第12話 新天地での初仕事

 ギルドに入り、朝から酔っぱらっている男たちをかき分けて受付窓口に進む。


「おはようございます。朝からいらっしゃるとは、仕事熱心ですね。感心です」

「他にやることも行くところもないもんでして。早速ですが、仕事をもらえますか」

「どうぞどうぞ、お好きなものを選んでください。といっても三つしかないですけどね」


 受付嬢から紙を三枚渡される。一枚の紙に一つの仕事の詳細。水源調査に、草むしりに、町の清掃活動。最初の仕事以外はそれほど重要ではなさそうだが、それにも貴重な紙一枚を使うのは、この町に金がある証拠だろう。前の開拓村だと依頼はほとんど口頭だったのに。

 前に居た場所に思いを馳せながら依頼書を眺める。


『水源調査・危険度Ⅱ

最近農業用の水路に汚臭と混濁が見られるようになった。数人を水源地に向かわせ、原因を明らかにしてほしい。可能なら解決してもらえれば、追加で報酬を出す』

『草むしり・危険度なし

 畑の所有者が病気で寝込んでいるため、草むしりをお願いします』

『町の清掃・危険度Ⅰ

 今や街は汚物に満ち、塗れ、溢れかえっている……素晴らしいじゃあないか。存分に掃き、拭きたまえよ。お互いこの町を清潔にいたしましょう』


 この中で重要そうなのは、水源調査だろう。それだけに評価も大きく上がると思う。


「水源調査を受けたい」

「わかりました。先日二人の方が引き受けましたが、駆け出しなのでもう一人、フォローが居るだろうと取り置きしたものです……もう少ししたら来ると思います。何かあれば、助けてあげてくださいね」


 自分の手でどうにかなる範囲なら、助けるかもしれない。それで評価が上がるのなら。


 窓口から離れて隅っこのテーブル席に座り、一番安いパンとスープを注文する。何も食べなくても生きていけるが、それでも腹にモノが入っている方が気分はいいものだ。それがぼそぼそした味のないパンと、薄いスープであっても。


 ゆっくりと美味しくない朝食を味わいながら、ギルドに出入りする人々を眺める。前の開拓村と違い、服装は皆異なり、色彩も豊かで、見ていて飽きない。多くの人が豊かに暮らしているのだと、よくわかる。


 パンの最後のかけらを口に放り込んで、ようやく待ち人らしき二人組が現れた。若い男女、入ってくるときに手を繋いでいたところを見るに、おそらくカップル。年はまだ十代後半くらい。装備は極めて普通、二人ともチェストプレートに片刃の直剣と、小盾を持っている。


「あなた方が、水源調査を受けた二人組でしょうか?」


 布で手と口を拭いてから、二人に話しかける。


「そうです、今日はよろしくお願いします」

「こちらこそ。私はジーク・フリートと言います。どうぞよろしく」


 とりあえず、軽く握手。手の皮はまだ柔らかく、駆け出しという情報に嘘はないようだった。


「僕はジェイ。彼女はキリエ。人見知りだから、ちょっとした失礼は申し訳ないのですが、見逃してください」

「お互い様だよ。私も昨日この街に来たばかりで、わからないことばかりなんだ。年上と思わず、いろいろ教えてくれると助かるよ」


 自己紹介を済ませたら、食事の代金を支払って、さっそく依頼の調査のため郊外へ出かけた。水源地へは現地組の二人が案内してくれるということなので、俺はその後ろをついていくだけ。

 水源地へ近づくにつれ強烈な悪臭が漂いだす。


「……一体何がどうしたらこんなクソの臭いが水から漂うんだか」


 これほどの臭気だと、マスク代わりに布を巻いても焼け石に水だ。前世ならガスマスクなんてものもあったが、この世界にはない。

 だが幸い、嗅覚を麻痺させる薬はあるので服用しておく。父に教わった薬が役に立った。


「……」

「……」


臭いが強くなるまでは二人ともカップルらしくイチャついていたのに、もう一言も会話がない。臭すぎて口を開けば吐き気か悪態がこみ上げるからだろう。いったいこの先に何が待つのやら。



 たどり着いた水源地には、イメージとはかけ離れた、しかし予想通りの光景が待っていた。

 そこは糞溜まり。あまりの臭気に木々は枯れ、水は腐って泥色に淀み、腐臭を好むはずのハエすら居ない。

 しかし、原因と思われるものはこれといって見当たらない。野生動物が一か所に集まって一斉に排泄したとて、ここまで酷いことにはならないだろう。


「原因はどこよ……」

「うかつに動かないほうがいい。何があるかわからない」

「少しでも早くここから出たいの。この周りには何もいないし、そのために探すのがそんなにおかしい!?」


 言ってることは同意できるが、この場所でそれはまずい。止めようとしたが、彼女は足を進める。何歩か足を踏み入れたところで水面が爆発したように隆起し、彼女を飲み込んだ。注意一瞬、ケガ一生。だから注意したのだ。


「キリエ!」

「おい待て!」


 恋人が沼に飲まれて、釣られて飛び出した少年も同じ道を辿った。


「二人そろって馬鹿だったか」


 悪態を吐き捨てながら木の上に飛び上がって、安全を確保する。同じ轍は踏まない。助けるにも調査するにも、まずは敵を排除してからだ。

 糞溜まりの中心が盛り上がり、敵がその姿を見せた……否、奴は最初から見えていたのだ。糞だまりの中に糞が一つあろうと、区別がつくはずがない。


「スライムか。面倒な」


 半球形に盛り上がった水面が、俺を探すようにうごめく。おそらくアレが汚臭の原因なのだろう。依頼は原因の究明だから、このまま帰れば依頼達成だ。評価と報酬はしっかりもらえるだろう。


「何かあったら頼む、とも言われているしなぁ」


 問題を解決すれば追加報酬ももらえるという話だし。倒しておいたほうが得は多い。なら、そうするべきだな。


「助けてやるか」


 竜の素材で作られた武器は、単純な性能のみを見ても凡百のソレに優れる。しかし、その真価はまた別のところにある。流血に由来する、濃厚な怨念。竜は死してなお力を失わず、怨念は呪いとなって他人を害する。

例えば、このように。

木から飛び降りて、不定形のスライムの末端を切り捨てる。本体を削るまでもなく、傷口から醜く膨れ上がり、端から順にその形を崩していき。呪いがスライムの全身を犯し尽くすまで、十秒とかからなかった。


「まあ、こんなもんか」


 竜に比べれば大体の魔物はザコだが、そんな相手に竜狩り用の武器を持ち出せば、楽しむ暇がないのも当然のこと。まあ、今回は時間を優先しての選択だから仕方ない。

 つまらない奴だった、と武器の汚れを払い、袋にしまってから沼に沈んだ二人を引っ張り上げた。二人とも体は健在。誇りとか、人としての尊厳とか、そういう心の側はわからないが……肥溜めに落ちた人間の心境なんて、わからないしわかりたくもない。

 ともかく、依頼はこれで完遂したのだし。町へ帰ろう。

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