俺を信仰する宗教が広まった異世界に転生しました

和田駄々

第1話 再臨

 眩しい光が俺を包んでいた。


 ここはどこで、俺は誰か、そんな疑問を持つよりまず先に、とにかく目の前にある光があまりにもうるさくて目をつぶったが、それは瞼を超えて容赦なく俺を殴ってきた。反射的に手で顔を覆う。しばらくすると指の間から漏れる光が段々と収まってきたので、おそるおそる目を開けた。


 どうやら俺は仰向けに寝ているようだった。重力を背中から感じ、後頭部は何か柔らかい場所に置かれている。そして光が完全に消えると同時に、俺の視界に入ったのはとんでもない美少女だった。


 金髪ロングに茶色い瞳をした10代の女の子。服装は、とりあえず上半身しか見えないが純白のローブを着ているようだ。決して豪奢ではないが、触らなくても分かる程に柔らかい素材で出来た高級な代物。よく似合っている。


 その少女は何かを言いたそうに俺の事をじっと見ていた。驚いているようでもあるが、喜んでいるようでもあり、あるいは俺の言葉を待っているようでもある。どう捉えて良いか分からず、気まずい沈黙を避けるように俺は周囲を見渡した。


 そこは石造りで円形の部屋だった。天井は飾りガラスで彩られ、屈折して届く太陽の光が美しい。壁はしっとりと青く、広さは学校の教室と同じくらいだろうか。俺と少女を囲むように15人くらいの人間が遠巻きに立っていた。男も女もいるが、やや老人が多い。謎の美少女のローブと似たような物をみんな着ており、そして一様に驚いていた。


「……奇跡じゃ」


 その中の誰かが呟いた。しわがれたお爺ちゃんの声だった。そして次々に、「再臨なされた」「確かにこの目で見ました」「これぞまさしく神の御技」「伝説は本当じゃった」と何やら仰々しい事を言っている。謎の美少女だけが、何も言わずに俺の顔をじっと見ている。というか今気づいたが、俺の頭は美少女の膝に乗っていた。俺の記憶が正しければ、これは膝枕という状態だ。


「主教の皆様、静粛に」


 中でも特に威厳のありそうな、髭をたっぷり蓄えた中年男性が低い声でそう言った。ざわめきがぴたりと収まる。そして俺の方に厳粛な視線を向ける。一瞬「なんか怒られる」と思ったが違った。


「貴方の御名をお聞かせ願えますか?」


 ミナ、御名、名前って事か。訳すと、まずは名前を名乗れこの野郎って事だ。


「えっと……西乃木です。西乃木太郎です」


 おおおおお……と、周囲のおじさん達が波のような歓声をあげた。俺はただ自分の名前を言っただけだ。

 いつまでも膝枕してもらうのも悪いし、とりあえず上体を起こす。


「起き上がられた!」「ご自身の力で起きられた!」「神の御技だ!」


 あくまでもただ起きただけだ。2歳児なら誰でも出来る。


「あの、すいません。状況が全く飲み込めないのですが……」

 おろおろする俺に、名前を尋ねてきた男の人が答える。

「申し遅れました。私はタロー教最高位神官のクレイ・ドリムロア。ここは聖グレンステア大聖堂、顕彰の間です。今は1年に1度の再臨祭の儀式中でした」

 聞きなれない単語がばらばらといくつか並べられた物の、1番気になったのはこれだ。

「タロー教……?」

「そうです。西乃木太郎様、貴方が天に召されてから1671年が経過しております。タロー教は大陸全土に布教され、民を救っております」


 突っ込みどころが多すぎる。まず俺がいつの間にか死んでるし、その上死んでからとんでもない年数が経過している。大陸全土に布教? 俺の名前が冠された宗教がか? こんな何の取り柄もない中年会社員の俺の……。


 混乱しつつ、自分の身体の変化に気づいた。若返っているのだ。パンツ一丁の半裸だが、肌が明らかに中年のそれではない。

 俺は息を飲みながら自分の手の平を見る。1番良く見てきた物だからか、その違いにはっきりと気づいた。顔に手をあてると質感でも分かる。見下ろせば腹も出ていない。おそらく高校生くらいの時の俺の身体だ。


「ああ、これ夢か」


 そう思うとすぐに納得出来た。荒唐無稽な宗教、突然の若返り、そして隣には絶世の美少女。なんだ、ヒントはこんなに沢山あったじゃないか。自然と空笑いが零れた。すると、その美少女は俺の手をぎゅっと握った。


「タロー様、貴方を何年もお待ちしておりました。生まれてから、いえ、生まれる前からずっと、貴方のお役に立てる事だけを望み、一目でも良いから会いたいと願ってこれまで生きてきました」


 こんなに愛くるしい女の子に、ド正面からこんな事を言われれば、誰だって恥ずかしさに耐えられず目を逸らす。いくら夢の中といえど羞恥心はある。


「私の全存在は貴方だけの物です」


 掴まれた手が生々しく、その感触は夢というにはあまりにも……。

 だがこんな事、現実に起こるはずが無い。そう思い直し、いっその事乗ってみようという気になる。


「俺に言われたら何でもするって事?」

「はい。もちろんです」

「じゃあ俺のほっぺをつねってくれないか? そろそろ目覚めないと気がおかしくなりそうだ」


 俺のちょっとした提案に、美少女は深刻な表情で迷っている。言葉は通じているようだが、どう解釈して良いのかが分からないという感じだ。しばらくの沈黙の後、こう答えた。


「例えタロー様ご自身の命令であろうと、タロー様を傷つけるくらいなら、私は死を選びます」

「へ?」

「どなたか、刃物をお持ちでは無いですか?」


 ちょっとしたざわめきの後、集団の中から1人が歩み出て、装飾の施されたナイフが手渡された。少女はそれを受け取ると、俺の前に戻ってくるやいなや、自身の首にあてがった。


 瞬間、冷や汗がどばっと噴出する。


「わー! 待って待って! 今の取り消し!」


 焦った。十中八九これは夢だと思うが、万が一という事もある。目の前でこんなかわいい娘が首を切り裂いて自殺したら一生もんのトラウマだし、何よりこの娘が可哀想すぎる。


 そして俺は自分で頬をつねる。変な事を言わずに最初からそうしたら良かったんだ。


 クソいてえ。


 いやいや、そもそも夢の中だからつねっても痛みが無いという話自体眉唾ものじゃないか? 高い所から落ちる夢だと普通に身体ビクっとなるし。じゃあそもそも何だったんだと思わなくもないが、この状況が非常にヤバい事だけは分かった。


 俺は頭を抱える。夢ならいつ覚める? 夢じゃ無いなら何なんだこれは。


「……見ての通り、タロー様は再びこの世界に降臨なされた。だが、どうやらかなりお疲れのようだ。主教の皆様には1度本堂へ戻って頂き、私の方からご説明をしたいがよろしいか?」


 クレイと名乗った渋いおじさんがそう言うと、主教と呼ばれた方達はぞろぞろと部屋から出て行った。残ったのはクレイさんと美少女のみ。クレイさんはあえて何も言わなかったが、その少女に出て行くように視線で促す。


「私がタロー様のお側を離れるのは死ぬ時のみです」


 さっきの事といい、見た目の可憐さの割りに発想が怖すぎるこの娘。手もずっと握ったままだし、これも一生離さない気じゃないだろうかと不安になる。クレイさんは諦めたように俺の方を向いた。


「困惑されているようなので、これから少し状況説明を行います。この娘を同席させて構いませんか?」と、尋ねる。


「全然良いですけど、その前にちょっと、すみません」

 俺は少女に尋ねる。

「あの、名前を教えてもらえませんか?」


 少女は目を丸くし、焦った様子で頭を垂れた。

「大変失礼しました。私の名前はトシコ・ドリムロア。ドリムロア家の長女であり、クレイの娘であり、タロー様への信奉に一生を捧げる教徒です」


 頭がクラクラしてきた。

 少なくともこの夢は、まだしばらく続くらしい。

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