第18話 彼の妹が二人に、花蘇芳の姉たち

 藍子あいこが学園で暴れてから五日後、終業時間の少し前――つまりは夕方、学園の入り口にファゼット・エミリーと藤崎デディはいた。

 用事があるのはファゼットで、デディはその付き添いになるのだが。

「そういえば、二人で出歩くのも、なかったね」

「ん? そもそも、屋敷から出ねえだろ。出たとしても商店街だ」

「ああうん、食材はフェリットさんに任せてるし、あの人の視線には感情が乗るから見ていて面白いから、つい会話をしたくなるんだけど、それはともかく、僕の買い物は工匠関連だからね」

「フェリ姉はあれで、お袋より年齢が上なんだけどな……」

「ああ、だからあんなに美しいのか」

「なんだ気に入ったのか?」

「年齢による女性の変化に対して、僕はいつだって誠実だよ」

「藍子には言わないでおいてやる」

「その方が面倒はなさそうだ」

 見上げる校舎は、この学園の敷地にある施設の一部であることを、もちろん二人は知っている。大半は使われておらず、かといって住居にもできなければ壊すこともできないエリアで、都市運営の会議などで一部は使われている。

「……以前、鷺城さんがここで、学園を見てた」

「へえ?」

「なんだろうな……郷愁きょうしゅう寂寥せきりょう、あるいは懐古かいこ。まるで、かつて見たことのある同じものを、また見たことがあるような」

「そう、お前は捉えたのか?」

「まあね。おかしい?」

「いや、お前のそういう視線に関しては、疑わないようにしてる」

「ありがとう」

「で、そこから先の思考は俺の役目ってか?」

「ファゼットのそういう考察に関しては、あまり疑わないようにしてるよ」

「ったく……単純に考えれば、鷺城が元いた世界に同じようなものがあったんだろうな」

「うん、それは僕も考えた。それがなら、ここで話は終わりだ」

「同一のものが、あったってか?」

「なら?」

「……、……納得できる部分は多いが、な。問題はどこまで同じか」

「どこまで?」

「状況は変化するから、そもそも問題にはしない。街だって中身は変わるだろ。だとしたらそれは――……」

「うん?」

「世界が同じなら、同じ街にだってなりうるだろ」

「そりゃね」

「少なくとも違うのは、鷺城の長寿? その仕組みだけは、こっちにないわけだ。けど俺には、たったその一つで、どこまで違うのかを把握することは困難だな」

「あー……うん、わかった。今はまだ、これ以上の考察は難しいってことにしておくよ。ありがとう」

「ん」

 ばらばらと、校舎から学生の姿が見える。半数は帰宅しているし、もう半数は学生寮だ。これも同じ敷地に作られているが、一度外に出てぐるりと回るので、別の場所と考えても良い位置になっている。

 そう考えれば。

 いつからこの学園という建物はあったのだろう、そう思いたくもなった。これ以上の考察は難しくても、疑問は出てくるものだ。

「藍子がやった話は聞いたな?」

「ああうん、翌日に僕も出向いて工匠科を黙らせておいたから。構造式の具現にも慣れてきて、手間もかからなかったよ」

「冒険科は三人だと」

「集まったのは三十人以上だったらしいね。一人目は全治八ヶ月、これで藍子も感覚を掴んだのか、次はちゃんと全治三ヶ月。しかし三人目で躰が暖まってきたのか、また八ヶ月に逆戻り。その惨状を見れば次は出なかったそうだ」

「学生は、だろ」

「最後は教員が二ヶ月の有給だ、さぞ喜んだろうね」

「見せしめの効果に関して勉強になったろ」

「拍子抜けなんて感想が出るあたり、鷺城さんの教育の成果を感じて、ぞっとしたけどね。僕が出ていれば、同じ結果になったかなあ」

「さあな。お前だけ、まだ得物を貰ってねえだろ」

「藍子だって使用許可が出てないんだから、同じさ――いやあ、なんだか注目されてるねえ」

「仮にも学生の身分で、通いもせずにこんなところで待ってれば、否応なく目立つさ」

「ファゼットのことだから、もっとこっそりやると思ってたよ」

「何をやるかにもよるし、学生が学園でこっそりやるのは授業中の暇潰しだけでいい」

「何をやるかも聞いてないけど?」

「すぐわかる」

「それは誘われた時に言われた」

 休息日なので問題はないし、息抜きそのものをデディは否定しない。

 しかし、改めて下校風景を見ていると、なかなか面白い。下は八歳前後から、上は十八近くまでの年齢がさまざまだ。縦割りでの交流もあるにはあるし、部活動のようなものもある。その多くは、研究に時間を費やす活動ばかりだが――と。

 校舎から出て来た小柄な少女の一人が、デディの視界から消えた。

「あー……」

 半歩だけ位置をずらすとすぐ発見できたのは、はてさて、訓練の成果なのかどうか疑わしいが、ともかく、その少女は勢いよく踏み込んで走り出すと、死角を移動して――まあ気付いているのだが――ファゼットに飛びついた。

「おっと」

「兄ちゃん!」

「よしよし」

 見ての通り幼い少女――が、もう一人、小走りにやってきて吐息を一つ。

「リリねえはもう……ファゼにい、久しぶり」

「おう、お前もこっち来い。ほれ」

 甘え方を知らない子なのか、ファゼットから近づいて空いた手で頭を撫でた。

「俺の妹な。これ俺の友人」

「やあ、デディだ」

「リリット!」

「メジェットです、よろしく」

 うんと頷いたデディは笑みを浮かべて二人と軽い握手をした。

「こんな可愛い妹がいるんなら、もっと早くに教えて欲しかったね」

「お前にはやらん」

「本気で睨むなよ……」

「ファゼ兄ちゃん、どしたの? 何かあった? 仕事?」

「そろそろ、実家に顔を見せろって催促があったから、今日は一緒に連れてく」

「あーそっちかー」

「ファゼ兄は、相変わらず一人で帰るの嫌がるんだ……」

「嫌な顔をしねえのは、メジェくらいなもんだ。行くぜ、ほらリリも自分で歩け」

「はーい」

「……、ところでメジェット」

「あ、はい」

「僕はファゼットの友人だ。つまり、君とも友人のつもりで接したい。だから、敬語はいらないよ。そこで質問だ――僕の横を? それとも前か、後ろを歩きたい?」

 問えば、メジェットは小さく笑って。

「じゃあ隣を」

「うん」

 前を歩くリリットは、ちょろちょろと動き回り、ファゼットはそれを制御するよう立ち位置を変える。デディも隣と歩幅を合わせた。

「僕は君たちのことをよく知らないけれど――普段は隠して生活を?」

「え、っと……あ、そういえばさっき、リリの移動に対応してた、かな」

「あの手の移動方法は、少し前からやられ続けてるからね。いや実際に、君たちの錬度だと高等部でも充分にやっていけそうだなと。ファゼットが良い例だ」

「そっか、ファゼ兄のことは知ってるから」

「さすがにファゼットにはまだ勝てそうもないよ? コレニアさんはいないけど、今はフェリットさんがいる」

「そっかあ」

「とはいえだ、僕だって詳しく知ってるわけじゃないよ」

「隠すことはねえよ」

「……ま、そうじゃなきゃ、こうして一緒に来ることもないさ。メジェットはまだ、基礎教育だろう?」

「うん、体力作りや座学。運動量は低めだし、何の技術を目指すかも考えられていないから、将来の選択肢を増やすって授業かな」

「――よく見ているね。今の僕ならわかるけど、当時はまったく理解もせず、ただただ流されていたよ。いや、そうか、僕はそうやって流されるのが嫌だったから、わざと道から外れて落ちたのかもしれない」

「何かを決めたかった?」

「いやいや、たぶんそうじゃない。逆だよ、決めたくなかったんだ。流れから外れて、足を止めたかったんだよ。その上で、やりたいことだけ、やってたんだ」

「楽しそうね?」

「ああうん、それは間違いなく、そうだ。――現状には不満というか、文句はあるけれどね? 殴られ続けて頭のねじが無事かどうか、顔の形が変わってないか、ストレスで髪が減ってないか――とか」

「あはは」

「いやいや、冗談じゃないからね、これ。たまに自分が成長してるって成果を教えて貰ってるけど、未だに届かない相手が傍にいたんじゃ、文句の一つも出るさ。そうやって、ほどほどにストレスを吐き出した方が、面倒がなくていい」

「あれ私、心配されてる?」

「リリットには振り回されてる気がしてね」

「ああうん、リリ姉はね、いつも自分勝手だから。私が心配性なのかもだけど」

「上手くやってるなら、何よりだよ。――リリットはナイフを二本だけど、メジェットは武装してないんだね」

「……わかるの? ファゼ兄みたい」

「僕は最近だけどね。観察する技術っていうのかな、相手に知られないように探りを入れるというか――……都市運営の人員が随分と多いね」

「あ、うん、すれ違ってるのも数人」

「一応あれ、暗部あんぶだったはずだけど」

「戦闘要員ね。正直に言って、錬度は知らないけど、わかりやすい。物騒ですよってプラカードを首に提げてるみたいな感じ」

「あはは、言いえて妙だね。上手いよメジェット」

 けれど。

「やっぱり、知っているんだ。それがエレットさんの教育かな?」

「うーん、リリ姉はあまり気にしてないと思うけど、私は他人を見ながら生活してたから」

「良いか悪いかはともかく、上手く付き合ってるね。何か悩みは?」

「どっちつかずなところ」

「それは浅く広くって言うんだよメジェット、悪いことじゃない。主役にはなれないかもしれないけれど、支えることはできるし、教えることもできる」

「あ、それがあるか。じゃあフェリ姉の後釜かなあ、それもいいなあ」

「教育者か相談役か。まだ決めるのは早いかもしれないけど、決めたからってほかに手を出しちゃいけないわけでもない。僕はそれを最近知ったよ」

「へえー……私から見たら、デディさんはもう、大人って感じだけどなあ」

「そうでもないよ。でも、そうありたいとは思ってる」

 実力をつけても調子に乗らせない方法は、常に頭を押さえつけておけば良い。

 鼻が伸びようという段階で、その鼻っ柱を殴られれば、まだまだじゃないかと、落胆と共に自分を見つめ直せる。

 きっと彼女たちも、そういう存在が傍にいるはずだ。

 そろそろ相手に勝てるんじゃないか――そんな思い上がりがあっても、それを確かめられれば、現実が見える。

 どうせ勝てないんだと諦めることが許されないのは、他人がどうのではなく、自分との約束だ。追いつこうという意志が、放棄を除外する。歯を食いしばってでも、前へ進もうとしていれば、周囲は認めてくれるものだ。

「――おう、行くぜ」

 こちらを振り返って言った直後、踏み込みにも似た動きを見たデディは、こちらを見上げるメジェットに笑みを返し、行動を

「え――」

 同様に行動を起こしたメジェットが、こちらを見失った。

 影に潜る。あるいは、影移動。

 魔術として言う場合はともかくも、一般的にこれを、死角に潜り込んで移動する方法として使う。通行人や相手の視界を把握し、時には視線誘導を行動に含ませて、見つからないよう移動するのだ。

 メジェットもリリットも、慣れている。行動によどみはないし、訓練されているのだろう。けれど、二人の死角で移動できるだけの技量を、デディが持っているだけだ。

 人数が増えれば増えるほど、死角は減る。減るが、なくなったわけではなく――つまり、あとは錬度の問題だ。デディにしてみれば、こんなこともできるようになったなあと、呆れたような気持ちである。

 凄いのは自分ではなく、教え込んだ鷺城鷺花なのだ。

 小走りに移動を続け、いくつもの路地を曲がってたどり着いた先は、街の地下であった。陽光がないことを懸念しつつも、排水管の隙間に通路ができており、おそらくは整備用通路を流用しているはず。

「ちょっと失礼」

 三度、足場を確認するように叩いた。

「――デディ」

「もう終わるよ」

「対応しなかった俺を褒めろ」

「メジェット、僕の代わりに褒めていいよ」

「え、あ、うん、ファゼ兄はいつも凄いけど」

 メジェットは頭を撫でられた。

「デディさん、なにしたの? なんかした?」

「やあリリット、ちょっと術式でこの空間の広さや強度を計測してみただけだよ」

「うそぉ!?」

「安心しろ、何人か反応してた。だろ?」

「まあね。お陰で人数までよくわかったよ」

「ったく……」

 まずは挨拶だと、先導するのはファゼットだ。

「ここが花蘇芳はなすおうの拠点ってわけか。空間転移ステップの対策がしてないね、意見具申ぐしんは?」

「いろいろと便利そうだから黙っとけ」

「じゃあ任せるよ」

 通路の数のせいか、人とすれ違うこともなく、目的地へ。中に入ると大きな広間になっていた。

「ここは?」

「訓練場だ」

 二人ほど女性がいて、ファゼットが手を上げれば、メジェットとリリットが小走りに前へ――瞬間だ。

「おい、寸止め」

「おっと」

 左足を前に軽く出し、礼をするよう上半身を倒しながら、左手は腰の裏に回して、右の肘を上へ跳ね上げる動きを取ったデディは、ファゼットの言葉にぴたりと肘を途中で停止する。

「挨拶だった?」

 空気を叩く音と共に、衝撃が肘から真上、背後に回った女性の顎の下から天井まで抜けた。加減をしたので、痛みはないはずだが、相手は軽くのけぞっていた。

「すみません、つい条件反射で」

「え、ああ、うん、いえ……」

「げー、エミ姉ちゃんでも駄目かー……」

「さんざん訓練してんだよ。お前らも顔見せろ、フェリ姉が暇そうにしてるしな」

「駄目よ、まだ早いって母さんが言ってた」

「メジェ、そういう時は、じゃあ早いかどうか確かめて来るって言えばいいんだよ」

「ファゼ兄はそういうとこね……」

「なんだよ」

「なんでも! 母さんも最近は兄さんに対して呆れてるからね?」

 二人は奥へ走って行った。

「さて、では改めて。デディです、どうも」

「話は聞いてるだろ。お前が顎を砕きかけたのが、このエミットだ」

「どーも」

「そっちが――あれ? レキ姉は仕事か?」

 小柄な女性は、手を振って外へ。

「……まあいいか」

「人数が多そうだ、全部を覚えるのは大変そうだから、今度にして欲しいね。それともパーティを開いてくれるかい?」

「お前のために? 藍子が嫉妬して俺に怒りそうだから嫌だね」

「女性に囲まれると緊張するから、僕も辞退しておこう」

「それが言い訳か?」

「本人を前にしたら、違う言い訳をちゃんとするさ」

 前に出した左足の先端を、軽くズラすようエミットに向ければ、勢いよく横に跳んだ。

「デディ」

「いやあ、駄目だった?」

「いつも俺が遊ばれてたエミ姉の動揺が見られて、ちょっと可愛いと思えるくらいには良いことだ」

「ありがとう」

「ちょっとファゼ? それどういうことかしら?」

「そのまんまの意味。腕が落ちたのか、それとも俺らの錬度が上がったのか?」

「後者にしといてちょうだい……」

 疲れたような吐息が一つ。長身の女性はジャージ姿だったが、束ねた髪をほどいて近づいてきた。

「母さんから話は聞いてたけど、本当に成長したのねえ」

「そうか?」

「今でも鷺城さんに殴られる身としては、素直に頷けない誉め言葉だね?」

「うるせえよ。それと言葉を選べデディ、あのクソ女は耳が良いんだよ」

「噂をすれば影? だったらもう手遅れだと思うけど」

「ふん」

「――デディ」

「ああうん、なにか?」

「私の踏み込み、見えていたの?」

「いえ、見えてはいませんでした。加えて、気配を追えていたのなら、もっと違う対応を選びます」

「けれど反応したでしょう?」

「鷺城さんなら狙ってやるんでしょうが、僕にとってはただの後手を踏んだ際の防御行為ですよ。つまり――接敵時には、停止する。見えなくても、攻撃があるなら、傍に来る」

「だから迎撃した、と?」

「刃物の想定をして、腰を左手でガード、右で迎撃。僕の視界から消えた瞬間、一歩目の歩幅と重量から、踏み込みの幅はある程度わかったので、上手くできました。本来なら、見失う前に対処すべきでしょうね」

「嫌味ねえ……」

 見失っても対処されたのが、現実なのに。

「一体どういう訓練をしてるの」

「すぐわかる」

「まったくだ」

 何を言っているんだと腕を組み、胸を持ち上げるようにして首を傾げたエミットの背後、奥の通路から彼女が姿を見せた。

 両脇に、少女を一人ずつ抱えて。

「ほらみろ、地獄耳だ」

「やれやれ」

 鷺城鷺花の登場である。

「デディ」

「はい」

 メジェットとリリットを離して立たせると、鷺花は腰に手を当てて、いつものよう目を細めるようにしてこちらを見る。

「状況把握で術式を展開するなら、中途半端はしない。相手に気付かせて人数を把握するなら、きちんと気付かせる。そうじゃないなら全員に気付かれないようになさい」

「ああ、なるほど、わかりました」

 できるのに、ちゃんとやらない時の視線だ。まったくその通り――そして今のデディは、気付かせる方しか使えない。

 そして、奥からエレットも顔を見せた。

「――はい。じゃあ遊んであげるから、おいでリリット、メジェット。あとそっちのも一緒にね」

「え、私も?」

「リリ、メジェ、――殺していいぞ。リミッターを外す許可も出す」

「はーい」

「いいのかなあ……」

「エミ姉、本当に殺せるなら殺してくれ。これからの訓練が楽になりそうだ」

「あんたね……?」

「いいのよ、いらっしゃい。あんた程度に殺されるなら、私はとっくに死んでる」

「むかっ……」

「安心なさい? 私が相手なら仕方ないって、周りも認めてくれるから」

「――」

 踏み込んで、壁まで吹っ飛ばされた。

「あーあ」

「おいデディ、おい」

「なんだファゼット、もしかして鷺城さんが手加減している事実に気付いて、あれこれは配慮ってものを持っているのかと、そんな疑問を?」

「お前もか?」

「同意があるとは思わなかったね」

 右足の踏み込み、半身、左手で飛来したナイフの柄を取り、そのまま鷺花――ではなく、所持者であるエミットへ投げ返せば、壁際から投擲して、追撃をしようとしていたタイミング、その顔の真横に突き刺さって、びくりと身を震わせた。

「あーごめん」

 頭の後ろをぽりぽりと掻けば。

「構わん。あやつの錬度が低いだけじゃ」

「おおう、びっくりした。やあコレニアさん、久しぶり。相変わらず小さくて気付かないし、ついつい視界に入らないから忘れていました。僕はデディです、忘れていなければ幸いですが」

「こやつ……! おいファゼ!」

「……あ? なんだいたのかお袋、もうちょい早く言ってくれ――いてっ、尻を叩くな」

「お主ら、またこの一ヶ月でアレじゃな!」

「幸運なことに、原因がはっきりしてる」

「その原因が目の前で遊んでるよ。老眼が入っていないなら、よく見えるよコレニアさん――痛い、僕の尻まで叩かなくても」

「まったく……あ、煙草は駄目じゃ」

「ん? ああ、おう。――で、どこが動いてる」

「その話か?」

「大丈夫だよコレニアさん、さっきナイフを投げたので証明したように、鷺城さんはこっちの会話もきちんと拾ってるから。どうせ、鷺城さんもそっちの話だろうしね。今日見た限りでも、都市運営の人員が動いてる。そこの話だろう?」

「おう」

「都市運営の評議会が少し動きを見せておる――どうした藤崎」

「政治的な部分にはあまり精通していないけれど、人の動きに関してはそれなりに教えられていてね。鷺城さんの座学は知識を詰め込むから大変なんだけど――暗部の人間が出歩いているなら、それはたぶん、守りの動きだろうなと」

「ほう?」

「内部で何か動きがある、たとえば内部の派閥抗争。そういう時は逆に、表に出さないようにする。けれど現実として人員が外に出ているのなら、外部勢力が評議会に干渉しようとしている――そう考えるのが自然だ」

「ではその中で、可能性の高いものは何だ?」

「派閥が一つ入れ替わる――加納かのうさんかな」

「何故じゃ」

「鷺城さんが関わっていそうなのはそこだし、鷺城さんの情報を持ってるのが、たぶん加納さんだから。ただ――鷺城さんが関わってるなら、僕が心配することは、なにもないね」

「デディ」

「ああうん、仕事として振られるのは諦めた。……」

「一度くらい経験しとくと良いんだが、悪党相手の方がいいぜ」

「いずれやるんだろうなと、そう思っているけれど――タイミングとしては、鷺城さんが外に出る時期だろうね。たぶん、街から出したくないと考えて、妨害する。それを敵対と考えるはずだ」

 だから。

「鷺城さんは、こう聞きに来たんだろう? ――で、花蘇芳あんたらはどこまで、どうやって関わるつもりだ、と」

「――うむ。部外者の位置にいる藤崎に、そこまで読まれておるのならば、良かろう」

「鷺城の配慮だな。間違っても敵対する位置に動くなよお袋、――あんたらを殺したくはねえ」

「同感だ。ちょっと間抜けなところがあるから、その心配はあるけれどね」

「全て鷺城に任せて、わしらを含めて動かして貰っておる」

「安心したけれど、気は確かですかコレニアさん」

「鷺城鷺花ならば問題なかろう?」

「下剋上に気をつけろよ、お袋。それと諦めるな。鷺城の手管を知って勉強しろ。あの女、やれと言われたことをやらないと殴るくせに、やるだけじゃ成長しないと殴るからな……」

「あやつの育成能力に疑念はない」

 デディとファゼットは顔を見合わせた。お互いに不満そうな顔のまま、二人して顎で現状を示す。

 とりあえずリリットは笑っていた。

「あははは! 何やっても駄目だー! 楽しいね!」

 しかし、メジェットに関しては、鷺城が口出しをしている。

「一つで駄目なら、組み合わせて二つにする。はい、もう一度――もっと繫ぎを意識して、今度は別の方法を組み合わせ、はい、意識し過ぎで躰が動いてない、もう一回」

「くっ、このっ」

 リリットは、基本的に死角から殺す方法を多く身に着けているが、メジェットは幅広い。打撃も種類を使い分けるし、踏み込みの間合いすら変え、得物の種類も変えられる。言っていた通り、浅く広くなのだ。

 だが、それら一つでは浅いままだと、鷺花は教えたいのだ。組み合わせのバリエーションは、誰よりも多いことを知れば、その先もある。

「はい、じゃあ一番よくできると思う技を、二つ繋げてみる。そう、そこ」

 などと言いながら、リリットを転がして、エミットを吹っ飛ばしている。

「そこなの。いい? 技の一つは繰り返せば身につく。身につくとは、反射ではなく、やろうと意識したらなの。だから、身についたら、意識するのは繫ぎだけでいい。やろう、繋ぐ、やろう、この三つ――それ! 今度はその三つを繰り返す。そう、そう、そう、はい今度はその三つを、一つのものを捉えて、――はい」

 足払いから飛び上がるよう蹴りで顎を狙い、足をそのまま振り回しながら回転しつつ、速度を増して肩を当て、踏み込みによる一撃を放つ。その最後の一撃を受け止め、それから距離を取る。

 そのタイミングでメジェットは死角に潜り込み、背後。

「はい」

「――っ」

 その合図に一息、死角ではなく視界の隅を渡る動きへ変化をさせ、視界の中に捉えられた瞬間、ナイフを目元に投擲――そこから、膝を抱え込んだ。組み技にかかる前に、鷺花は足を引いた。

「そうそう、そうやって組み合わせるの」

 荒い呼吸を繰り返しながら、メジェットは動く。試行錯誤がよくわかって、その努力を褒めたくもなるが――しかし。

「なんじゃ? さすがは鷺城じゃろ?」

「あんな優しい鷺城は初めて見た」

「僕らに対して、その優しさの欠片でも見せてくれれば、半分の感謝くらいするのにね」

「お主ら、今はどんな訓練をしておる……?」

「二人を連れて顔を見せろ。そうすりゃわかる」

 まったくと、吐息を落とす。

「とんだ休息日だ」

「いいじゃないか。メジェットは勉強をしてるし、リリットは楽しそうだ」

「まあな。エミ姉は死にそうだけどな」

 そこはそれだ。

 ともかく、どうやら街で起きそうな騒動に関しては、まだ手を触れないで良いらしい。鷺城鷺花に任せるという点において反論もないし、信用もある。

 あるが。

 いつか面倒になるんだろうなと、そんな予感もあった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る