第10話
美術部員たちを乗せた高速バスはとある山村の避暑地に向かっていた。これから2日間、泊まり込みで制作に励む。励まないかもしれない。いわゆる合宿だ。
目的地の宿は山の中とはいえ、自然公園があったり大きなお風呂があったり、サバイバルを強いられるような場所ではないらしい。らしい、と付けたのは、先輩たちも行ったことがない場所だからだ。合宿の目的の中に新たなインスピレーションの獲得とかいうのがあって、少なくとも3年間は同じところでは合宿をしないそうだ。猫の島は結構楽しみにしてたんだけど。
車内ではみんなお喋りしていたり、音楽を聴いていたり、寝ていたり、外の景色を撮っていたり。私は特に何もせず、ただ流れていく景色をぼんやりと見ていた。本当は色々お喋りを楽しもうと思ったんだけど、隣の子はバスが出発すると同時に眠りに落ちてしまった。私はため息をついて、バスの到着を待った。
場所が変わっても、私たちのやることは変わらない。宿で昼ごはんを食べたあとは夜まで自由行動になった。去年と同じだ。
部屋割りも発表されて、同室の相手になったえーちゃんと喋っているうちに一緒に行動することになった。私はスケッチブックと画材を持って、えーちゃんは彫刻セットを持って、森の中を散策することにした。少し開けたところがあって、私たちはそこに腰を下ろした。えーちゃんはどこで拾ったのか、太めの枝を数本引き摺ってきていた。
「なっちゃん何描くの? その木?」
「うん。木の絵は一回真依先輩と練習したんだ。その時は水彩だったけどね」
「へー。油彩は暗い色からだから気をつけてね」
「うん、了解。ありがと」
そう言って私はパレットに油絵の具を準備した。画材はいろいろ種類があって、油彩は扱いにくい部類に入るんだけど、やっぱり私はこっちを練習したい。それは私がこの数ヵ月のいろいろな経験から導き出した結論だ。秋の文化祭で出す絵は油彩画にしよう。モチーフはまだ決めてないけど。
「そっちは何彫るの?」
「うーん、このサイズなら人、かな? ちょっと難しいかもしれないけど」
「へー、頑張ってね」
「ありがとー」
それから私たちは各々の作業を進めた。豪快に枝を真っ二つにするえーちゃんに驚いたりもしたけど、平静を装って描いていった。最近こういった環境にもちょっと慣れてきたなと思う。途中、何回かえーちゃんからアドバイスを貰った。敢えてモチーフの周りの色を薄くしたり、あまり細部に集中しないようにとか。ずいぶん詳しいね、と言ったら、中学の時もやってたからね、と返してくれた。
「えーちゃんって前は絵を描いてたんだよね? 何で彫刻始めようと思ったの? 絵に飽きちゃった……って訳じゃないよね」
「うん。そうだね、必要ならまだまだ描くよ。でもさ、絵ではどうしても表現できないものもあると思うんだよね」
あれ。予想してた返事と違うぞ。てっきり好奇心だけで彫刻を始めたんだと思ってた。驚きで私の手が止まっていることをハッと自覚した。
「……ごめん、そう来るとは思わなくてビックリしちゃった」
「あはは、いいって! 私もこんな話、らしくないなって思うし」
「でも、表現、か……その話、ちょっと聞きたいかも」
「そう?じゃあちょっと話そうかな……なっちゃんはさ、楽しくて絵を描いてるんだよね?」
「うん、まぁ、そうだね」
真面目な話の雰囲気なのに、えーちゃんはやっぱり手元に集中している。きっとその方が話しやすいタイプなんだろう。私も絵に集中することにする。
「私も初めはそうだったんだけどね。でもね、中3の春くらいにテレビでOっていう芸術家の特集をやってて。その人、反戦をテーマに作品づくりをしてるんだけど、絵だったり彫刻だったり、建築みたいなのもしてて、いろんなスタイルで制作してるの。私、その番組がかなり印象に残ってて。
しばらく何でだろーって考えてたんだけど、それってやっぱり伝えたいメッセージがあって、それをいろんな方法で伝えようとしてるんじゃないかなって思ったんだ。そしたら私も高校入ったら絵以外にも手をつけていきたいなー、って思ったの」
「なるほど、それで彫刻……」
「ま、彫刻だけするわけでもないけどね。要するにね、メッセージだと思うんだ、芸術って。
伝えたいことがあって、作品を作って、それをいろんな人が見て、その人の心に残る。そうしたら、その人たちの行動や考え方にちょっと影響ができてくるの。いや、できてほしい、かな。そんな風にしてさ、世界がちょっとだけ良くなったら嬉しいな、って思うんだ。
まだ私にできることは少ないんだけど、いつかはそんな作品を作りたくて、今はその準備中、みたいな。ごめんね、長々と喋っちゃって」
「そんなことないよ。でもごめん、えーちゃんがそこまで考えてるとは思わなかった」
「おっ、失礼だね。今度何か甘いもの奢ってよ」
「はいはい、考えとく。でも見た人に影響を与える、か……考えたこともなかったな、そんなの」
「まー最初のうちは気にしなくていいよそんなの。そういえばさ、前から思ってたんだけど、なっちゃんが美術部に入ったのってあの準備室にあった絵がきっかけでしょ? あの絵がなかったら私たちこうして会ってなかったはずだし、あの絵もなっちゃんに影響を与えたってことなんだよね。それってなんだかカッコいいなーってね」
突然あの絵の話題が出てきてちょっとびっくりしたけど、なるほど、と私は考えていた。あの天使の絵、あれが私に影響を与えた。それってきっと素敵なことのはずだ。私が今描いている木の絵も、見た人に影響を与えたりするんだろうか。ちょっと想像できない。
その後も私たちは制作を進めた。絵も一区切りついて、時間もちょうどよくなったのでそろそろ戻ろうかと隣を見たら、えーちゃんの彫った人は変なポーズを決めていて、私は吹き出してしまった。
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