第8話 竜殺しは女性が苦手

「バケモノ」


 川で水浴びして返り血を落としている最中、依頼主からかけられたのは労いの言葉ではなく、侮蔑と畏怖の交じった言葉だった。折角頑張ったというのにこんなことでは意気消沈。戦いの熱であたたまった心は、一瞬で冷めてしまった。


「ここは『よく頑張ったわね、お疲れさま。約束通り、私を抱いてちょうだい』じゃないのか?」

「……」

「無視か。まあいいよ、もうそんな気分じゃない。そのかわり金はきっちりもらうからな」

「だって、私と仲間が束になってかかっても傷をつけられなかった相手をたった一人で倒すなんて! 卑怯よ! 騎士でもないただの狩人のあなたが!」


 またしても無視される。バケモノと呼ばれることは何度かあったが、卑怯と言われるのは初めての経験。

 人間は一度の失敗で死ぬ。だが俺はそうじゃない。今まで何度も痛い目を見たが、何度死ねたらどれだけ楽になるだろうと思ったことか。それをどれだけ言葉を尽くして説明しようとも、わかってもらえないだろうし、わかるつもりもないだろう。持たざる者は、持つ者の苦悩を理解できない。理解しようとしない。


「あんたが俺をなんと言おうが自由だ。そんなくだらんことで依頼主を殺すような短気でもない。だからさっさと町に帰って竜の素材を売り払って、その金で違約金と報酬を出せ」


 全身にこびりついた血を洗い流したら、タオルで水気を拭いて替えの服に着替える。どうせ破れるだろうと思って持ってきておいてよかった。


「くっ……」


 依頼主は非常に不満そうだ。仲間を全滅させた竜を狩人がたった一人の手で仕留めて。自分は何もすることがなかったのだから。それはもう深くプライドを傷つけられたのだろう。あくまで推定で、断言はできないが。


「お前は何のために私を雇ったんだ?」

「竜を殺すため」

「だろう? お前は俺という武器を買って、竜を殺したんだ。竜殺しの名誉はお前のもの。お友達の仇も討てて、おまけに名誉まで手に入る出世もできるだろう。これで何が不満なんだ。仇も討てず、犬死にした方がよかったのか?」


 ああ、いけない。説教なんてガラじゃないのに、つい苛立ってやってしまった。


「苦労せずに仲間の仇は討てた。嫌味な男に抱かれずに済んだ。ついでに名誉も手に入った。どうしてそれが不満なんだ」


 いくら考えてもわからない。これなら彼女から本心を聞いてもわからないだろう。


「まあいいや。俺は帰るからな」


 人間は分かり合えない生物。そう割り切れば人間関係というのは非常に楽になる。相手が自分の事をわかってくれないのは当たり前だと思えば、辛くもならないし腹を立てることもない。こんなくだらないことに時間と思考を割くよりも、早く帰って美味い物を食おう。その方が余程建設的だ。


「……何年も死ぬ思いで訓練したのに、上司の機嫌を損ねただけで辺境に左遷されて」

「ああ、もう話さなくていいぞ。興味ないから」


 馬に荷物を縛りつけている最中、後ろから暗い声が聞こえてきたが、もう彼女の事はどうでもいい。依頼主との関係は、報酬を受け取ったらそこで終了。ぼそぼそと話されても気にしない、したくない。明らかにめんどくさそうな相手だし、これ以上関わったら絶対もっと面倒なことになる。


「腕を振るう機会もなくて毎日自分を慰めるために訓練を続けて……名誉を得る機会がやっとめぐってきたと思った。でも怖くなって逃げだして、仲間は皆死んだ。一人で死ぬのも辛いからだれか巻き添えにしようと思ってたら、町にたどり着く前に魔物に襲われて不覚を取って、あなたに会って、あなたは簡単に竜を殺した。挙句手柄を譲られるなんて、ひどい侮辱よ!」


 はじめは淡々と。徐々に感情が乗ってきて、最後には濁流のように吐き出された言葉を聞いて、俺が思ったことは。


「知らんがな」


 我ながらこの返しはひどい。


「何よ! 自分で聞いておいて!」

「俺も竜の群れに村を焼かれた。生き残ったのは俺だけだ。お前は形はどうあれ、復讐は果たせたんだし、いいじゃないか」


 煽りに煽る。歯を食いしばる音がして振り返れば、金剛力士像の吽形そっくりな表情でこちらをにらみつけていた。後ろを向いても馬しか居ない。この馬が一体何をしたというのか。何もしていない。なら、この怒りは俺に向けられたものだ。


「竜とは恐ろしいものだ。命惜しさに逃げ出しても、仲間を全員見捨てて竜の餌にしようとも、何も恥ずかしいことはない……俺は戦ったが。その時は今のようなバケモノの体じゃなかったが、弓を取って、矢を射った。そして、自分一人生き残った。過程は違えど、俺とお前は同じ境遇の仲間だよ」


 ケラケラ笑って返すが、それがまた気に食わなかったようで、今度は言葉じゃなく甲冑に覆われた拳が飛んできた。返す言葉が見当たらないからといって、暴力とは感心しない。いくら不死身でも当たれば痛いのだ。


「これだけ持って帰るから、残りは好きにしろ」


 武器を不思議な腰袋にしまって馬に乗り、泣き崩れる女騎士を置いていく。金が入ったら、どこかへ引っ越そう。顔も名前も割れてるし、逆恨みされて家に火でもつけられたらたまったもんじゃない。


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