第11話 竜殺しと新天地
因縁の相手と再会したのは予想外だったが、それ以外は何事もなく隣町に到着した。獣、魔物、そういった悪いものが入り込まないように、しっかりとした作りの門が建てられている。馬車を進めて検問の前に止める。
「ようこそ、私たちの街へ。目的は何かな」
詰所の窓から男が顔を出して、声をかけてきた。
「引っ越しをしようかとね」
「ほう。引っ越し。後ろの荷物は家財かい? にしては少ないようだが」
「ああ、家具はほとんどない。ほとんど仕事道具だ」
「改めさせてもらっても?」
「どうぞ」
詰所からもう一人出てきて、馬車の荷車にかけてあるシートを剥がす。
「あんた傭兵か? それとも武器商人?」
「いや、狩人だ」
「ああ、そう……これだけの武器を持って入るのは、さすがにマズイな」
「商売道具を没収されたら困るな。問題は起こさないと誓うよ」
そう言いながら、こっそりと銀貨を二枚握らせる。一つは中に居る奴の分、喧嘩せずに分けろよと囁いた。
金はいい。世の中大体のことは金があれば解決するのだ。
「へへ、通さないとは言ってないさ。あんたはいい奴みたいだしな……ところで。ここに地図がある。もう少し出すなら、特別にいい話を教えてやるぜ」
「中身による」
「聞いとけばきっと役に立つ。どうする?」
仕方ない、とため息をついて、銅貨を五枚。こいつらちゃんと給料もらっているのか? それとも単に金にがめついだけなのか?
「金の使いどころがわかってるじゃないか。さあ、何が知りたい」
「ギルドの場所。オススメの飯屋」
宿はギルドで聞いたほうがいいだろう。言っちゃ悪いが、小銭をせびる人間の案内する宿がいい宿のはずがない。金はあるのだし、野宿のあとには快適な眠りが欲しい。逆に飯屋なら、安くてうまいところを知っているはずだ。
「珍しいな。大体の客は女を買いたがるもんだが。ギルドの場所は門を入って、通りをまっすぐ。酒瓶の看板がぶら下がってるでかい建物がソレだ。飯も酒も、そこがうまい。
ただ人の出入りが多いから、しょっちゅう殴り合いが起きてる。落ち着ける場所じゃない。腕に自信があるなら喧嘩で巻き上げるのもいいぜ。あとは川に面した市場も、新鮮な魚が食えるからおすすめだ」
女ねぇ。何日か前に別れた騎士さんは美人だった。昨晩見たクソッタレの竜も、見た目だけは特上だった。あれほどは求めないが、それなりに値が張るお店じゃないと満足できる女の子には出会えないだろう。
「飯は落ち着いて食いたい」
前世でも誰かが言っていた。モノを食べるときは、誰にも邪魔されず、静かにゆっくり味わって食べたいと。大人数でわいわい騒ぎながら食べるのもいいが、それは見知った顔とだけでいい。他人が騒ぐ中で食べても、喧噪で味がわからなくなってしまう。
「それなら町の真ん中へ行くといい。金持ち連中が住んでる場所だから治安もいい。値は張るが美味いものも食えるはずだ。どっちへ行くかは好きにしろ。この地図は読めるなら持っていけ」
「払った金に見合った話だ。ありがとう」
「問題を起こすなよ。ここによそ者の墓を作るほどの土地はない」
「わかってるよ。仕事お疲れさま」
手綱を振るって馬を進ませる。しばらくはこの町で暮らす予定だが、身の振り方を考えないと。金があるといっても、ずっと宿暮らしというのも厳しいだろうし……まずはギルドへ。そこで腰を下ろす拠点を見つけて、身の振り方は最後に考えよう。
門番の言っていた通り、ギルドは通りをまっすぐ進んでいると、それらしき建物がすぐに見つかった。隣に馬車置き場、のようなものがあったので、まずそちらに金を払って馬車を置かせてもらう。
「ザッケンナコラー!」
ギルドの扉を開いたら大男が飛んできた。飛び出した、ではなく矢のように飛んできた。
「ぐぇっ」
完全に気が抜けていたせいで、避けることも防ぐこともできず、巻き込まれる形で地面に押し倒された。重いし汗臭い。男に押し倒されても不快でしかないので、さっさと押しのける。飛んできた男は鼻血を出して気絶していて、文句を浴びせても起きない。腹いせに一発蹴っても起きない。
建物に入ると大勢の視線が一度にこちらに向く。さっきの男を飛ばした奴は……わからないのでまっすぐ窓口に進む。わかれば文句の一つでも言おうかと思ったけど。
「こんにちは。お怪我はありませんか?」
窓口に居たのは若い女の子。特段整った容姿ではないが、愛嬌のある顔つきをしている。それに一番に人の心配をする優しさもある……あなたが聖女か。性格の悪い女騎士のせいでささくれた心が完全に癒された。
「頑丈さには自信がありまして」
「そうですか。ところで、ご用件は」
「金券の現金化と、宿の紹介。それから登録」
貴重品入れから金券。小切手のような扱いのもの抜いて、受付嬢に渡す。そこに書かれている金額を見て、雰囲気が硬いものに変わった。警戒しているような……こうなるから分割してくれって言ったのに。
「……偽造、もしくは他人から盗んだものは重い罰が下されることになっておりますが。問題ありませんね?」
「疑うなら確認すればいい」
「わかりました。では、念のため確認させていただきます」
奥から出てきた真面目そうな男性に金券を引き渡して。その間に新しい紙と羽ペンが用意された。
「こちらは身分の登録手続きです。文字はわかりますか? わからないなら代筆しますが」
「わかるし、書ける」
「ではどうぞ」
記入内容は、『身分・平民、種族・人間、年齢・20から30、性別・男、職業・狩人、信仰・なし、伴侶・なし。名前・ジーク・フリート』
記入を終えて受付嬢に返す。
「歳が25から30? 数えてないんですか?」
「ああ。わからん。大体そのくらいじゃないかとは思うんだ」
実際はもっと生きているが、それを言うと年齢と見た目の差が激しいので、いらぬ疑いをかけられる。面倒はできるだけ避けたい。
「そうですか。じゃあ30にしておきましょう。あとは、狩人? 持ち場から離れるのは珍しいですね」
「隣の開拓村で仕事してたんだが、獣が全然獲れなくなってな。新しい狩場を探して、貯金を全部切り崩したのさ」
「若いわりに儲けてますけど。何か秘訣でも?」
「運と実力、あとは節約」
「アテになりませんねぇ。ところで信仰はなしということですが、本当に何も信仰していないんですか?」
「ない。前の村から出たことがなくて、世間に疎いんだ。何か問題でも?」
「いいえ。何もないならいいんです。ですがそういうことなら説明しましょう。今この国には、聖竜教という邪教があります」
「邪教認定されるのも納得の名前だ」
竜は滅ぼすべき邪悪、おぞましい害虫。それを祀り上げ、信仰の対象にする奴らが、正気であるはずがない。
「宗教の名を騙ってはいますが、実際はただの犯罪組織ですね。各地で拉致、監禁、いけにえの儀式と称した殺人など度々犯罪を繰り返すため、邪教認定されました。もし接触したら、速やかに最寄りのギルド、または衛兵詰所への連絡が義務付けられています」
「ほかの宗教との見分け方は?」
「勧誘を受けたらまず宗派の確認。確認に応じない、無理に連れて行こうとする人は、どちらにせよクロです。迷わず通報してください。可能なら捕まえてくださっても。報酬は出ませんが」
宗教がろくでもないものなのは、この世界でも同じらしい。
「では登録の続きを。こちらには職歴、武器、使用魔法を記入してください」
職歴・20年くらい。武器、槍・弓・ナタ。竜狩り用の武器は伏せておこう。どうせ普段は使わないのだし。魔法は肉体強化しか使ったことがない。順番に記入して、受付嬢に返す。
「若くても熟練の狩人というわけですか。身も固めずにお疲れ様です」
「好きで獣の尻ばかり追いかけてたわけじゃない。付き合う相手が居れば、そっちの尻を追いかけたかったよ」
「男性が好きというわけではなく?」
「一晩付き合ってくれるなら、そうじゃないとわかってもらえると思うけど。どうだい」
「そういうお誘いは今まで何度もありました。これまでも、これからも、受けるつもりはありません」、
そんな感じで少しの間無駄話をしていると、さっき奥へ引っ込んだ男が出てきて受付嬢に耳打ちをした。
「確認ができました。お金を出していただければ、技能検定の場もご用意できますが。どうしましょう」
「それを受けることによるメリットは?」
「技術を見て、評価して、記録して。それを見て仕事をご紹介します。受けなくても問題ありませんが、その場合は草むしりから信頼を積み立てる必要があります。腕に自信があるなら、受けない理由はないと思いますけど?」
「幾らだ?」
「銀貨15枚になります」
前の町ならひと月は暮らせる金だ。そう思えば高いが、しかし何件か仕事を受ければすぐに戻ってくる金額でもある。今のところは懐も温かいし、ここは必要な出費として納得しておこう。
「金券からひいといてくれ」
「わかりました。では、武器を持ってきてください。検定場へ案内します」
馬車に戻って武器を取ってきて。ギルドの裏手にある検定場に案内されたのだった
結果、魔法以外はここの施設で測定できる最高評価。
逆に魔法だけは、肉体強化以外の出力系統が全くの適正なしだった。不思議なこともあるものですねー、と受付嬢がつぶやいていた。
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