第13話 ごくごく一般的でかつ普遍的な親睦会
警備隊と呼ばれる人たちは、主に街のトラブルを解決する役目を担っている。未然に、と言えるほど先手を取れてはいないが、治安維持には貢献しているし、街には必要なものだ。厳密には都市安全課警備部隊、となっているが、警備隊の通称で親しまれている。
表のトラブルは警備隊が、裏のトラブルは暗殺部隊が――それがこの街の基本である。いや、裏のことに関して基本にしているのは、一部の人間だけだが。
そして今、彼らは警備部が訓練で使っている敷地内の山にいた。
「――さて、親睦会を始めましょう」
黒色の
「場所を借りる対価として、こっちの動きは術式の監視がつくわ。適当に対応なさい。見るのは勝手、それを防御するのも勝手よ。目的は山頂――と言いたいところだけれど、夕方だものね、目標設定はなし。ただし山から出ないように」
ということでと、鷺花はくるりと彼らに背を向けて、山へ向かって歩き出した。
「五分後、私が襲撃するから対応なさい。死ぬこともあるから気を付けなさいよー」
反論は聞かず、鷺花はひょいひょいと木の上まで行くと、すぐに彼らの前から姿を消した。
藤崎デディは、空を見上げて一息、肩の力を抜く。
「――とんだ親睦会だ」
「襲撃とは聞いてねえってか?」
独り言に近かったので、返事があったと思わず肩越しに見れば、後ろでファゼット・エミリーが肩を竦めていた。
「常套手段だ。バカンスだと言われたって、ひでぇ訓練があるんだよ」
「そんなものか」
「――」
瞬間、軽く飛びあがった
「な、なんだ? どうかした?」
「はるちゃん?」
「鷺城の術式に反応したんだ、今は解析中だろ、どうせ」
「えー? なんでわかるのそんなの」
「
「いやそっちじゃなくって。あたしも、あれ? って思ったけどさ、それでも
「現実を見ろ間抜け」
「なにお!?」
「畑中さんの間抜けぶりは僕もわかるけど、驚きなのはよくそれで、冒険家の下から二番目にいられるね。隠す方が難しいって話を聞いたことがあるよ」
「どうだかな」
少なくとも鷺城鷺花の前では、不可能だった。
「ところで、この場所は知ってんの?」
「僕は多少ね。確か反対側には、アスレチックみたいな自然を使った訓練場があるはずだ。こっち側は行軍訓練とかで使われてるらしいよ」
「じゃあ踏み固められてるから、移動は簡単そうかな?」
「さあ? どういう襲撃かを楽しみに、行こうかなと」
「へえ……」
「ん? 悪かった?」
「いや、思ったより順応するんだな、お前は」
「詰まらないのは仕事だけでいいじゃないか」
「うわー、気楽な発言」
「じゃあ畑中さんが構えてくれてていいよ」
そんな呑気な会話は最初だけ。山頂を目指そうかと足を踏み入れて数分、おそらく中腹まで届いたあたりで――ファゼットが。
「伏せろ!」
大声を出してデディと藍子の頭を押さえながら、地面に叩きつける勢いで伏せれば、飛翔音と共に六本のナイフが頭上を飛んで木に突き刺さった。
「な、なに!?」
すぐ立ち上がった陽菜が周囲を警戒しつつ、木に刺さったナイフに手を伸ばし、引き抜いた瞬間に爆発が起き、ごろごろと転がって違う木にぶつかって停止した。
「……いたい帰る」
「馬鹿」
背にしていた木の根元が跳ねるよう動き、ごろごろ転がった陽菜が戻ってきた。
ゆっくり全員が立ち上がる頃、ナイフは消えている。
「え? え?」
「――椋田、探るな。俺らに向けた罠だ」
「……わかったけど」
「ああ」
厄介だと、大きく呼吸を一つ。
「わかればわかるほど、発動の鍵に触れるってのは面倒だ――が」
「こっちの錬度を見極めてる?」
「まあな」
「こっちはどうすればいい?」
僅かに、デディが姿勢を正した瞬間、足の位置が変わっただけで
「は?」
「え?」
「自動発動か!?」
「わかんない!」
木の間を飛びながら上空へ行き、それぞれを抱えながら周囲を見渡せば、陽光に反射する何かを見つけたファゼットは。
「受け身を取れ!」
デディを横に投げて三人のバランスをあえて崩し、落下速度を加速させておき、こちらへ向かってくるナイフの一本を左手で反らし、隠れていた二本目を顔を動かして回避、本命の三本目を蹴り飛ばすような動きをし、木に背中をぶつけながら、下へ――いない?
着地した地面がぬかるんでおり、腰まで落ちる前に自分から前へ倒れ、接地面積を大きくして、匍匐前進で移動。すると、どういうわけか目の前から、三人がごろごろと転がってきていた。
「飛び跳ねたんだけど!?」
「トランポリンみたいだった……」
「冗談じゃねえ……こっちは、罠にかかったら死んだと思えって教育だぜ」
背後を見れば、這い出た沼地は既に元の形に戻っている。
「後にしろ椋田」
「すごいよ、この術式。すごい。地形変化、発動条件、その上で地形復元まで混ぜてある……」
単純に、ただ地形を指定して水分を含ませただけのものではない。
「ったく――」
右手を木に当てると、そのまま中の水分を少し貰って球体にし、それを握りつぶす。二つ、四つ、八つと弾けるよう数を少なく、そして存在を小さくしていき、周囲は白い霧に包まれた。
「え、え、なに?」
「目隠しだ。警備隊が使ってる監視術式の目を潰すのも、今は面倒になる。藤崎、ナイフは何本ある?」
「二本」
「一本くれ。どうせ壊す」
「構わないよ」
「悪いな。それと、死ぬ覚悟はしとけ。それを死にたくないと跳ねのけろ。意識しないと本当に死ぬからな」
「急にそんな――」
言葉の途中で畑中の姿が消えた。寸前に糸のようなものを目に入れたので、そこから先はもう探そうともしない――が。
それは、ファゼットの選択でしかなく。
「え?」
左右を見渡すよう探してしまったデディは、姿を見せた鷺花に額を地面に叩きつけられる。
「……」
笑おうともしない鷺花は退屈そうな表情をしていて、ふらりと動いたと思えば、姿が見えなくなった。
霧を利用して、隠れ蓑にしているのだ。しかも、ファゼットが作り出した領域に、自ら術式で霧を混ぜることで、自然発生したものとほぼ変わらないものになっている。これでは自分の魔力を辿って霧の範囲を把握することすら困難だ。
「い……ってぇ」
「追撃がなかっただけマシだな、藤崎。とっとと立ち上がらないと、今頃の畑中みたいに腹を蹴られて――ほれ、転がって戻ってきた」
腹が痛いのか、両手で押さえて丸くなっていて、痛みに声が出ていない。
「覚えとけ藤崎、これが現実の戦闘だ」
「逃げたくなってきたよ……」
「逃げれるわけがねえだ――ろっ!」
上空から落ちて来た鷺城鷺花に、一歩を前へ出して対応できた。しかし、振り下ろされるナイフに対し、回避はできずに合わせ打ちをするものの、その一手目でナイフは破壊された。
着地点を狙った左の蹴りは、肩ほどを狙うことになったが、上半身を反らすよう回避される――が、だったらと、強引に振り抜こうとする足を停止させつつ、思い切り地面に打ち付けるよう踏み込みとして、左手に。
そこにある、今しがた破壊されたのと同じナイフを最短の突きで首を狙った。
だがそんなもの、鷺花にとっては見慣れ過ぎている。
肘の内側にぽんと、軽く鷺花の左手が当たるだけで、狙いは首の横に反れてしまい、同時に踏み込まれれば肘が顎へ。
痛みを押し殺し、一歩前へ出ながら右腕を折り曲げるよう、その蹴りを受ける。
みしりと、骨が軋むような音があり、両足で踏ん張るが停止は一瞬、耐えきれずファゼットは吹き飛ばされ――瞬間。
周囲の霧が一気に凝固、無数の細かい針となって鷺花に降り注ぐ。
背中からファゼットが木にぶつかる。
鷺花の周囲を巻き込むよう針が飛来する。
――二人の姿が、ぱしゃんと、
「んぎゃっ!」
ついでとばかりに、陽菜が両足を糸を使って拘束、そのまま木に吊るされ――そして。
ファゼットは、木に張り付いていた。
「エミリーさん!」
「大丈夫だ、――げほっ、げほっ」
咳込んで、喉と口の血液を吐き捨てたファゼットは、まずは首の横に突き立てられたナイフを引き抜いてから、脇の下に服と一緒に縫い留められたナイフを引き抜き、背中の木を蹴って着地点を選ぶ。
「クソッタレ……」
吐息を落としてナイフを投げれば、回転するそれを陽菜がキャッチして糸を切り、そのまま落ちて、足元に展開していた術式の罠を踏み、もう一度同じ格好になった。
「あいつ性格悪い!」
陽菜の真横にナイフが出現した。いや、ナイフが木に突き刺さった。
「ごめんうそ!」
前言撤回が早すぎだ。
――それから。
体感では一時間、実際には二十分ほど、一方的な戦闘は続けられた。
「だらしないわねえ」
そんな一言で、攻撃は終わった。
なんという言い草だ。この酷い状況を作っておいてほかにないのか――と、そんな考えが浮かぶような、余裕はなかった。
「まったく話にならないから、どうしようか考える必要もありそうなんだけど、優しい私は三十分ほど休憩時間をあげましょう。まったく、普通の親睦会もできないなんて、どうしようもないわね。脳が天気なの? 仕事をするだけ番犬の方が賢いしマシよ」
まったくと、吐息を落とした鷺花はその場から姿を消した。術式を使ったようだが、痕跡すら拾えないのは、一体どういうことか。
「はあ……おい、休憩をやるから感謝しろってよ、あのクソ女。近くに小川があるから這ってでも来い」
相手の技術、経験、体力、そうしたものを見越して攻撃方法と回数を変えていたため、足を引きずって運べるほどの体力がファゼットにも残っていない。一歩を踏み出せば、そのまま膝から崩れ落ちるような疲労を、気力だけで支えた。
それでも、転ばずに川辺まで移動できたのは、ここで倒れたら終わることを自覚していたからだ。
一メートルほどの幅で、山頂付近から流れている水の量はやや多めの川があり、ここでほっと一息を落とした瞬間が一番危険だと知っていたファゼットは、あえて周囲を見渡してから、手を入れる。傷に染みるくらいには冷たい。
もういいかと、背後からの気配を感じた時点で、ファゼットはおもむろに顔を突っ込むと、口の中の血と一緒に顔を洗う。何度か喉を鳴らすよう水を飲み、顔を上げれば。
追いついた三人もまた、川の水を飲んでいた。
近場にあった大きめの石に腰かけたファゼットは、夕方の空を見上げてから、少し集中するようにして、術式を使って監視を誤魔化した。
「やあ」
「おう」
ファゼットが右手を川の中に入れたのを見て、座り込んだデディが小さく笑った。
「水系の術式を多用してたね」
「俺の中で一番馴染んでるからな」
「僕のナイフと同じものも、あれは水で作ったんだろう?」
「ベースはお前のナイフだ、俺のオリジナルじゃない」
「慰めにはならないね。それに、やっぱり冒険科の下から二番目だなんて、笑い話だよ」
「馬鹿。今みたいなのを学園の戦闘訓練でやってみろ。どうなる?」
「お互いに剣を引き抜いて、向かい合わせの訓練だ。きっと、卑怯者と呼ばれるんだろうね」
「死を前にして、間抜けが同じことを吠えるんだろうぜ」
「……? エミリー、なんか術式を展開してるでしょ。目隠し? あたし解析していい?」
「うるせえボケ、泣かすぞ」
「泣きたいのはこっちだよ! 研究ばっかしてそれ仕事にして楽に生きるあたしの人生設計はまだあるんだけど!?」
「知るか」
「そんな人生を計画してたのか、畑中さんは。どう考えても無理だと思うよ、その顔じゃ」
「顔関係ないわ! うっさいなあ!」
「うるせえのはお前だ……」
大きく、吐息を一つ。ポケットから取り出したケースを開き、中に入っている三本の内の一本を口にして、火を点けた。
「へえ、エミリーって煙草吸うんだ」
「見た目通りだろ? 一日三本の制限付きだ、邪魔すんなよ畑中」
「いやしないけどさ……」
「僕や畑中さんと、エミリーさんと椋田さん、この違いはなんだ?」
「大きく、一つ違うことを教えてやる。これからも鷺城の世話になるなら、覚えておいた方がいい。実際に――だいたい二十分、感想はどうだ藤崎」
「何がどうってよりも、死んでたまるかって感じだったよ」
「あたしは逃げたいって思ってた」
「だろうな。まあ椋田がどうかは知らねえが――」
「今は煙草の邪魔をしてやろうかと思ってる」
「殺すぞ?」
「やっぱやめる」
「覚えておけ。訓練で死ぬのも、実戦で死ぬのも、――同じことだ」
言って、紫煙を吐きだしながら小さく笑った。
「笑うだけで躰が痛ぇな、おい。ちなみに覚えておくだけでいい、頷く必要はねえよ。ただ、そう考えるヤツがいるって話だ」
「どうしてエミリーさんは、そう思ったんだ?」
「どうして? 簡単だ、――現実ってのはそういうものだと、経験したからだ。隣に死があって、いくら遠ざけようとしても、そいつはいつまでも離れない。常にそうなんだよ、ただ気付けない。追い詰められたから、動けないから、ようやく気付ける。死なんてのは、朝起きれば隣にいるんだよ」
だからこそ。
「甘ったれるなと、そう教わってる。俺だって教わってるだけで、偉そうに言えるほどじゃねえ」
「エミリーさんがそれなら、僕はどうなんだ。実力不足は痛感しているけど、言い訳の一つもしたくはなる」
「しろよ」
「口にしたら畑中さんと同じ間抜けになりそうだ」
「わかってんじゃねえか」
「あたしの間抜けを確定させないでくれる!? 躰より心が痛いんだけど!」
「うるせえな。いいか、はっきり言って、専門なんて馬鹿らしいものはねえよ。誰が、何に、どうやって使うのか――研究もモノ作りも、そこが大前提だろ。自分が経験しなきゃ、誰かが経験してる傍で見て、用途や状況を知らなきゃ、何をやったって無責任だろうが」
「違う意味でもっと心が痛くなってきた……」
「うん、実際にその通りだ。包丁を作ろうって時に、どんな使い方をしてるのか知らないと、ただの量産品の間に合わせじゃないか。なんにでも使える包丁は、何にも使えないのと似たようなものか」
「そんなもんだ。しかし、あのクソ女をどうする」
「あー、あれなー、どうにかしろエミリー」
「だから、なんで椋田は偉そうなことを言ってるんだ……?」
「僕には化け物としか思えないけどね」
「奇遇だな藤崎、――俺も同感だ」
「――へ? ちょっと、あんたでもそう感じるわけ?」
「俺はお前らと年齢も変わらないガキだぜ? 鷺城にとっちゃ同じことだろうよ」
吸い終えた煙草は水で消して、吸殻はケースの中へ。だいぶ動けるようになったかと思えば、下流からどこか不機嫌そうなオーラを放った鷺花がやってきた。
「あークソッタレね、あの警備隊。ちょっとあんたたち、舐められてるわよ? ガキを相手に追い込みが酷いんじゃないのか――とか、笑いながら言ってたわよ」
「未熟なクソガキを相手なら、水遊びでもしてろってか? そのクソ野郎はどいつだ、今から殺すから許可くれ」
「いや駄目だよエミリーさん、半殺しくらいじゃないと」
「ろくに監視もできないクソ野郎って返しておいて」
「……え? あたしオチ? 知らんわー」
「はいはい、意見交換が終わったなら、親睦会は終わりよ。最終的には三十六時間くらいの殺し合いはもう表にして欲しいわね」
「――鷺城」
座ったまま言えば、沈黙があって頭を殴られた。
「私のことは好きに呼んでいいわよ」
「なら何故、殴った?」
「イラついてたから。軽くしかやってないでしょ」
「軽くでも、痛みを与える殴り方をしやがって……」
「で、なに」
「どうして俺たちなんだ?」
それは、同じ質問だ。
鷺城鷺花は腕を組み、冷静に全員の体力回復がどの程度なのかを見極めてから、口の端を小さく歪めた。
「その前に、一つ違いを教えてあげるわ。たとえば、最強と呼ばれる人物がいたとする。藤崎、あんたならどう挑む?」
「……専門分野で挑みます」
「畑中も同じ返答?」
「ううん、だってそうじゃなきゃ挑めないですよ。何か一つでも尖らないと」
「当然ね、けれど現実的じゃあない。エミリー、正解を」
「俺が? ――いてえ、殴るな」
「いいから」
「正解かどうかは知らねえが、椋田もきっと同じだろうな。俺の選択は、挑まないだ」
「え? どう挑むかの問題じゃないのか?」
「誘導を入れられてんだよ。現実に可能なら、招き入れて勉強させて貰った方が早道だ」
「これが、それぞれの違いよ。簡単に言えば、エミリーや椋田の方が、より現実的ね。学園では目の前の現実は教えても、現実そのものへの対処まで考えさせないから。だから卒業生は、その現実に直面して、挫折を経験するし、現場は役に立たないと育成から始める」
「鵜呑みにするなよ。これから一ヶ月、嫌ってほど現実を教えるのがこの女だ」
言えば、またファゼットは軽く殴られた。慣れているので気にはならないが、イラっとする。
「いい? 挑もうとする行為は、この場合、自分で決定しているようで、現実には一つしかない選択を受動的に決めているだけなの。言うなれば、自分で選択肢を狭めて、これしかないと思い込んでいる」
「しかし、挑まないのなら、そもそも選択を否定しているのでは?」
「この場合は拒絶ね。そして、拒絶したのなら、無数にあるほかの選択肢が目に入るようになる。だから、挑まないと決める――ここが重要なのよ」
選ぶというのは、難しく、その上で決めるのはもっと困難だ。
「さて、じゃあ理由について話しましょうか。部隊には足手まといを入れろ、そう聞いたことは?」
これについては、ファゼットも知らなかった。何故なら、そもそも単独での仕事を想定して育てられているし、その仕事とはファゼットにとって暗殺だ。複数人での部隊で活動するわけではない。むしろそれは、警備隊だ。
「エリートばかりの部隊は、お互いに視線が向くから運用に向かない。競い合いは成長のスパイスだけれど、メインにはなりにくいのよ。だから一人、足手まといを入れる。そうすると、どうしたってエリートの視線は足手まといに向くし、部隊である以上、フォローしなくちゃならない」
全員の視線が藍子に向いた。
「……、……へ? その足手まといってあたし!?」
「間抜けなのは今まさに証明したけれど、実際には椋田ね。ただ、それは選択基準じゃあない――その必要があっただけ」
「これはわかる。ここで安堵しちゃ駄目なやつだ」
「ちょっとはマシな間抜けになったわね。まず一つ目、学園の成績優秀者は最初から除外してた」
「何故です?」
「わからない? 学園の仕組みの中で優秀なら、課外授業なんて必要ないでしょ。その中でせいぜい、優秀さを発揮すれば良い。二つ目、人数は最高で五人までと決めていたから、バランスを考察して各学科で一名ずつと決めた。ここにもう一つ、条件を追加したら、ここにいる四人になる。実際にはもっとあるけれど、残り一つは思いついたものを追加なさい」
そうして、鷺花は小さく笑った。
「じゃあ、指針として課題を出しておきましょう。んー、まあねえ、最初だからねえ……」
腕組みを外して、右手を上に向ければ、十二枚の小型術陣が展開した。
「あ、鷺城さんって、術陣使うんだ」
「ん? ああ、もうこれが馴染んでるから。常に使うし、状況に応じて隠してもいる」
「術陣なんて本来は必要ないのに、それでも消すんじゃなく、隠すんですねえ」
「まあね」
術陣が凝縮して式が完成したのならば、掌には四枚の鉄板が作られていた。
「はい、受け取りなさい。四枚とも同一で、そうねえ、優しさを含めて一ヶ月の間に、どんな方法でも構わないから、その板を壊しなさい。ただし、あまり外部の人間には見せないように。技術の流出に絡むと面倒だから。――質問は?」
「あのう」
「なあに
「変なルビは無視するけど、もしできなかったらどうなるんで……?」
「まだ一ヶ月も経過していないのに、達成できないことへの配慮を考えるようなら、間抜けそのものだし、最初から期待もしないけど、どうなの?」
「むっ……」
「泣きながら今すぐ、できませんって頭を下げて諦めるなら、すぐにどうするか教えてあげてもいいけれどね?」
「教えて貰わなくても大丈夫ですー、あたし泣いてませんしー」
「さあ、ほかに質問がないなら、とっとと下山して屋敷に戻りなさい。役に立つクソ侍女が夕食を作って待ってるから。明日からは自分たちでちゃんと作って、共同生活をすること。朝食だけはしばらく作るよう言っておいたけれど――これも私の優しさよ。感謝なさい」
お互いに視線を合わせ、言葉を作らない。
間違いなくこの女は優しくないし、だったら感謝なんて必要ないからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます