第10話 竜殺しと竜の王

 開拓村で別れのあいさつ回りを速やかに終わらせた。小さな馬車と、馬一頭、それから旅に必要なもの一式。竜鱗を代価に買い揃え、逃げ出すように開拓村から出た。向かう先は隣……といっても、馬の脚で三日はかかる場所にある街だ。そこは行商人の拠点となっていて、噂では、辺境の田舎の開拓村と近い距離にある割に、栄えているという。

 竜の縄張りが近いという噂で、人が寄り付かない土地ではあった。噂は真であったが、同時にその死により噂は過去のものとなった。これからは、竜の素材や開拓地の利権を求めて人が集まり、にぎやかな土地になるだろう。俺には関係ないが、素晴らしいことだ。

 ただ、やはり一抹の寂しさはある……今夜は冷えるから、そのせいもあるだろうか。


「お前は一人ではない。寂しいはずがないだろう」


 懐かしくも、忌々しい声がした。短刀を抜きざまに声のした方向へ投げつける。カッ、と木の幹に刺さる音がした。肉に刺さった音じゃない。


「ああ……会いたかったぞ」


 月明かりの下に照らされているその美しい女性を、どうして忘れられるだろう。十年以上前。村を燃やし、家族を殺し、俺をこの世界で一人ぼっちにしてくれた恩は、今でも昨日のことのようにはっきりと思い出せる。


「待つにも飽きて、会いに来てしまったよ。愛しい人よ」


 必ず殺すと書いて必殺。その意思をこめて、言葉を返す暇すら惜しいと駆け出した。

竜の胃から鎌を引き出し、全力で振りぬいて夜色のドレスを両断する。しかし手ごたえはない。竜の爪を薄く削って作った刃は、空気を切っただけだった。


「まだまだか。しかし使命は諦めていないのだね。それはよかった」


 落胆の声に激昂し、鎌を振り回す。しかし攻撃はすべて空を切るばかりで、目の前に居るこの女には届いていない。しばらく無駄なこととわかっていながら、頭が冷えるまで降り続けた。


「……ふん」


 しばらく気が済むまで振り回し、頭が冷えたころに武器を収めた。今ここで積年の恨みを晴らしてやりたいが、それはできない。


「察している通り、私はここには居ない」

「死にたいんだろう。殺してやるから出てこいよ」

「まだその時ではない。しかし、お前が竜を狩り続けていればいつかその刃は私に届くだろう。ああ……早くその時が来ればいいのに」


 言いたいことは言い終えたのか、月光が雲に遮られると同時に消えてしまった。


「はぁ……何なんだよ。あいつ」


 ずっと姿を見せないから、もう会えないのかと思っていたのに。いきなり現れて、一方的に話して、消えた。自分の死を望んでいるくせに、死神の鎌にはかからない。言動が矛盾している。

 だが、おかげで今後の方針は定まった。あいつの言った通りにするのは癪だが、それ以外に方法を知らない。この地上にうごめく汚らしい竜を一匹残らず狩り尽くす。それが村のかたき討ちにもなり、使命の成就にも繋がるのだから、そうする他にないだろう。


 殺気におびえていた馬を宥めて、一度眠りにつくことにした。何をするにも、まずは次の町へいかねば始まらないのだから。

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