第9話 竜殺しとひと時の別れ

 ギルドの扉を蹴り開いて、特殊部隊よろしく内部へ突入。自動ドアなら両手がふさがっていてもこんな乱暴な手段を取らなくていいのだが、この世界にそんな科学技術のたまものはたぶん存在しないのである。


「よう、今日も景気の悪い顔してるな。またお暇なマダム達から苦情でも貰ったか?」


 受付窓口で白髪交じりの頭をかき散らしながら、山積みの書類にペンを走らせている受付君。俺の声にハッと顔を上げて、こちらを見てくる。本当に景気の悪い顔だ、死にたてほやほやの死体の方がまだ血の気がある。


「それならまだ楽なもんだよ」

「どうした、なんかあったか?」

「ドラゴンだよ! ドラゴンが一匹出て、人を襲った報告があった! 今討伐隊派遣の申請書類を用意してるところ……」

「ああ、それならもう『騎士さんが一人で』狩ったぞ。素材を少し分けてもらったから換金してくれ」

「そんな馬鹿な話があるわけねえだろ! 竜種つったら軍隊出さなきゃ止められな……待てその素材は何だ」


 ようやく俺が引きずって入った荷物に気付いたのか、指さして尋ねられた。


「だから、討伐した竜の素材。換金してくれ」

「は? お前が? 竜を?」

「俺じゃなくて、森の中で拾った騎士さんが」


 手柄は全てあの騎士さんに譲る、という契約なので、それに従って嘘をつく。この量の素材ならいい値段するだろう。他の町に引っ越して、そこで新居を構えてもお釣りがくる。


「……嘘だろ。俺がここ二日ほど机から離れられなかったのに」

「良かったじゃないか、討伐隊を泊める費用と討伐報酬が浮いて」

「多分首都にまで情報は行ってるぞ。どう報告すりゃいいんだよ」

「そのまま報告すりゃいいんじゃないかね。めちゃくちゃ強い騎士様が一人で竜をぶっ殺してくれましたってな」

「……信じてもらえると思うか? 俺もお前の言うことが信じられねえんだが」

「事実なんだからしょうがないだろ」


 一部嘘が混じってはいるが、竜が死んだのは間違いなく事実だ。首を切り取って、確実に息の根を止めた。


「生きてる竜から素材をはぎ取れると思うか?」

「そもそもそれ、本当に竜の素材か?」

「これだけでかい鱗持ってる魔物が他に居るなら違うかもな」


 手のひら大の鱗でぺちぺちとデコを叩いてやる。竜の素材は希少価値、実用的価値が極めて高いおかげで、鱗一枚であってもいい金になる。札束ビンタみたいな感じだ。


「だよな……ともあれ、騎士様には感謝しねえと。しかし竜の素材なんてここにある分の金じゃ換金しきれない。できたとしても金庫がすっからかんになる。金証発行するから、他のでかい町へ行って換金してくれ」

「それは他所へ引っ越せという助言と受け取ってもいいか?」

「むしろ出ていけ。貴重な素材がこれだけあれば人も集まる。やる気のない奴はいらん」

「おいおい。今まで何年も割に合わない仕事を片づけてきてやったのにその言い方はないだろ」


 それとも何か言外の意図があるのか。散々恩を売りつけているはずなのにこの対応はあんまりだ。


「お前みたいに優秀な奴がこんな辺境に居るべきじゃない」

「ああ……そういうことか」


 俺は別に望まずここに居るわけではない。望んでここに居るのだ。注目されるのは嫌で、かといって人とのつながりを完全に断ち切れるわけではない、中途半端な寂しがり屋だから、人の少ない辺境へ住んでいる。

 明らかに割に合わない報酬で仕事を受けるのも、望みをかなえてもらっている礼だ。

 だが、これを機にこの町にも人が集まるだろう。あの騎士がうっかり口を滑らせれば、俺の草のように静かな生活も消えて無くなる。


「じゃ、美人の居る都会に行ってみようかね。三十前にもなって一人身だと変なこと疑われちまう」

「そういやお前、何年前から居るんだっけ? 昔と全然変わってねえ」


 さあな……と、今まで何度もこうしてぼかしていたが、こいつと話すのもこれで最後かもしれないし、教えてやってもいいだろう。


「信じるかどうかは勝手だが」


 一言前置きをして、続きを。なにせ普通ならありえない話だ。口にすれば正気を疑われること間違いなし。


「訳あって不老不死なのさ」

「はぁ……嘘だろ?」


 と言いつつ金証を引き出して適当な金額が書き込まれていき。数字の上にサインを書いて、その下にさらに日付と場所と、ギルドの暗号を書き込んで引き渡される。


「嘘か本当か、どっちだろうな」

「嘘だと思いたいね。誰もが夢見る不老不死だぞ。こんな近くに転がってたら、夢が台無しだ。金額はそれくらいでいいか?」


 この世界でのゼロにあたる数字が、一つ二つ三つ……たくさん。なるほど、こりゃ金庫も空っぽになる。もう少し少ないかと思っていたが、竜というのは思いのほか高く売れるらしい。


「ずいぶんな金額だな。こんなもん一回で換金したら怪しまれる。何枚かに分けてくれ」

「ああん? 紙は高級品だぞ? それを何枚も使えってアホか」

「それが人にものを頼む態度か」

「お願いします」

「仕方ない。もらっとくよ」


 羽ペンを借りて自分の名前も書きこむ。これで、俺以外の誰もこの金証を使えなくなった。


「素材を持ち込んだのが俺ってのは黙っといてくれよ。面倒事は嫌いだ。じゃあな。忘れた頃に戻ってくる」

「ああ。またな」


 もらうものはもらったし、出て行けともいわれたし。元々出ていくつもりだったし、言われた通りに出ていこう。

 求められないなら、ここはもう、俺の居場所じゃない。


「待て」


 出ていく直前に呼び止められて振り向くと、何かが投げつけられた。


「いてえなこんにゃろ」

「そこはちゃんと受け止めろよ。格好がつかねえじゃねえか」


 落ちたものを拾うと、それは金貨。


「餞別だよ。今までお疲れさま」

「はした金だな」

「返せ」

「いやいや。せっかくの気持ちだ、ありがたくもらっとく。また十年くらいしたら帰ってくる。その時まで、この顔忘れるなよ」


 金貨は大事に懐にしまい、自分の顔を指さしてニッコリ笑ってから、建物を出る。

 爺さんにも、一言別れを告げておこう。たぶん、ここを出たらもう会うことはないだろうし。他にも世話になった人たちにあいさつに回って……あと一日くらいはこの町に居るか? いや、やめとこう。機を逃せばだらだらと居続けるのが目に見えている。

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