第11話

 合宿の夜といえば何を想像するだろうか。まさか枕投げをするわけでもないだろう。私は明日の準備をしたり、今日の反省をしたりするんじゃないかと目の前の女の子に説明したら、真面目か!と理不尽に怒られてしまった。


「合宿の夜といえば恋バナ! 恋愛トークでしょ! 女子高生なんだよ!」


 私の部屋はえーちゃんと2人だ。修学旅行じゃないし、先生が見回りに来ることはない。周りに一般のお客さんがいるわけでもない。でも恋愛なんて全くわからない。しかもうちは女子高だ。


「私別に好きな人とかいないし……そういう話がしたかったら別の部屋行ったらいいじゃん」

「えー、でもそしたらなっちゃん布団敷いて寝ちゃうでしょ?」

「そりゃそうだけど……」

「私はなっちゃんとお喋りしたいの!」


 私はあんまり興味ないしできるなら早く寝たいんだけど、どうやらそうはさせてくれないらしい。何が彼女をそこまで駆り立てるのか、私にはわからなかった。仕方ないので付き合うことにする。


「じゃあさっそくいろいろ聞かせてもらおうか……中学の時とかそういう経験無かったの?告白されたりとか」

「いや、無いよ……さっきも言ったけど好きな人もいないし恋愛経験もない」

「じゃあさ、好きな人じゃなくてもいいや。気になる人は? 家とかで1人でいる時にふと誰かの事を考えちゃう、みたいなこと無いの?」

「それはまぁ、あるけど……」


 もちろん真依先輩のことだ。どうにかして今の状況を変えないと、とずっと考えてる。玲先輩とも約束しちゃったし。


「へー、あるんだ……」


 しまった。今の発言は完全に誤解を招くやつだ。えーちゃんの方に恐る恐る顔を向けたら、めちゃくちゃ近くまで来ていた。怖い。


「やっぱりいるんじゃん気になる人! ねーねーどんな人? 私も知ってる人? どんなとこが気になるの?」

「いや、ちょっと待って! 落ち着かせて!」


 一旦制止をかけて深呼吸。ここで誤解を解くために実は真依先輩の事なんだーって説明したらどうなるだろう。さらに誤解を招く気がするし、それをさらに解くためにはもっと詳しい話をしないといけなくなってしまうかも。それはダメだ。できるだけ先輩の話は広めない方がいいはず。

 よし、ここは話を濁してうやむやにしよう。それがたぶん一番ましだ。


「えーと、どんな人か、だっけ? クールでかっこいい人、かな……えーちゃんが知ってる人かはちょっと分かんない」

「ほうほう。知ってるかもしれないってことは、例えば高校の近くでバイトしてる人、とか? それだとあの辺コンビニとか少ないし、頑張ればわかるかも……?」


 なんだろうこの子、突然名探偵になった。怖い。


「でも好きって訳じゃないんだ。割と対等な感じで接してるけど、考えちゃうってことは……悩みの相談とかされちゃった?」

「…………何でわかるの……」

「あっやっぱりそうなんだ! どんな話なの? ねーねー教えて教えて! 力になってあげるから!」


 しまった。うっかり口を滑らせてしまった。この子完全に人の心理を掌握してる。明日からメンタリストって呼ぼう。

 半分悩みはバレてしまったし、横でずーっとうるさくせがんできて、私は根負けしてしまった。


「わかったから静かにして……えーっと、詳しくは言えないんだけど、その人は本当はやりたいことがあって、でもそれをすると周りの人に迷惑がかかると思ってて……私はそれをやらせてあげたいと思ってる……みたいな感じかな。何言ってるかわかった?」

「……? うん……? ごめん、もう一回言って?」


 なんだこいつ。さっきまであんなに鋭かったのに。私は身ぶり手振りも加えてもう一度同じ説明をした。えーちゃんはきょとんとした表情で私を見つめていた。


「えーっと、その人がやりたいことをやると周りが迷惑するの?」

「いや、そんなこと無いよ。私以外にもそうしてほしいって思ってる人もいるくらいだし」

「そっか。じゃあさ、なんでなっちゃんはその人にその……何だっけ、やりたいこと?をやらせてあげたいの? 単に人助けってこと?」

「うーん……」


 難しい質問だ。一番の理由は玲先輩との約束だけど、それだけじゃない。私だって先輩が描く絵をもっと見たい。でもこれは私のわがままなんだろうか。


「私もその人が楽しそうにしてるところを見たい、って思ってるけど、それは私のわがままだよね。それでちょっと困ってる感じかな」

「なるほどねー……でもさ、なっちゃんはその人に迷惑じゃないよ!ってアピールしたいんだよね? だからちゃんと伝えてあげたら、きっとその人だってなっちゃんの迷惑にならないって分かってくれるよ、たぶん……保証はできないけど……」

「どうしたの、急に自信なくなったね……でもそっか、ちゃんと伝えれば分かってくれるかも、か……」


 ちゃんと伝えれば、もしかしたら……なんだかちょっと光明が見えた気がした。やっぱり一人で悩むのは視野が狭くなって良くない。純粋に感謝を込めてえーちゃんにありがとうと伝えようとしたら、「あとは軽く不意討ちというか、逃げ道を塞ぐのも有効だよ」と教えてくれたので私はその言葉を飲み込んだ。極悪メンタリストめ。




「……でさ、今の話って真依先輩の話だったんだよね?」

「えっ」

「だって知らないかもしれないけどなっちゃん結構部内で噂になってるよ。真依先輩を攻略しにかかってるって」

「……えっ」

「真依先輩クールでかっこよくてタイプなんだ。そうなると玲先輩がライバルだね。あの人もかなり真依先輩LOVEだったらしいよ? 聞いた話だけど」

「…………勘弁してよ……」



 結局誤解は止まらないのか。私はフィジカリストとして覚醒し、枕投げの制裁を加えることにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る