軸が骨……使い捨ての矢にはもったいないし、これほどの武器は個人で買えるものじゃない。本当に野良の竜殺しなんだね」
「……野良?」
「竜は恐ろしく、だからこそ栄誉となる。竜殺しを成し遂げたものは国に召し抱えられるのさ。知らなかったのかい?」
前半は知っていたが、後半はただの狩人が知る由もなく。あのバカな騎士は地方に左遷されて、それを挽回するために、竜殺しの実績が必要だった。だから竜に挑んで、無様に敗走したと。
「知らなかった」
「そうか。で、これを聞いたからには国へ上がるのかい? 私としては、この町に住んでほしいところだね。竜殺しが用心棒なら心強い」
「しばらくは住み続けるつもりですけど。永住する気はありません」
ここに留まり続けていても竜を殺し尽くせない。目的のためには、いずれここを出る必要がある。それに俺は不老不死なのだから、いつまでもここに居たら変な目で見られるだろう。
「そうか。残念だ。ところでその鎌売ってくれない?」
「売らない」
「弓は」
「売らない」
「矢の一本でもいいから。一度竜の素材を魔法に使ってみたかったんだ」
「隣の開拓村に行けば買えますよ。この前狩りましたから」
「ありがとう、すぐに出る。お礼に何かあれば言ってくれ! なんでも力になるから!」
嵐のような朝に、疲れて二度寝した。
買い物に出たのは二度寝から起きた昼過ぎ。その日のうちに必要なものは一通りそろえたのだった。
転生させられて竜殺しになりました crow mk.X @crow_mkx
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生させられて竜殺しになりましたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます