第27話 墓守への伝言と、コウモリの主
さすがに外で寝るのは止められたため、長椅子に毛布と一緒に寝転がった
そもそも自宅や寮ではないので、最初から熟睡などできないと割り切っている。浅い眠りから強引に起こされたわけでもなし、扉を開いて出てきたメジェットが、こちらを起こさないような配慮を見せたので、光風も眠りの様子を取り繕う。
まぶたを閉じていてもわかる、まだ陽が昇るには早い時間だ。
一度、足が止まって、覗きこまれるのがわかる。反応せずにいると、そのまま外へ。どうやら早朝鍛錬らしい。こちらが気配を掴めているなら、相手もわかっているはず。
つまり――どうしたものかな、と。
こっそり隠れて移動するにも、既にこっちを把握している状態だ。仮に
だったら。
気配をここに残して移動することはできるか?
ESPは身体能力の延長だ、おそらくは可能だろう。相手に捉えられないことも前提だが、こういう状況での誤魔化しも必要だなと思えば、可能性の発想に至れたことに感謝しなくては。
誰に感謝だ、と思っていたら感知範囲からメジェットが消えた。
十五分ほど、まどろむようにしていたが、吐息を一つ落とすようにして躰を起こした。隠れてこそこそするつもりもない。
大きく伸びをすれば、白くなった外は薄暗く、肌寒さも感じた。しかしまだ、暖炉に火を入れるほどではないか。
「……」
頭を掻く。
たぶん、睡眠時における警戒も悟られていただろうし、なんだか妙な気分だ。
「珈琲、落とすか」
――現実として。
睡眠時における警戒は、ここ一ヶ月ほどで叩き込まれたわけだが、メジェットの方がよっぽど上手くやっている。隠れて移動などはあまり好まないようだけれど――それは。
たぶん、踏み込みを制限しているのは、そこらの事情なのだろう。
基本的に彼ら彼女らは、親がいない。だからこそ、エレット・コレニアを母親として、大きな家族を作っているわけだが――では。
親がいない、そんな状況はどんな可能性があるだろうか。
まず一つ、親が冒険者の場合。
安全性が確保できるとはいえ、魔物を相手にしている商売だ、不慮の事故はある――が、現実的に、幼少の際に親が亡くなるような事態は、一割以下である。引退はともかく、子供が小さいうちに冒険に出ることは良心として控えるし、危険性を理解している彼らは、慎重さを失わないし、冒険者同士の連携もあるため、金がないから冒険に出るよりも、子供を優先しがちだ。
もう一つ、エリア内部でのトラブルだが、こちらも極端に少ない。花蘇芳なんて暗殺集団の存在からして、そういう仕事もあるにはあるが、稀ではある。
可能性が高いのは、二つある。
ファゼット・エミリーがそうであったように、魔物の子と呼ばれる場合がそうだ。外のフィールドで発見される、子供。どういう経緯かもわからず、魔物たちの中に紛れ、それでも生き残っていた者が、拾われるケースだ。実際にディカもキャロも、同様だろう。
ただ、魔物の子なんて名称を光風が最近になってようやく知ったように、周知の事実ではない。隠蔽できるか、あるいは表沙汰にならない程度の数しかいないと、そう考えるのが自然だ。
しかし――ノザメエリアで孤児と言えば、決まっている。
そう、孤児だと聞いた時点で、住人はおそらく察するだろう。であればこそ、花蘇芳は家族であり、エレットは母親になった。その必要があった。
スラム。
通称はゴミ捨て場。
ノザメエリアにあるどの陣営であっても、干渉を避ける独自ルールに基づいた区域。
――実際に、その一画はゴミ捨て場だ。人の出入りもある。
彼らは、ゴミ捨ての業者に手出しはしない。だが一般人に容赦はなく、徹底した個人主義で動くとだけ、光風は聞いている。
たとえば。
この牧場において、牛舎などにネズミが死んでいても、掃除しないとなと、そう思うくらいなものだろう。
彼らは、同じことを人間の死体を見て、思う。それを誰かが、あるいは自分が作ったとしても、片づけてやらないとな、くらいの気持ちを持つ。
そこで生まれた子供は、親を持たない。何故なら、子供すら道具だからだ。
大半は、売るらしい。売るといっても金ではなく、大半は物品との交換だ。彼らの中で、そもそもスラムを出ようと考える大人は、いない。しかし、まだ幼い子供は交換された先で生き残る技術を教わりながら、また交換され、そういう人生の中で――たまに、拾われる。
拾われて、外に出る。
まだ、スラムの中で一生を過ごすと決めきれない子供だけが、外へ出る可能性を得る。
そうした子が、孤児と呼ばれるようになるのだ。
居合いの技術はともかく――特に、無防備とされる睡眠時の警戒は、経験と慣れが左右する。光風の場合は、本当に覚え始めみたいなもので、外から見ても警戒しているとわかるだろうが、メジェットは違う。
自然体だ。
一見すればただ眠っていように思えるし、そう感じた。中継地点では寝起きも良かったし、近くにいなければわからなかっただろう。あちこち抜けているところはあるが、少なくとも無防備な姿は見せない。
言ってやるべきだろうかと、落としたての珈琲をカップに移し、一口。
だからなんだと、言うのは簡単だが、それを受け取るのはメジェットであるし、決めるのも彼女だ。
少なくとも釣り合うようにはならないと――なんて、考えれば苦笑したくもなる。口に出さずとも、自分はその気なのだ。
参る話だ。そんなにあの太ももは眩しいのかと、冗談の一つも言いたくなる。
そうでなくとも。
泣く女には、弱いのだ。
結果的に泣かせたのは光風だが。
「……いくら道具が良くても、豆が悪けりゃ味も悪い、か」
飲めないほどではないが、美味しいと納得できるほどの味ではない。
しばらく、あれこれ考えながら珈琲を飲んでいれば、外が明るくなり始めたので外に出た。肺にやや冷たい空気を取り入れれば、一日の始まりを意識できる。
牛舎の方から牛の鳴き声が聞こえて、少し笑えた。朝から大変そうだ。力仕事くらいは手伝えるので、時間が空いたら顔を出そう。
「――?」
小さな羽ばたきと、空気が震えるような違和に視線を上げれば、小さな影が飛んでいる。一つ、二つと数えれば、やや散らばってはいるが二十くらいか。
「カラス……いや、あのサイズだとコウモリか?」
珍しいものだが、こちらにはよくいるのだろうか。
まあいいかと、煙草に火を点けた。紫煙を吐きだせば、相変わらず不味い。嫌いではないにせよ、ファゼットからいくつか貰ったものなので、一日に二本くらいは消費したいものだ。
嗜好品として、ではない。
目を瞑れば、吸い込んだ異物が肺の中を渦巻くのが感じられる。
吐き出せば、抜けていくものと、躰に混じるものの二種類――この空気の流動そのものを、光風は意識してESPを扱う。
光風の持つイメージは
威力に関しても、一つ課題を持っている。攻撃の際に、弱くはできるし、強くもなるが、その中間が難しい。拳で殴るのはいい、頭を撫でるのもできる。しかしその間となると、なかなか上手くいかないのだ。
――ふいに、思い出す。
脇下から腕を支えるように差し伸べられた、メジェットの手だ。
あのタイミングと、するりと懐まで入ってきた感覚を、まだ忘れられない。
本気でやれば、あのくらいはできるという事実も。
「鷺城さんの影響力ってのは……」
死してなお、影響を残す者も少なからずいるが、ここまでとは。
そして今、自分はその道筋に挑もうとすらしていて――まったく、呆れるばかりだ。直接の影響があった開拓者、そしてディカやリコ、メジェットなどは、光風以上に思うところがあるはず。
ようやく一歩、その輪に立ち入ったような感覚だ。
煙草を吸い終え、躰をほぐすくらいの運動をしていれば、メジェットが戻ってきた。
「あ」
「おはよう」
「うん、おはよ。早いね?」
「おう――ん? なんで俺を避けて遠回りしてんだ?」
「――、――汗臭いから! 鍛錬の後!」
「気にするなよ」
「する!」
「お、おう……? とりあえず、着替えてきたらどうだ? ジャージより、いつもの服装のが良いぞ」
「ああもうっ!」
また怒ってるが慣れた。……慣れていいのだろうか。
運動を続けていれば、遠くから人の動く気配が複数ある。人というよりも、街が動き出す気配だ。加えて、牛舎から牛がぞろぞろと出てくる。
本当に、彼らこそ朝が早い。夜中も何か作業をしていたみたいだし、休む時間があるのだろうかと心配したくもなる。いや、それこそ慣れだろうか。
「ん――」
振り向けば、腕を組んだメジェットが出てきた。明るい色のスカートに、黒い二―ソックス。上着は白のシャツに、ネクタイもあって。
「……」
無言でこっちを見ていたので、感想の催促かと思って。
「可愛い――んだが、やっぱり胸が重くて持ち上げてんのか?」
「ちが……わないけど!」
「視線誘導の一種かと思った」
「見んな!」
「そりゃ無理だろ。で――どうする?」
「ああうん、朝市をやってるらしいから、そっちを見ておこうかと。先に朝食、作っちゃおうか?」
「いや、俺もそっちに――」
言いかけて、ふいに。
視界の中にコウモリがいた。
「……」
一匹だけ、風を切るように移動する黒色は、昇り始めた陽光に照らされ、不釣り合いな光景の中にいる。
進行方向にあるのは、光風も知っている場所で。
「悪い、ちょっと用事ができた」
「――それ、私が一緒に行くと邪魔?」
視線を戻したら、いつもの怒り顔ではなく、目を細くした顔で、あれこれもいつもだなと思ったのだが、まあともかく。
「じゃ、行くか」
「ん」
素早く腕を取った光風は、そのまま
「――っとと、なに急に」
「動揺しないのか」
「うん、
「そうか。ちょっとした試しだ、二人ぶんくらいなら、五百メートルくらいは余裕だな。疲労もほとんどない……こっちだ、墓所がある」
「なんなの?」
「コウモリが、空を飛んでた。一度ならいい、だがついさっきは一匹だけ、まだ飛んでた。それが気になってな。いずれにせよ、墓所の墓守には顔を見せるつもりだったから」
「へえ……違和を拾ったんだ」
「やっぱあるのか、そういうの」
「私は母さんからも、鷺城先生からも教わってる。普段の生活における違和は、見逃すときっかけを失うか、惨事を招く結果になるって」
「――そうなのか」
凄い、という想いと、メジェットが鷺城鷺花のことを口にできたことに、少し驚いた。
「俺はそれこそ、なんとなくだが」
「そっちの方が凄いと思うけどね」
「確証がないからよく失敗する……墓所だ。朝方は余計に、静かだな」
「……私、墓所って苦手」
「――そうなのか?」
「昔、母さんが一緒に寝てくれた時、墓所から死者が起き上がる話を、子守歌の代わりだとか言って聞かされてマジ泣きした覚えがあって」
「
「そうなの!?」
「ファゼットさんは遭遇したって言ってたし、マジ話だったぜ。キャロが耳を塞いでたし」
「き、聞きたくなかった……」
「魔物の中じゃ、小者の部類だろ、あれは」
「そういう問題じゃないから」
「……夜に近寄らないようにな。さてと、わかるか?」
「んー、奥ね。見えないし、区切りはわかるけど、内部はわからない。結界だろうし、斬れるかどうか試してもいいけど、壊したらまずいのかな」
「魔術の結界だ、俺としてもディカみたいに解除はできそうにないが……」
「どうにかなる?」
「道案内がいるからな」
もう一度、メジェットの手首を掴んだ。
「……、案外細いな?」
「女だから!」
「へいへい、わかってるよ」
コウモリが一匹、飛んできた。ESPを手の形にして軽く触れれば、ある地点で姿が消えた。
「――行くぜ」
消えても、ESPの手はコウモリに触れたまま、その先まで伸びた。あとはその経路を使って、
その先にあるのは、二人が使った小屋のような棲家が一つ――そして。
庭にある木造テーブル、椅子、そして。
ご老人と、黒色の外套を羽織った女性がいた。
ぱっと光風が手を離せば、メジェットは迷わずに、二本のベルトで固定された刀の鍔を軽く押し上げる。ならばと、光風は警戒をせず、即応できる準備だけしておいた。
「よう、墓守。以前はディカの付き添いだったが」
「覚えておるとも。しかし――お主の手配だな、ケンネス」
「ふふ……」
背の高い、黒の気配をまとったケンネスと呼ばれた女性は、小さく笑う。こちらを見る顔色はやや白く、背丈は光風よりもある。
「ケンネス――そう、呼ばれているわ」
「そうかい。残念だが、俺がその名前で呼ぶことは、今のところないだろうよ、お姉さん」
「――ふふ、
「あんた、ネコメって知ってるか」
「いや、知らないね。こっちが死なないからって、糸を使って躰を切り刻みながら笑って、もうちょっと試したいからって楽しそうにしてる女なんか」
知り合いらしい。こちらが少し驚くほど、表情は豊かで、これ以上なく嫌そうな顔をしつつ、腕を組んだ。
「僕たちは
「覚えておくよ。ただ――そっちの墓守との関係は、そう簡単じゃなさそうだ」
「ほう? どう難しいのかわかるか?」
「少なくとも、あんたの長寿に関連することだろうな。俺は血液への施術なんてものに詳しくはないが――人は、それでも百五十年くらいが限界だろうと、なんとなく思ってる。あんたは三百年だったか? とてもじゃないが、そのままの人間だとは思えないだろ」
「はは、よく見ているわね。その通り、この男は僕との契約を結んでいる。大したものじゃないけれど――いやしかし、久しぶりに来てみたら、守っていた人形もない。これは一体どういうことかと、話をしていたのよ」
「話をしていたのに」
腰に手を当て、呆れたように苦笑して。
「コウモリを使って俺を誘導したのか?」
「朝方なら、比較的安全に街中を視察できるからよ」
右手で外套を外側へ開けば、内部から無数のコウモリが具現して周囲を飛び、すぐにまた内側へ収まった。
「いわゆる分身ね」
「へえ」
昨日だ。
人型の魔物は、果たして何かと、そんな話をした。それは人と変わらない――なんて結論を、今ここで覆すわけではない。ないが、それにしたって。
ここまで違うのかと、痛感する。
敵意も、殺意も、害意も感じられないのに、気構えをしなくては逃げ出したくなるような威圧感。
メジェットの警戒や、光風がやっている最低限の準備でさえ、戦闘を前提にしているわけではなく、そうしなくてはこの場にいられないからだ。
技術の差ではない。――力の差だ。そして、存在の差なのである。
聞いたものと、実際の経験は大差だ。こんなにも違いがあるなんて――さすが、現実ってのは面白い。
「
「……誰だっけ?」
「お前の持ってきた剣の所持者だ」
「――ああ! 確か君の孫だったっけ、対外的には。あいつとは共存してるのかしら?」
「さあ、あまり接点がなくてな。妙なものを所持してるとは聞いてるが」
「その程度で済んでるなら、今は落ち着いていると考えても良いだろうね。あいつは、ネコメとは同類というか、また面倒なんだけれどね、うん。しかしそちらも、面白そうだね。是非とも、僕が行ったら案内を頼むよ」
「ご免だね。ただでさえ、面倒な女が傍にいて、手一杯なんだ――待て、何故俺に居合いを向ける?」
しかも迷いが一切なかったんだが。
「ノザメに来たら、サギシカ商店をノックしろ。そうすれば、二度と来たくないと思う可能性が少なからずあるからな」
「覚えておくわ」
「それと墓守、ちょっとした預かりものがある――んだが、さて、どうすべきか」
「あやつからだろう?」
「もちろんだ」
「受け取ろう」
「いいのか?」
「構わん。隠すものでもあるまい」
「もう一度言う。本当にいいのか?」
「それほどの念押しすら、あやつの意図か? 構わんと言っている」
「どうやら、ディカとの付き合いはそれほど深くないらしい」
左手を横に出して、メジェットに警戒を解くよう示してから、牧場の中にある小屋、自分の所持物、バッグの中、目的のもの――細い糸の繋がりを作って、それを引っ張るよう手元に引き寄せた。
「ひっ――!」
やはりというべきか。
躰を抱えるようにしたケンネスは、顔を引きつらせて三歩ほど下がり、崩れ落ちるよう膝をついた。ざわりと、外套の裾から具現しようとするコウモリの気配に、今度はメジェットは反応しない。
何故って、見ればわかる。
――怯えているからだ。
「やめて! それ以上近づかないで!」
「そうするよ。迂闊だったのは墓守だ、恨むならそっちにしてくれ。もっともディカだって、この状況まで予見していたとは思えないが――」
がたがたと躰を震わせながら、額を地面につけてしまったケンネスを見れば、申し訳なくなってくる。
「――ある血液が、出土した」
右手にあるのは、本当に小さな小瓶であり、中には赤色の液体が入っている。
「詳しくは聞いてないが、あんたの関係だろうってな。所持者はディカのままだ、故にこいつは預けるか、一時保管の意味合いがあるらしい。どうしてこんなものをと、ここに来るまであれこれ考えていたが――そっちの様子を見れば、あんたの契約ってやつにも関連するみたいだな」
「……ふうむ」
「商品名は〝王の血――これ以上は、俺が追及すべき問題じゃなさそうだ。さて、どうする?」
墓守は、ほとんど見えていない瞳をケンネスに向けてから、皺だらけの顔を歪めた。
「いや、それは持ち帰ってくれ。この場では受け取れん」
「なら追加の伝言だ。契約を終えるなら、――穂波さんには必ず言え。いいな?」
「その言葉、確かに受け取った。そして頷こう」
「そう伝える」
言って、ポケットに小瓶を入れた光風は三歩ほど下がり、メジェットの隣へ移動した。
「なに怒ってんだよ」
「べつにー」
「あ、そう。――で、そっちのはまだ会話をする気が?」
「…………」
「睨まれてるよ?」
「俺はただの運び人だっての。こっちとしては、怖いから続けなくてもいいんだが……はっきり言って、こっちにあれこれ言うのは逆恨みだぜ」
「いつ、どこで、それは出土したの……」
「そいつはサギシカ商店をノックしてくれ、俺は詳しく説明されていない。そもそもこの液体だって、血液だとは聞いてるが、それ以上は知らん。あんたの反応で、何かしらの繋がりがあるんだと推測したくらいだ。そっちの情報開示がないなら、これ以上はない――いだっ」
「あんまり女性をいじめないの」
「いじめてねえだろ……俺は女を泣かす趣味は持ってねえよ」
「……」
「あー悪い、つれが不機嫌になってきたから、とりあえず退散だ。最後に一つ、どうする墓守。連絡先を交換するか?」
「――いいや、必要なかろう」
「同感だ。じゃあな墓守、次の機会があったらな」
「そういえば、入ってきたのは術式ではないな?」
「あんたが気付かないなら、間違いなくそうなんだろうぜ」
光風が背を向ければ、軽く会釈をしてメジェットも続いた。数歩でもう結界の外、振り返っても墓所の先は見えず、軽く腕を引っ張られて、一気に牧場の小屋の前まで
――そして。
「悪い」
膝から崩れ落ちるよう、右肩から地面に倒れた。
「光風ちゃん!?」
「大丈夫、精神的にもちょっと疲労しただけだ。……マジで厄介だぞ、あの存在。名前の交換なんかしてたら、とてもじゃないが平静でいられた自信がねえ」
「もう……びっくりさせないでよ。ほら、中入ろ。食事もまだだし……よいしょ」
「ありがとな」
半ば引きずられるように中に入った光風は、そのまま椅子に寝かされる。
「――あ、珈琲あるじゃない」
「もう冷めただろ、飲んでいいぞ。あーしんど……ディカなら平然と対応するんだろうけど、あの領域がどれだけ大変か、今更ながらに痛感する」
「魔物特有の存在感が凄かった。私なんか、警戒が解けなかったし」
「解けなかったのか」
「うん。自然と警戒しちゃって、それを解こうと意識しても難しかったくらい、危機感があったから。斬れそうだけど、それだけって感じ」
「……前言撤回はしねえよ?」
「うん。でも、あれを人間だって規定するのは、ちょっとなあ……」
「むしろ、人型の魔物の方が、ほかの魔物より上位なんじゃね?」
「あーそうかもね、それはありうる。それだけの知恵もあるわけだし。もちろんあの人だって、街の中じゃさすがにもっと抑えてるんでしょうけど」
「抑えてても、わかるにはわかるが……ま、良い経験だったと、そう思おう。とりあえず用事は終わり、今日はちょい休んでから、エリア内の散歩にしようぜ」
「トラゾウはいいの?」
「今日はメジェットさんが優先」
「……あんがと」
「あ、いかん。眠くなってきた……」
「もうご飯できるからね?」
「おー、……大丈夫、たぶん」
「たぶんか」
「墓守が何度か、よくわからん術式をかけてたから、それを解除っつーか、避けるのが面倒でな。たぶん、追跡関連だとは思うんだけど」
「え、私はそれ気付かなかった」
「そりゃメジェットさんには、あの人の警戒を頼んでたからな」
欠伸が一つ、まぶたが落ちそうになるのを堪え、重い躰をどうにか動かす。
「まだまだ、俺のESPは実戦レベルじゃねえな……」
「だから鍛錬するんでしょ」
「おう、たまにはそっちも付き合ってくれ」
「はいはい」
ともかく。
突発的ではあったが、この遭遇もありがたいと思うことにして。
「息抜きもかねて、今日は遊ぼうぜ」
「そうね」
普通に会話すればぷりぷり怒らないのになあと、そう思いながら上半身を起こして。
時刻は○七三〇時、ようやく朝食の時間である。
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