第25話 仁王立ちの来訪者と、地形移動の仕組み

 戦闘技能の向上、錬度を上げることは必須として、もう一つだけ考えなくてはならないことがある。

 それは、地形移動スライドへの対策だ。

 学園を終えた帰り道。終業後の訓練はせず、五日ぶりに向かった骨董品店、サギシカ商店の扉を開くのを、随分と久しぶりに感じたのは、一人で訪問するのが二ヶ月ぶりだからだ。

「よう、相変わらずの閑古鳥か?」

「いらっしゃい、光風みつかぜ。いつも君たちが来る頃には、こうして暇になるのさ。でも今日はちょっと早いね」

穂波ほなみさんは?」

「定休日。本分は学生だ、こっちに手を取られてばかりじゃ駄目だからね。奨学金も出てるし、墓守から金を受け取ってるみたいだけど、穂波としては働きたい気持ちが先走ってるから、こっちとしては上手く制御してやらないとね」

「……」

「うん?」

「いや、どう考えても俺よりお前のが落ち着いてるだろうってさ」

「そう? どうかな、自分のことの方が見えにくいものだ。鏡をいくら見たって、表面しか映らない」

「だが魔術師はその限りじゃない、だろ?」

 ソファに手荷物を置いて近づけば、またディカは何かを修理しているようだった。

「修理依頼、多いよな」

「店を始めた当初から、修理だけは欠かさずにやってる。評判集めのためもあるけど、細かい仕事ってのが好きでね。これも仕事だとは思ってるけど、骨董品なんてものは、新品の方が珍しい。そういう繋がりさ」

「なるほどね」

 ぐるりと、店内を見渡した。

「……なるほどねえ」

 さすがに少し、笑ってしまう。

「賑やかだな、この店は」

「俺の苦労もわかるだろう?」

「会話はできねえから、俺は同意できないな」

 ただ、意思を感じる。小さいものだが、人間がたくさん集まっているようなものだ。

「ケイジは?」

「ん、ああ、ファゼットさんが預かってる」

「――へえ? 父さんは、嫌がると思ってたけど、何か考えがあるのかな」

「嫌がる?」

「同じものは二つ、いらない」

「……、――ああ」

 そうか。

 仮にこの世界が、かつて鷺城鷺花がいた世界とほぼ同一ならば、この世界におけるあの魔術書と同一のものが存在する可能性。それを引き寄せるのなら、同じものを持っていると逆効果。

 だから、嫌がる。けれど考え自体は読めない。

「てっきり、うるさいからかと思った」

「まだ所持者は光風だから、父さんがそこらに捨てれば戻ってくるよ」

「そりゃいい、まだ聞きたいこともあったからな」

「あの嫌味が聞こえないと落ち着かない?」

「冗談じゃねえ。キャロじゃないにせよ、ありゃうるせえよ」

「ははは、有用なんだけどね」

「あの知識に助けられてるのは事実だ」

「ところで、シャッカリザードの件は聞いたよ」

「あれか……突発的な遭遇で、あの状況。お前ならどうしてた?」

「状況っていうのは、とっとと片づけたくて、けれど目立ちたくはなくて?」

「針でも投げるか」

「まあね。誰かの攻撃に混ざって投擲すれば、あまり気付かれない。ただし、針がきちんと体内に入って、すぐに発見されないようにするくらいの威力は必要だ」

「なるほどね」

「はぐれ魔物はたまに現れるけど、そこそこ大物だね、あれは。チライロウから始まって、もしかして光風はトカゲと縁でも?」

「網戸に張り付いてるヤモリの腹を、微笑ましく眺めるくらいには」

「今年はうちにも出たよ」

「赤色の岩を背負ってなけりゃ良いな」

「まったくだ」

 小さく笑えば、二階からぼさぼさの髪のまま、キャロが降りてきた。いわゆる作務衣を着ている。

「よう」

「おう、光風か」

「なんだお前、今日は休みか?」

「引っ越し作業があるって言い訳が、まだ使えるんだ」

「キャロ、こっち」

「なに、兄さん」

「グラと遊んでいただろう? ほら、ブラシで毛をとってあげるから、おいで」

「……うん、よろしく」

 上手くやってんのかと思えば、自然とカウンターから離れて――続けて降りてきたリコが、眠そうな顔のままふらふらと、いつものソファに寝転べば、声を立てて光風は笑う。

「――ははは、ここはいつも通りだな」

「そう? 俺がキャロばかり見てるから、リコがちょっと拗ねてるけどね。食事のニンジンが多いって」

「なんだそりゃ。肉と野菜の対決か?」

「野菜スティックが好きなんだよ。あたしあれ、一日中食べられる」

「リコだって、野菜が嫌いなわけじゃないんだけどね」

「ふうん」

「――光風は、こういう時はすぐに去るイメージだ」

「俺の行動を先読みして、封じ込めか? 特に用事もなく、邪魔すんのもアレかと思えば、身を引くだろ。ミルルクさんだってそうじゃないのか?」

「さて、どうだろう」

「つーかここ、女の人が多いだろ」

「おっと、ついに光風も女性を意識しはじめた?」

「以前から意識はしてる。――そう言っとかねえと怖い。いや実際に忘れたことはねえけどな」

「相談には乗るよ」

「そりゃどーも」

「ところで、リコに対しての怖さは、どうなんだ?」

「ん……ああ、お前ほどじゃねえな。実際にやり合ったら、俺が負けるだろうけど、リコさんにはそういう怖さがねえ」

「あたしは?」

「キャロは、リコと同じ年齢になってから、俺がちゃんと答えるよ」

「うん」

「あと光風」

「なんだ? 俺の用事は急ぎじゃないし、もうちょい考えをまとめてかっらでもいい。出直すぜ?」

「それは無理だよ」

「あ?」

 言って、すぐに入り口を振り返れば、何故か。

「……おい、おいディカ、言っていいか」

「うんどうぞ」

「あの人、実は馬鹿だろ」

 腕を組み、仁王立ちをしたメジェットが、何故か入り口からこちらを見ていた。

「五日で何か頭が悪くなったか?」

「さっきから光風が気付かないから、どんどん不機嫌になっていくんだよ。――やあ、いらっしゃいメジェさん。光風の所有権は俺にないけど、300エルくらいで持ち帰っていいよ」

「むう……」

「じゃあディカ、俺がメジェットさんを持ち帰る場合はいくらだ?」

 肩越しに振り返って言えば、ディカが笑っている。そりゃそうかと視線を戻した矢先、頭を殴られた。

「ぽんぽん俺の頭を殴りやがって……」

「ん。ディカちゃん、お邪魔するよ?」

「どうぞ、来客があると驚くから、そっちのソファに座ってて」

「ありがと」

 腕を握られた光風は、抵抗せずにソファへ。リコが片方で寝ているため、並ぶよう腰を下ろした。

「なんだよ」

「説明させないの」

「はあ? ……ああ、まあ、うん、よくわからんからいいや」

 この男は、あれだけ盛大に泣いた女が、我に返った際の照れや恥ずかしさなどは、まるで考えていないらしい。

「いつも通りで良かったよ」

 で、これだ。

 そこまで考えてないのに、こういうことを平然と言うから、腹が立つ。

「メジェさん、シャッカリザードの件はばあさんから聞いた?」

「事後処理の結果だけ」

「そう。――光風」

「んー、飛躍したものなら」

「飛躍しないと結論は出ないよ。はぐれ魔物は、それほど珍しくもないし、突発的だ」

「ただし、シャッカリザードみたいな大物は珍しいだろ。普段は冒険者が帰りに仕留めるくらいが関の山だ。騒ぎになるほどじゃねえ」

「うん。というか、そもそもはぐれ魔物の出現方法なんかも、わかってないでしょう?」

「光風」

「本来いるはずのない魔物が、そこにいる――この状況、ほとんどの場合は迷ったわけじゃなく、追い出された時だ。結果だけ見れば、場を荒らしに来たようにも見えるが、実際には荒らされた結果として、戻れないからほかの場所へ行く。で、荒らすのはたぶん、人間だ」

「乱暴な物言いね」

「いや、荒らすって言い方が悪いけど、安全地帯を作ってみたり、街を作ろうって行為そのものも該当するからな? ここじゃないどこかで、そういうことが発生して、その余波がこちらまで来た――と、俺の想像はこんなところだ」

「うん、まあ俺も同意見かな。シャッカリザードみたいな大型というか、俯瞰すれば中型なんだけど、そういう魔物は稀だよ。それこそ運が悪かった、そのくらいなものだ」

「母さんは少し、警備体制の見直しと警戒はさせるって言ってたよ」

「念のためってやつさ。でも、光風が来たのはその話じゃないんだろうね」

「ん……ああ、地形移動スライドに関連して、冒険者の行動に疑問があってな。誰に聞くかと迷ったんだが」

「なるほど? 現役には聞きにくいし、引退した連中は怪我人もいる。そういう話か」

「そこまでじゃないにせよ、一定の配慮はしときたくてな。それなりに冒険者とも付き合いがある――なんだ、メジェットさんには退屈か?」

「聞いてるよー。光風ちゃん、そういうとこはよく考えてるよね」

「なんか棘があるんだよな……」

「わかってくれて嬉しい」

「それも嫌味じゃねえか」

「なによう」

「また顔が丸くなってる」

「元から!」

「あー可愛い可愛い。――とりあえずディカ、できるかどうかは棚上げしといてくれ」

「うん、メジェさんはどういうわけか、光風の前だと可愛いね?」

「ディカちゃん!」

「はいはい。それで?」

 全部とれたよと、軽く背中を叩けば、キャロは回転するように自分の服を見渡してから、第二ラウンドと言って、また上へ向かった。

「安全地帯に作られた中継ポイントってのは、帰還術式の目印にもなってるが――あれほど大きいものじゃないにせよ、地形ごとに自分なりの色付けをすれば、もっと探索の幅が広がるんじゃないか?」

「ああ、探索時における地形移動スライドの攻略から、その疑問に行きついたのか。実際には、されていないからね」

「おう」

「おう、じゃなくって……ディカちゃんの読みに対しては、疑問なし?」

「ディカがこう言う時は、同じことをかつて考えたってことだと、俺は思ってるからな」

「特にスライドは俺もだいぶ考察したからね。それは、今も続けているけど」

 つまり結論はまだ、出ていないわけだ。

「じゃあ、棚上げした問題をここで下ろそうか光風」

「そうだな。まず壁になるのが、仮に訪れた地形にマーカーを打ったとしても、現存の帰還術式じゃそこまで細かい設定はできないし、移動手段がない。手段ができたとしても、次は距離の問題と――隣に来るだろう地形の察知が問題だ。どこへ向かうかがわからないんじゃ、色付けの効果も薄い」

「うん、そうだね。じゃあ色付けの把握が問題になるだろうけど、それを可能にするシステムは?」

「……、多すぎるって?」

「今は全部、白色だ。どれほどの色を使っても、混ざり合えば黒色に近くなる。そして、全部の色付けが終わった時、それが黒色だったら、最初と同じ」

「そもそも、同じ色を使った時点で、二つの違いが明確にならない以上、目的の地形へ飛ぶことは困難になる――か」

「それだよ」

「どれだ?」

「目的だ」

 言われ、誰もいない右側に視線を固定した光風は腕を組む。その間にメジェットは一度立ち上がって、お茶の用意を始めた。

「――違うだろ、ディカ。目的じゃない、

「そうだね」

「何が違うの?」

「冒険者はそもそも、目的地を作らないんだよ、メジェットさん。どっちが先かはわからないし、結果として作れないのかもしれないが、な。スライドが読めない前提として、常に向かう先は不明だ。その上で、いつでも戻れる帰還術式が安全性を確保するのと同時に、不安を拭う――だが」

 それは。

「帰還できない場所へは向かえない理由にもなる」

 光風は天井を見上げた。

「そっちに行きたいんだけどなあ……」

「はい、お茶」

「ありがとう」

「光風ちゃんは、じゃあ目的地はないの?」

「あ?」

「……なに、その、何言ってんだって顔は。私、変なこと言った?」

「あー……」

 頭を掻く。また怒られるんだろうなと、そう思ったけれど。

「――行くだろ?」

「だからなに」

「行くだろ、鷺城さんがファゼットさんたちと過ごしてた場所に」

「それは……そうだけど」

「どうせまた泣くんだ、一人で行くくらいなら俺も行く。嫌ならほかの誰かを探せ」

「んなっ、こ、この、――なんだよう! 優しくすんな!」

「だんだん、メジェットさんが怒るのも慣れてきたな……」

「怒ってない!」

「はいはい。――で、実際にディカだって、地形の把握までには至ってないんだろ?」

「はは、うん、まあね。ただある程度の読みができる。経験則もあるけど、むしろ感知の幅かな」

「まずは紐付けから――か」

「え、え、え、ちょっと待って、ねえ」

「なんだ、メジェットさん」

「……私のため?」

「少なくとも、じゃないな」

「この野郎……」

「おーいディカ、また怒りだしたー」

「女性の質問は、望んだ返答を言えって催促だよ光風」

「へえ、そうなの?」

「私に聞くな……!」

「ああそう」

「じゃあいいか――って思うな!」

「理不尽なのも女性の特権か? これでもちゃんと見てるんだけどな」

「くぅ……ちょっとリコちゃん! 寝てないで! こいつ! ちょっとお」

 起きてはいるのだろうが、頑なに返答しようとはしない。いつものリコだ。

「――そういえば、今まで光風の周りに女性がいるって話は、聞いたことがなかったね」

「いちいち話すことか? 楽しんでる連中を眺めてることはあったが、視野が狭くなるって現実を目の前に見せられれば、二の足を踏むことだってあるさ」

、そう思うだけの理由はなかった?」

「ノーコメント」

「そうだろうね」

 理由はなかったかと問われ、肯定したのならばそれは、今は違うのかと言われるし、否定すれば理由があったことになる。

 現状としては。

 かつてはなかったが、今はその理由もわかっているし、持ちそうになっているのだろうけれど、それを言うのは癪だ。

「ただ、素直になれない事情はありそうだ」

「そりゃあるさ。お前みたいに上手くやれりゃ、いいんだが」

「俺は客商売だ、話術はそれなりに上手くなきゃね」

「そういう受け流しが上手いんだよなあ……」

「加えてすぐに気付く。――やあミルルク、いらっしゃい。浮かない顔だね」

「お邪魔しますわ。あら、メジェットさんもいらっしゃいますのね」

「うん、光風ちゃんに逢いに」

「携帯端末を持ってない相手では、捕まえるのも大変ですわね」

「親元からは離れてねえからな。座るか?」

「いえ、リコの上に乗りますわ」

「ああそう、どうした不機嫌そうだな」

「実家からの連絡ですわー」

 吐息を一つ。リコの上半身を持ち上げて座り、頭を膝に乗せた。

「まったくあの父親は……」

「なんかあったのか?」

「以前、猫を拾ったと言っていたんですけれど、なんか二メートルくらいの巨体になったそうですわ。急に連絡がきたかと思えば、おいこれ虎だ――とか何とか、知りませんわー」

 立ち上がった光風の腕を、メジェットはすぐ掴んだ。

「待って光風ちゃん、待って」

「おう?」

「今、何をするつもりだった?」

「とりあえず実家に帰って自前の帰還術式と、数日分の宿泊料金の確保だな?」

「待とう、ねえ光風ちゃん、いいから座ろう」

「何故……?」

「いいから!」

「……まあいいか」

 改めて座れば、ミルルクが呆れた顔をしていた。

 見ての通り、光風は普通に返答ができるし、言葉を受け入れて座れるくらい、冷静なのである。その上での、即決即断だ。

「馬鹿ですのね?」

「あ? なにがだ?」

「虎ですわよ?」

「だから何だよ? 虎だろ? 二メートルだろ? 考える余地があるか……? ネコ科だぜ?」

「ああもう、私から連絡しておきますわ。――二人で、構いませんのね?」

「あ?」

「あら、メジェットさんは行きませんの?」

「ああ、そういうことか。……行こうぜ、メジェットさん」

「――え?」

「嫌なら断ってくれ、早いうちに出るからな。ディカ、相談」

「なに?」

「安い携帯端末な」

「はいはい、店舗を紹介するよ。そういうは必要だ。それが誰のためかは、俺の口から言わない方が良さそうだね。正規のルートで?」

「おう」

「気をつけて。ああ、墓守に渡しておきたいものがある、用意しておくよ。クソ教員にはどう伝える?」

「虎を見てくる」

「ゴネたら?」

「虎の良さを三時間」

「オーケイ、応援するよ」

「ありがとな。またあとで顔を見せる――じゃ、決めといてくれメジェットさん」

「え、あ、うん」

 背中を向けて店を出て行く光風の足取りは軽く、スキップでもしそうな雰囲気もあって、ミルルクは本気で呆れていたが、背中が見えなくなってすぐ、メジェットは頭を抱えて膝に額をごつんとぶつけた。

「あー、あー、あー……!」

「悶えてますわねえ」

「俺と話をしていて、何故か頭を抱えてうずくまるミルルクとそっくりだね?」

「この男は……」

「――ど」

「なんですの、メジェットさん」

「どうしようミルルクちゃん……」

「背中を押して欲しいんですの? それとも忠告を?」

「わかんない」

「メジェさん、どうやら自分の年齢を忘れたようだから、俺が丁寧に教えてあげようか? 微笑ましくはあるけれどね」

「ぐぬう……」

「あら、リリさんは姉と呼ぶのに、メジェットさんは違いますのね?」

「リリ姉さんは強制なんだ。花蘇芳はなすおうは身内だけど、家族じゃないからね。ばあさんはうるさいけど」

「……一応、ここの店舗に出資してるんだけど」

「もう全額返したよ? ばあさんはえらく渋ってたけどね。貸し借りの関係は嫌な癖に、繋がりだけは持ちたがるから、今でも俺はばあさんと呼んでやってるんだよ」

「また性格が悪いですわね……」

「父さんなら、ベッドの中で白黒つけるよ」

「それこそ家族でしょう」

「まあね。さて、このまま悩んだ挙句、最後にはめそめそ泣きだして、そうなるとまた光風の出番になりそうだから、否応なく進むしかない道を作ってあげようか、メジェさん」

「い、嫌だ……」

「あら、それは嫌がりますのね?」

「ディカちゃんは容赦ないの知ってるから! 母さんがそれで、どんだけ今まで苦労したことか……!」

「悪いけれど、俺は光風の味方だからね。男の友人は貴重なんだ。ベッドの下に隠した本の内容も――冗談だ、食いつかれても言えないよ、二人とも」

「き、聞こうと思ってないし……」

「あの落ち着いていたメジェットさんが、こうなるとは思いもしませんでしたわ」

「父さんに言わせれば、昔のメジェさんはこんな感じだよ」

「こんなに可愛らしいのに、光風はあの対応ですのよ?」

「可愛いから困るのが男なんだよ、ミルルク。俺もたまにそう思う」

「……」

「ミルルクちゃん、そこで安心しちゃ駄目よ、ディカちゃん相手に」

「あ、安心はしてませんわよ?」

「お互いに苦労するねえ」

「いえ、メジェットさんはもっと素直になれば一発だと思いますわ」

「……え?」

「それはきっと、ミルルクも同じだよ」

「ディカが言わないで欲しいのだけれど!?」

「女は、男のものになれば良いと思ってる。それは事実だ。けれど男は、それを手にするのは簡単で、その重さに足が鈍ることを気にしてる」

「気にするの?」

「もちろんだよ。だって足が鈍るのは、重さを抱えきれないってことだ。否応なく、ふがいない自分が目に入る。じゃあちょっと試してみよう、そういうわけにはいかないだろう? だから、いろいろと上手くやろうとするんだけれど、こんな言い訳で信じてくれるなら、俺としても楽でいいね――おや? なんだか怒ってるみたいだけどミルルク、冷蔵庫にケーキが入っているけど食べるかい?」

「こいつ! メジェットさんこいつ!」

「ケーキ食べるの?」

「食べますわ!」

「ああうん」

 上手くやってるじゃないか、なんて思って。

 外から見れば、自分もそう見えてるのかなと気付けば、苦笑の一つも落ちた。



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