第2話 家族の団欒


 燃える、燃える。罪を燃やし尽くす地獄の炎が、獣を焼く。滴る油がさらに火の勢いを強め、皮膚だけでなくその芯まで。中の中まで熱を通す。


「そろそろいいな」


 頃合いを見て、串に刺した肉と野菜を窯から取り出す。乾燥ハーブと塩を振りかけて味付けし、そのまま皿にのせて食卓に運ぶ。今日獲れたばかりの、新鮮な一角馬の肉をそのまま焼いただけのシンプルな料理。

我が家では獲物が取れた日にはこうするのが恒例となっている。兎、鹿、猪、熊、一角獣。なんでもそうだ。まずは焼く。とにかく焼く。それが漢のルールなのだ……というのは父の言。

新鮮な肉は焼くのが一番おいしいので一理ある。残りは冬に備えて干し肉になる。だから、それまではこの脂したたる肉を楽しむべし。


「ごはんですよー」


 ドン、とテーブルの上に料理を置いて、四人分の食器を並べ水とオニオンスープを注ぐ。父と母と、まだ狩りに出るには幼い妹の分。家の方々から、肉と野菜の香りに釣られた家族が続々と集まってくる。主食には保存用がきくようにとスライスしてから低温で焼き上げ水分を飛ばしてカリカリにして日持ちをよくした、ライ麦パンの甘くないラスク。それをスープに浸して、ふやかして食べたり、具をのせて食べたり。


「おなかすいたわ! 今日はなあに!」

「今日はお父さんが取ってきた一本角の串焼きだよ」


 元気のいい妹に、お兄ちゃんが取ってきたんだよと言おうとしたら糞ジジイに先を越された。爺赦すまじ。かわいい妹にお兄ちゃんのかっこいい所を見せてやろうと思っていたのに。絶対に赦さん。


「人の獲物を自分の手柄にするとはいい度胸じゃないか」

「俺がばらして持って帰ったんだから、ある意味俺が取ってきたとも言えるだろ」

「へぇ、そうかい。表に出ろ。てめえの猟師生活も今日でおしまいだ、ひき肉にしてオークの餌にしてやる」

「口ばかりは一人前だな、若造」


 いつもの親子喧嘩の時間だ。拳を鳴らして、テーブルを挟んでにらみ合う。


「二人ともやめなさい。ごはんが不味くなります」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 母の一声で争いの空気が霧散してしまった。猟具に伸ばしていた手を引っ込めて、再び食卓に着く。両手を組んで、しばしの間祈りをささげる。祈りをささげる相手は、死んだ獲物でもなく、イエス様でもなく、この世界を作ったといわれる竜。原初の竜と呼ばれる、伝説上の存在。神に近いというか、むしろ神そのものというか。だが神といえば私を転生させてくれやがった神を真っ先に思い出すので、原初の竜と呼ぶ。


ここからが本題。竜の伝説の一節には、『この世界のあらゆる者は彼を傷つけられない』と書いてあるらしい。原初の竜を殺すことが、俺に与えられた使命なのだろうか、と思う。オークにさえ手こずる始末だというのに、竜を殺すなんて偉業、一体何百年修行すれば達成できるのか。もちろん、竜殺しの名誉なんて身に余るものなので求めはしない。


「おいしい!」


 こうして可愛い妹が、俺の狩った獲物を喜んで食べてくれる。竜殺しなんて巨大で重苦しいものより、この慎ましい名誉のほうがよほど誇らしい。


「一角獣の肉なんて、久しぶりね。最後に食べたのは何年前かしら?」

「ん、何言ってんだ、去年も食べただろう」


 皆がにぎやかに食事を続ける中、自分は一人黙々と食べ続ける。散々畑を荒らされた挙句、罠の上に嘲るように糞をして、しまいには柵までぶち壊してくれた一角獣。丹精込めて育てた作物を台無しにされた怒りと悲しみと屈辱も、噛みしめるたびに染み出る脂の旨味の感動の前には無力。流されて記憶の隅へ押し込まれていく。自分で仕留めた獲物だけに、感動も一入。


「はぁ……うまい」


 それ以外に言えることは何もない。ラスクをぼりぼりと齧り、炭水化物の摂取も忘れない。パンは食料の中でもいいお値段がするのだが、毛皮商人に一角獣の毛皮を売ればそこそこの金になるので、少しの贅沢は良しとする。角に一切傷をつけず狩ったので、きっと大枚に化けてくれることだろう。


「次商人が来るのはいつだっけ。そろそろ冬支度に入ってもいいころよね」


 と、串肉をほおばる母。それをよこせととびかかる妹を、片手で抑えている。奪えないとわかりぐすんとすねる妹がかわいくて、つい自分の串を一本分けてあげてしまう。


「そうだな。そろそろ来る頃……父上よ、今ある弓もそろそろ買い替え時だ。最近モンスターも増えてきたし、都製のコンポジットボウがほしい」

「使い慣れたやつのほうがいいだろ。かき入れ時に効率を落とされちゃ困る」


 たしかに使い慣れた得物の方が精度は勝る。しかし、モンスター相手だと今の弓はちょっと非力だ。当てても威力不足で仕留めきれなきゃ意味がない。そのための毒ではあるが、毒を使うと肉が食えなくなるのであまり使いたくない。

いや、毒なしで仕留められるほどの腕もないのだが、やはりモンスターの肉には興味がある。食う寝るヤる以外にあまり楽しみもないのだ、少しは冒険してもいいだろう……もちろん、死なない程度にではあるが。


「今日仕留めた一角さえあればおつりがくるだろ」

「えー、酒代に代えようと思ってたんだが」

「どんだけ高価な酒買うつもりだ」

「たまにはいいだろ。なあ母さん?」

「子供の狩った獲物を奪うなんて恥ずかしくないの?」


 狩りでは家の中で一番上手くとも、立場は母の方が一枚上手。これが、そんな我が家の日常だ。


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