第2話 商売人の在り方と盗まれた裁縫箱

 ことの発端を遡れば、おおよそ三年前。ミルルクが中等部三学年だった頃であり、その時はまだ、ディカのサギシカ商店はなかった。

 なかったけれど、店舗自体はあって――。

「取り返して欲しいものがありますの」

 そう、依頼を持ち込んだ。

 ほとんどなにもない一階の広間には、ガラステーブルと二人用の椅子が一対となって置いてあるだけで、ミルルクが訪れた時はメジャーを使ってサイズを計測しつつ、何を置くかなどを考えているところだった。

 香りでわかるのは、まだ新築であること。しかし、ノザメエリア全域のことを把握しているわけでもないミルルクは、学園付属の宿舎に住んでいたため、工事をしていたことも知らない。

 木目調の椅子に寝転んでいるのが、リコだ。

「――見ての通り、営業していないよ」

「聞いていますわ」

「だろうね。じゃあまずは、お互いの信頼を作るためにも、質問をしてみよう。誰に聞いてうちに?」

「学園長ですわ」

「――リコ」

「んー、あのクソ教員には今度言っとくー」

「学園にはちゃんと通え、とは言わないよ」

「知ってる」

「ちゃんと通っていれば彼女の顔を知っていただろうね。けれど、あなたはリコの顔を見たことがあるんじゃないか?」

「ええ、ありますわ。授業中によく眠っていると評判の、リコさんですわよね。どういう関係ですの?」

「兄妹みたいなものだよ。俺たちの両親が四人パーティを組んでいてね、子供の頃は一緒によく連れまわされていたんだ。一応、ここに住んでいるのは俺だけ」

「失礼、私生活にまで踏み込むつもりはありませんでしたわ」

「わかっているよ。見ての通り何もないけれど、空いている席へどうぞ。生活用品は最低限揃えたけれど、店舗の調度品ともなると、注文してすぐ、というわけにはいかない。更に言うのなら、営業許可証が得られるのは二年先かな。十八からのはずだからね」

「それ、私の年齢を探る一手ですの?」

「それほど年齢は変わらないんだよと、伝えるためでもあるね」

「口が達者ですわねえ……」

「そう? 下手に否定したり誤魔化すよりは、良いと思うけど――ん? よく見たらなんか可愛いな、この人」

「んなっ」

「ああごめん、ストレート過ぎたかな。俺はディカだ、よろしく」

「……ミルルクですわ」

「謝ったのに警戒は続行、と」

「ディカって、背が低い子、好きだっけ?」

「いや、そういう見方はしたことないな。見てみようか」

「やめてくださる……?」

「丸い顔は好きだけどね。座ったら?」

「……失礼しますわ」

 中等部も高等部と同じワンピース姿。ただし色合いが薄い茶色であり、高等部は白となっている。首にある細いリボンの色が、学年を示す。

「さて、話を聞こうか。俺が引き受けるかどうか――というよりも、受けられるかどうかもわからないから、話せる範囲で構わないよ」

「わかりましたわ。まず発端ですけれど、私の〝裁縫箱〟が盗まれましたの」

「――ああ、そう」

 目を細めたかと思えば、ディカは一度目を閉じてから、吐息を落としてテーブルから離れると、作業を開始した。

「え? なんですの?」

「あえて厳しい物言いをするけど、自分の過失に関してはどの程度、考えている?」

「え、あ、ああ、そうですわね。盗まれたのは私の落ち度、いくら個人寮とはいえ、警戒を怠ったのはほかならぬ私ですわ。寮長、学生会長、学園長にそれぞれ意見書を出し、改善要求を。けれど、どうしても取り戻したいんですの」

「ふうん」

 一言、返されるそれに退屈を感じなくもない。

「ええと」

「過失は過失だ、あなたはあなたの責任を負って、いつかは盗みができないような状況でかつ、疑心暗鬼を生まない場所を作って欲しいものだよ。その裁縫箱を盗んだ学生は女だろうけれど、今は?」

「い、今? どういうことですの?」

「だから、今はどうしてるのかって話だ」

「まだ十五時を過ぎた頃ですから、もちろん、学園にいますけれど……?」

 だろうねと、肯定が一つ。

 そう、肯定なのだ。

「リコ? どうする?」

「んー、手伝うけど?」

「ああそう」

「あの! ちょっと待って下さいません?」

「なにを? 状況は見えてるじゃないか。あなたは裁縫箱を盗まれた。盗んだ間抜けが商人に売った。学生を商売に使ったクソ商人が、裁縫箱をオークションに出す――そういうことだろう?」

「そ……そう、らしい、です、けれど」

「だから俺のところへ、あのクソ教員が送ったわけだ。いや、提案かな? 俺なら解決できるだろうって条件を提示して、選択するのはあなただと」

「その通りですわ……」

「いや、違うよ。というか、そもそもクソ教員が間違ってる。選択じゃあない、決めるのがあなただ、ミルルク。そして決めなくてはならない」

「なにを、ですの?」

「責任だ。あなたがそれを負ったように、まずは盗みを実行した学生に責任を負わせる。盗んだ商人にも。ついでに、ミルルクをここへ寄越したクソ教員にも、判断の責任を取ってもらわなくては」

 そうは言っても、よくわからないだろうと、寸法を書き終えたディカが、笑いながら振り返った。

「お互いの信頼関係を得た上で、生活しているのにも関わらず、それを閉じ込めようとする盗みの防止は、非常に困難だ。その女性には申し訳ないけれど、五体満足で帰郷するか、欠損を得て帰郷せざるを得ないのか、あるいはそれすらままならないか――知らぬままリコとの対話で決まることだろうね」

「なっ――やりすぎではありませんの!?」

「どうして?」

 まるで冷や水のよう、あっさりと疑問を返された。

「ど、どうしてって……」

「現実にあなたは、俺に妙な依頼を持ち込むくらいには困っているのに? やった本人は、反省したから終わり?」

「それは……けれど、学園長がそれを、許しますの?」

「許すよ? だって、俺に対して報酬のない仕事を投げたんだ。それは、自分にはできないと証明しているようなものじゃないか。だったらクソ教員に、俺の動きを止める権利はない。そしてこっちは念押しするわけだ――次は、もっと酷いことになるぞってね」

「わ、私が報酬を支払えば」

「こっちとしても、考えざるを得ないけれど、だったら、も、考え直さないといけなくなる。報酬があるなら、交渉を始めなくてはならないからね」

「あ、う……」

「意地悪で言っているわけじゃないよ? 犠牲を出さないのは理想だけれど、見せしめを一人くらい出しておいた方が、あとは楽だ。現実を見るのも当たり前。選ぶのも現実を変えるため――けれど、本当に変わるのはもっと先、未来だ。盗んだ相手を貶めることなく、そう扱うことは、称賛に値するけれど」

 だから。

「行動の責任は、もちろん俺が負うし、リコもそうだ。出た結果は俺のものになる。けれど、やるかどうか、現時点で決めるのはあなただ、ミルルク」

 そう言われたミルルクは、何かを言おうとして、止めて。

 目を閉じてから、大きく深呼吸を一つした。

「――もう少し、話を聞かせていただいても?」

「構わないよ」

「私からは厳しい対応に見えますわ」

「何故だと思う?」

「何故って……」

「隣人の家に押し入って、金目の物を盗んだ挙句、捕まった犯人は、ごめんなさいもうしません――盗んだ物品は売りました。さて、判決は?」

「それは――……でも、学生ですわよ」

「俺は学生じゃないよ? そして、学園でのことを外部に頼んだのは、クソ教員だ」

「……その呼称、どうにかなりませんの?」

「いや昔からそう言ってるから。ええと、何だっけ、名前? リコ覚えてる?」

「知らない。クソ教員って呼んでる」

「リンさんですわ……あと、今は学園長ですのよ」

「へえ、そう。あまり興味はないね。付け加えるのなら、その盗んだ犯人には、誰に売ったのかを話してもらう。そこが最低ラインだ。リコは俺よりも上手いけど――いや、まあ、そこはいいか」

「私の裁縫箱は、取り返せますの?」

「持ち込みは十八時からだ。中身をバラされるのもその時だろうから、その時に取り返すよ。鍵はかけてあるんだろう?」

「一応、物理と術式の両方で。けれど中身は問題ないですわ。箱自体が無事であれば」

「なるほどね。――リコ」

「うん、先に終わらせてくる」

「頼むよ」

「え、ちょ」

「さっきは決めろと言ったけれど、あなたが取り消しても、今度は俺が決める。言ったろう? 俺は部外者だ。止めたいのならどうぞ」

 どうぞ、なんて言われて。

 じゃあわかりましたと、止められるはずもなく。

「もう事態は、動いてますのね?」

「その通り。気になるなら、リコの動きを見てきてもいいけれど、本番は裁縫箱を取り返してからだ。見学はご自由に――安全だけは、保障するよ。いくつか考えてはいるけれど、俺の手に余ることはないだろうし」

 のそりと起き上がったリコは、大きく伸びを一つして、学生服のまま、ふらりと外に出て行く。渋面で迷っていたミルルクはしかし、ここに留まることを選んだ。

「話が早くて、ちょっと、追いつけませんわ」

「じゃあお茶を淹れてくるから、少し待っているといい」

 手にした図面を見ながら、ディカは一度二階へ。十五分ほど、一人の時間になったので、だいぶ落ち着くことができた。

 できたのだが。

「お待たせ」

「ありがとうございます。それで、一つ疑問が浮かんだのですけれど」

「なに?」

「裁縫箱に、疑問はありませんでしたの? 学園長に訊ねた時は、どういうものか詳しく説明を求められましたけれど」

「そんなだからクソ教員なんだよ。暗喩にしたつもりだけれど、俺もリコも、あなたがここに来た瞬間、仕込まれている剛糸ごうしに気付いていたし、そこから裁縫箱なんて言われれば、得物をしまっているんだろうと推測は立つ。糸使いと聞いて、一本の糸を想像するのは、実際に立ち会ったことのない者だけだ。針がそうであるように、糸だって太さが違い、用途も違う。付け加えるなら、錬度はそこそこだけど、実戦ではまだ通用する段階ではない――かな」

「な、なんでそこまでわかりますの!?」

「なんでって、処世術だよ。相手の立ち振る舞いから実力を見抜く。隠しているもの、隠さないもの、隠しきれないもの、この三つを勘違いすると下手を打つ」

「あなた、そんなに強いんですの?」

「さあ? 上を見ればきりがないし、俺なんかまだまだって笑う人たちを知ってる。下を見て胸を張るような生き方はしてないし、目指すべきは古物商だ。……ん? 商品の目利きと同じだって、そう誤魔化した方が面倒がなかったのか? まあいいか、そこはそれだ」

 お茶を片手に、ディカも対面に腰を下ろした。

「じゃ、俺の利点を説明しておくよ。報酬の話をさっきしたけど、この話を受けた俺にも、まあそれなりに得るものがある。まず一つ目はさっき言ったよう、クソ教員に結果を見せることだ」

「取り返せたことを、ですの?」

「まさか。学生を一人処分して、これから起こりうる結果を突きつけて、たかが探し物一つを取り返すのに、どれだけの筋を通すのか、俺のやり方を見せつけられる。そのことできっと、あのクソ教員はこう思うだろう――次はもう、頼みたくないと」

「教訓ですわね」

「二つ、学生を利用して商売をするクソみたいな大人を処分できる。そして、処分の仕方次第では、同じことをほかの商人ができなくなる――まあ、俺はそういう顔役とかは面倒だからしないけど、上手くやれば、落としどころに落ちてくれるだろう。これが、見せしめというやつだ。有効的に使いたいね。そして三つ、俺の名が売れる。……って、まあ、実は冒険者あたりに聞けば、俺やリコのことは知っていると、そう言うだろうけどね」

「あら、そうですの?」

「たぶんね。と、これくらいが俺の構想かな。予定外は考慮してるけど、外れたってどうにかなるだろう。報酬を貰うと、依頼主の意向を聞かなくちゃいけないからね。しかも、次が発生しやすい。そうなったらもう商売だ、俺はなんでも屋じゃない」

「わかってますわ……」

「うん、一応は同級生だからね」

「……ええ、ええまあ、そうですのよね。今、再認識しましたわー」

 つまり忘れていた。だって対応がどう考えても同い年のそれではない。

「ミルルクも、大人びてるとは思うけれどね」

「そう言われることもありますわ」

 背は低いけれど。

 そう思って見ていたら、半眼で睨まれた。咳ばらいを一つ。

「時間になったら、裏オークションの準備中に、こっそり入って裁縫箱を盗んでくるよ。それで基本的には終わり」

「……」

「なに?」

「盗むんですの?」

「そうだよ。――ああ、そうか。説明ばかりになってるけれど、これも教えておこう。いわゆる古物商が仕入をする際に、オークションを利用することがある。手段の一つだ。普通のオークションは一般人でも入れるし、裏オークションもやっていることは、ミルルクが想像してるものと同じだよ」

「では、何が違いますの?」

「商品のバックボーンだ。本来、オークションに出される品物には、誰が出したのか、どういう経路でオークションに出されたのか、そうしたものが示される。それの偽造なんかも業者によってはやるんだけど……まあ、表向きはなしだ。商品の売買と同じで、それらはきちんと、公式の記録に残る。けれど、裏の場合は、逆に、経路が不明だ」

 というか。

「不明じゃないと困るものが出る。たとえば賄賂」

「賄賂?」

「金銭の授与は、禁じられている。けれど、権力者とコネクションを持ちたい資産家なんかは、袖の下なんて呼ばれる賄賂で、それを挨拶とするわけだ。今はエリアの区画も次第に広げているから、余計に利権が絡む。そこで使うのが、物品だ。売値そのものを資産価値として、金銭の代わりにするわけ。この流れはわかる?」

「それは、まあ、わかりますわ。たとえばそれは、装飾品なんかを送るのと同じですわよね?」

「その通り。けれど、正式に受け取ったのなら、それは公式になる。公式になれば賄賂同然で、問題だ。お菓子とか暗喩を使う場合もあるけれど、発覚だけは避ける。そこでだ、その物品が盗まれたら?」

「それは……取り返しますわ」

「うん。しかし、裏オークションで商品登録がされ、壇上に出てしまった。それを見つけて、これは俺のものだ! ――この場合は?」

「……あ」

「そう。そもそも非公式に、こっそりと行われた授与であったのならば、証明はされない。けれど、俺のものだという証明ができてしまった時点で、それは賄賂の授与と同義だ。法律で裁かれるし、利権どころの騒ぎじゃあない。つまり、取り戻したいのならオークションで金を支払うしかないわけだ。金銭の授与がそこで行われた場合、商売と同じで、所持者が確定する。今度は盗めない」

「その……商品をオークションに出した人物を追うことは?」

「不可能ではない、とだけ答えておくよ。ただし、簡単じゃない。裏オークションに品物を持ち込むのは匿名で、ある業者を使うから出品者の情報は洩れないし、売り上げの20%を業者とオークション会場に取られるけど、売り上げを手に入れるのは本人受け取りじゃない。俺みたいな同業者であっても、時間がかかる。逆に同業者は、オークション関連から敵と見られるのを嫌うしね」

「……あの、それ、つまりディカさんも、盗みをするんですのね?」

「見つかったら、法律で裁かれるけどね?」

「むう……」

「俺の場合は、できるけど、あまりやらない方針だよ。盗みを商売にすると、バランスが崩れるし、盗み自体は基本的に犯罪だ。何がどうであれ、ね」

「今回の場合はどうですの?」

「オークションの準備段階で物品を盗むから、オークション側の不備だね。つまり、彼ら――裏を取り仕切ってるのは花蘇芳はなすおうだから、彼らを敵に回すことになる」

「花蘇芳って……!」

「行政の闇、暗殺ギルドだね。エレット・コレニアは理事会の席も持っているし有名だけど、ほかの人間は知らないのが一般的だ。けれど組織である以上、運用に金がかかる。資金調達の一つが、裏のオークションだ。ノザメエリアの商人が手を出すわけがない。信頼性の裏打ちもある」

「ちょ、ちょっと待ってくださる?」

「大丈夫。敵に回しても上手くやるから――予定では」

「……汗が出てきましたわー」

「うん? ああうん、事態の進行に追いついてきた証拠だね」

「なんでそんな余裕ですの?」

「まだ何も起きていないから」

 これから起こるけれど、そこはそれだ。

「ま、俺もノザメエリアの発展を考えたいってのは、嘘じゃない。子供のためには、クソみたいな大人が邪魔なんだ。心を改めて貰わないとね」

「過激な発言ですわね」

「状況に即応するのはいつだって若い連中だよ。冒険者はよくわかってるけれど、尻の重い理事会あたりは、どうしたものかと思うよ。俺の考えることじゃないとも思うけどね」

「あなた、自分の年齢をわかってますの?」

「これでも立場が複雑なんだよ……」

「一つ、いいですの?」

「付き合ってる女性はいないよ」

「そんなことは聞いてませんわ」

「だろうね。で?」

「学園には通わないんですの? それとも、通えないんですの?」

「今のところ、通う気がないってのが、正しいところだろうね。ちなみにリコは、通わなくてはならない――と、いろいろ思惑があるんだよ。面倒な取引とかね。ただ勘違いしないで欲しいのは、俺もリコも、今の状況を受け入れているよ」

「……そうですの」

「ん。じゃあ、しばらくここで待っていてくれ」

「え、ここで?」

「一時間はかからないと思うから、のんびりしてていいよ。二階は俺の生活区だから」

「もちろん立ち入りませんけれど……」

「さすがに、盗みをするのに二人じゃ危険だからね。俺が捕まったら、大笑いするんだよ?」

「はあ……成功を期待しておきますわ」

 着替えもせず、こんなのは仕事にもならない、なんて雰囲気でディカが出て行って三十分ほど。軽く目を瞑って、ミルルクはいろいろと会話を思い返していたのだが、最初に戻ったのはリコであった。

「んー」

「あ、ええと、……おかえりなさい?」

「ん」

 短い返答に大きな欠伸。すぐ、対面の椅子にごろりと寝転がってしまった。

「――小物」

「え? な、なんですの?」

「あんなのを相手にするだけ時間の無駄。私は悪くないって、何度言ったか聞く?」

「いえ――」

 確かに、そういう物言いをする相手だったけれど。

「言い訳は保身。だったら」

 また、欠伸が一つ。

「――こっちも相手の都合なんか知らない」

 乱暴な物言いだと、そう思う。思うが、どう反論すべきか浮かばず、ミルルクは口を閉じた。

 それでも、相手だって人間なんだ――そう言おうともしたけれど。

 ああ。

 なんてそれは、上から目線の言葉なのだろう。

 悪い意味かもしれないが、リコの方がよほど対等な物言いだ。

 どうなったのかと問おうと思ったが、ディカが戻ってからの方が良いだろうと沈黙を選んだ。気にはなるが、もう結果は出ている。

「あの」

「なあに?」

「どうして、学園に通ってますの? ディカさんの物言いでは、通わなくてはならない、みたいなことを言ってましたけれど」

「ああうん、そう」

 ごろんと横を向くようにして、視線を合わせてきた。その様子からは、眠たそうな気配がない。

「私はまだ決めてないから」

「……? どういうことですの?」

「私は戦闘ができる。工匠の知識があって、開発もできる。政治は苦手だけど、そこそこ。学園の教員で、私に戦闘で勝てる人はいないし、工匠の実践はともかく知識はそう変わらないし、開発の甘さも指摘できる。――だけど」

 頬杖をついたリコは、視線を反らした。

「それしか、ない」

「ええと……私に言わせると、それはもう、とんでもないですわよ?」

「そんなことはない。確かに私は冒険者になれる。工匠のアドバイザーもできる。開発品を作って売ることも、研究することも。でもそれは、。やりたいわけじゃない」

「で、ですけれど、誰だとてやりたくてやっている者ばかりでは、ありませんわよ?」

「うん。だから、も、ない」

 たとえば。

 今すぐ世間に出たとしても、リコは生きていける。金を稼ぐ手段はいくらでもあって、できることを適当にやれば、それほど問題にならない。

 だが、そこに芯がない。

「だからとりあえず学園に通ってる……?」

「なんで疑問形ですの?」

「めんどくて、あんまり行ってないから」

 そういえばそうだった。

「遭遇率が極端に低い魔物並でしたわね」

「なんだとー……あーそうかもー」

 どうでもいいや、とばかりに仰向けになって両手を伸ばしたので、ため息を一つ。

 そうして、ディカが帰ってきた。

「ただいま。はいこれ」

「あ――え?」

「えって、なんだ? ミルルクが取り返したかった裁縫箱は、それで間違いないだろう?」

 金属の箱を、木で覆ったやや大きい箱であり、ミルルクは両手で抱かないといけないサイズのものだ。ずしりとくる重量感が、中身も無事であることを教えてくれる。

「ま……間違いありませんわ」

「うん。つまりこの時点で、仕事は終わり。あとは簡単な事後処理だけってことになる」

「……簡単ですの?」

「簡単だよ。とはいえ、今すぐじゃあ駄目だ。オークションが始まった頃か。さてリコ?」

「うん、指一本でべらべらしゃべった」

「指一本ですの!?」

「そうだけど。私は悪くないが最初で、ごめんなさいが途中で、泣き出して、どうすれば許されるかが最後。自分の頭で考えて、過去に戻ってやり直せって」

「スマートに進めるなあ……じゃ、追い出さなかったんだ」

「それを決めるのはあいつと、ミルルクだから」

「そりゃそうか。ミルルク、彼女はきっとあなたの顔を見るたびに泣き出すだろうけれど、我慢するんだよ。それができないなら、帰郷をお勧めするといい。個人的には、と、学業を優先することを祈っているよ」

他人事ひとごとですわね!」

「実際にそうだから。時間をかけてもいいなら、まずは自分の非を認めさせるところから、だろうね。リコ、続き」

「クルック」

「――あのクソ商人か。裏取りの手間が省けたと思えばいいんだろうけど。名乗りはなかったんだろう?」

「接触が偶発的――を、装ってたから、ちょい調べた」

「ありがとう。じゃあ、酒場にいそうだな……」

「あのう」

「ん? ああ、店舗を持たない同業者で、オークションを中心に稼いでる商人の一人だよ。それ自体はありふれているんだけど、倉庫も持っていないし、良い噂を聞かない人物だ。花蘇芳――というか、警備部の監視付きなんだよ。それほど厳密な監視ではないけれどね」

「まだ同業者じゃない」

「そういえばそうか。じゃあミルルク、軽い夕食を作るから食べて行くといい」

「え、よろしいんですの?」

「箱の中身を見せる条件でね」

「あ、それは見たい。見る。すぐ。早く」

「というわけだ。俺はあとでいいから。テーブルは料理のためにあけておいて、床に広げて」

「はーやーく」

「ああもう、わかりましたわ。落ち着きなさい」

「んー」

 小さく笑ってディカは二階へ。どのみち確認するつもりだったので、椅子から少し離れた位置に箱を置くと、術式と財布についている鍵を二つ、二ヶ所の施錠を外して蓋を開いた。

「……ふう」

 安堵が出た。

 いくつかのリールに巻かれたものと、束にした糸が積み込むようにして、箱の中を埋めている。

「おー」

「あっ、こら! 手を入れない!」

「えー?」

「えー言わないの! まったく……」

「一番多いのは何号?」

「五号ですわ」

「なんだ、太いのよく使うんだ。一番細いのは?」

「一応、一号がありますけれど……」

「貸して貸して。糸遊びは久しぶり。子供の頃以来。はーやーく」

「今でも充分に子供みたいですわよ」

 そもそも、一号と呼ばれる剛糸ごうしは、コンマ2ミリほどの細さだ。それでいて強度も兼ね備えているので、扱いが非常に難しいのだ。細ければ細いだけ、力の伝達が強く出てしまい、細かい制御が利かなくなる。今のミルルクには、とてもじゃないが扱えない代物だ。

「そのくせ、細ければ細いほど高いんですのよねー……」

「そりゃバランス作るの難しいから。二号以下は、基本的に魔術品含みでの精製が前提になってて、鉱石も含まれてる。一般的にはリーリット鉱石、高い糸だとそこに天竜のヒゲとか」

「……詳しいですわね」

「私が知ってる最高品だと、仏の骨粉、子マニラの体液、ダエグ翠石で基礎作りしといて、つづみヨードとサイバリ混合体で仕上げてた。比率は内緒。だって零号だし」

「最細の零号ですのね……」

 魔術素材をここまで羅列されても、今のミルルクにはわからない。

「装備してる五号の長さは?」

「十メートルですわ」

「こっちは二十あるね。ちょっと遊ぼうかー、そっちの糸の先端ちょうだい」

「なんですの……?」

「はいあんがと。じゃあ六メートルくらい離れてー」

「説明を聞いてませんわよ?」

 それでも律儀に六メートル離れて。

「指、外さないように」

「ええ。それで何を――」

 一瞬。

 つんのめるようにして、ミルルクは床に転がった。

「……え? ……? え?」

「んー、んっんー」

 立とうと思って足を床につくと、そのまま力が入らずに空回りするよう、足が滑った。その様子を知ってか否か、リコは鼻歌交じりに一号の剛糸を確かめている。

「なんですのーこれー」

「足じゃなく、指ね」

「引っ張られているのは、なんとなくわかるんですけれど」

 試しにそのまま、指先の糸を引っ張ったら、――何故か。

「う、わ――!」

「足からねー」

 三メートルほど上空に躰がそのまま跳ねた。天井にぶつかる以前に、見えているのは床との距離。なんかすげー高い、なんて慌てて制動しようとすれば、糸を持った腕が天井へ触れるように動き、自然と足が下へ――そのまま、着地。膝で衝撃を和らげる。

「え!?」

「んー、やっぱ糸はなー、ディカだなー」

「え、ちょっ、え、何ですのこれ!」

「糸遊び。はいもういいよー」

 理屈そのものは、理解できる。お互いに同じ糸を持っているのだから、姿勢を崩すことも可能だろう。特に、糸を引っ張る動作は、最低限、肩から指先までを扱うから。

 しかし――空を飛ぶほどではない。

「四号一本貰うよー」

「え、ええどうぞ」

「ごめんね。戦闘用は持ってるけど、遊び用はなくて」

「――え? 持ってますの?」

「私もディカも通常装備だよ?」

 言われ、改めて床に座ったリコを注視するが、どこに装備してるかわからない。糸は基本的にリールが必要であるし、仕込む場所は体中どこでも良いが――それにしても。

 本当なのかどうか、疑うくらいには、わからなかった。

 しばらくして、ディカが上から降りてきた。両手に持ったお盆には、サンドイッチとお茶が並んでいる。

「お待たせ」

「おーディカー」

「おっと」

 両手で持っていたお盆を左手に移し、右手の指で投げられた剛糸の先端を巻く。

「お盆を奪おうとしない」

 瞬間、勢いよく大小の波打ちが発生したのを、ミルルクは見た。

 すたすたと歩いてテーブルにお盆を置く間に、その波は収まらず、ただ、結果として。

「ぬおー……!」

 座っていたミルルクが、ごろごろと横に三回転していた。

「はい、じゃあ先に食べようか。ピザ風サンド、タマゴサンド、ハムサラダにチーズ入りの四種類が四つずつ。適当にどうぞ」

「あ、どうも、ありがとうございますわ」

 いろいろと思うことはあったが、ミルルクは椅子に座って、食事にする。対面にディカが座り、何故かリコは隣だ。

「んふー、美味い」

「あら、本当ですわ」

「どうも」

「――しかし、どうしてお二人とも、そんなに剛糸ごうしの扱いが上手いんですの?」

「昔、暇があれば遊んでたんだよ。リコの母親が使っててね、片手間で遊べるから暇潰しに丁度良い。懐かしいなあ、リコと俺が、あの人の糸をそれぞれ持って、よく転ばされたよ。たまに俺とリコでやると、まあリコがすぐむきになって、負けるとまたやりたがるし、俺が負けても気に入らないって勝負が続くし……」

「うっさいわー」

「一人遊びもあるよ。ええと」

「あ、これ貰ったやつ」

「ん、四号か」

 どうだろう、なんて言いながら軽く十メートルの剛糸を振って感触を確かめ、左手でサンドイッチを口の中に押し込むと、咀嚼そしゃくして飲み込む。

「――ん。編み細工なんて俺は聞いてるけど」

 お茶を片手で飲みながら、右の指が動く。あくまでも指だけだ、手首はほとんど動いていない。

 だが、その結果として。

「はい」

「んなっ……なんですのーこれー」

 指に絡めた部分から、空中で剛糸が絡みだしたかと思えば、三十秒と経たずに平面の狐が完成した。このままワッペンになるのではと思えるほどの密度で、完成度だ。

「最初は簡単なものからね。難点は、解いて使っても五回以上は、剛糸に癖がついて使い物にならなくなること。これはあげるよ」

「とんでもない糸の制御ですわ……」

「訓練すれば、そのうちできるよ。実戦だと、どうしてもこのくらいは必要になるし。素早い魔物や、勘の良い人間には見切られる」

 この二人が今までどういう生活をしてきたのか、ものすごく気になったが、私生活に立ち入る疑問にもなりそうで、やめておいた。またいつか、聞けることもあるだろう。

 今日は。

「じゃあ行くけど、ミルルクも来るの?」

「……大丈夫なら、是非」

「あ、私護衛」

「リコ」

「だいじょぶ邪魔しないから」

「本当に?」

「……たぶん?」

「まあいいけど。一応、俺は理性で抑えるつもりでいるから、そっちが暴走しないでよ?」

「わかってる。私の仕事じゃないし」

「本当かなあ……」

 などと不穏な会話もあったが、食事を終えてから三人で酒場に出かけることになった。

「私、あまり詳しくないのですけれど」

「ああ、今から行くのは冒険者がよく集まる酒場だよ。うるさいところ。逆に言うと、外の情報が集まりやすい。ほかにも、理事会なんかが使う場所や、静かに飲む場所とか、いろいろある。ただ今回は――荒事だから、好都合だ」

「荒事は決まってますのねー……」

「まあねえ、そこはねえ」

「めんどいよねー」

 そうやって曖昧にされた方が怖い。

 ただミルルクとしても、気になるところだ。ほぼ同い年の彼らが、何をどうするのか。

 しかし――その結果を見れば、どうだろうか。

 まず、彼らが酒場に入った途端、八名ばかりいた冒険者たちの男女が、とても面白そうに笑いながら、ビールを注文しつつ立ち上がったのに驚いた。

 それぞれ受け取りながら、壁際に寄る。その間にリコがミルルクをカウンターに座らせ、飲み物の注文をする――そして。

「やあクルック」

「ん?」

 そのテーブルに残っていたのは、三人の男。体格からしてディカよりも大きく見える相手に、あろうことか、ディカは。

 

「クルック――学生相手の商売とは、楽しそうじゃないか」

 ほとんど予備動作がない。

 投擲の仕草もなければ、指が跳ねるようなわかりやすい動きもなく、ただ、五号と呼ばれる太い針が、木製テーブルに打ち付ける音だけが、響いた。

「現行犯じゃないが、証拠は揃ってるよクルック――言葉には気をつけろ。一言、それが保身や言い訳ならば、俺は容赦しない。もっとも」

 そこで、音が止んだ。

 わかる。

 肌に当てず、衣類を貫いた無数の針が、テーブルにいる三人の動きを完全に封じたのだ。いや完全とは言い過ぎか。

「ここは外じゃあない。生きたまま張り付けにして、首からプラカードをぶら下げたままにしても、死ぬことはないからね。――死ぬように調整しなくちゃ見せしめにならない」

「――正気か?」

「おっと、そういう質問はいいね。とても良い。一体何がどうなのか、説明して欲しいな」

花蘇芳はなすおうの名を知らないわけじゃねえだろう」

「確かに、そうだ。俺はまだ商人じゃないと、そっちは知っているだろうし、俺がそうなろうとしていることも、知っているだろう。――店主! 早くエレット・コレニアを呼び出せ」

「もう言っといたよー」

「ああそれは助かる、ありがとうリコ。俺が責任を問いたいのは、このクソ商人たちじゃなく、コレニアだ。つまりお前たちは、そのための餌さ。嬉しいだろう? ははは、――弱者を食い物にするのは、どこだってある。あるが、同じ土俵にすら立っていない学生は駄目だろう」

 乱暴だなあと、ミルルクは思っていたのだが、隣に座った女性が笑いながら言った。

「あたしら冒険者は、そもそも、弱者を食い物にしたら殺してるけどねえ」

「――そうなんですの?」

「新入りってのは、がある。それを生かすも殺すも、あたしら先輩の責任だ。そしてできれば、生かしたいと思うのが当然なのよ。だから、若いのを冒険に連れて行く時は、気を遣う。手に余るなら、最初から連れて行かない」

「徹底しているのですわね」

「あたしらの代で終わるようじゃ、先がないの。仕事ってそういうものよ?」

「なるほど。……あの、というかディカが来ること、ご存知でしたの?」

「今日来ることは知らなかったわ。――さあ、メインディッシュがやってきた」

 入口、そちらを振り向けば、そこにいる。

 ミルルクよりも少し背は高いが、それでも充分に小柄な姿をしている、エレット・コレニアだ。侍女服を改造したような衣服であり、ヘッドドレスのない姿は、理事会の写真などでよく見かける。

「――そこまでにしておけ、ディカ」

「やあ、ようやく来たか、花蘇芳の責任者。そこまでっていうのは――このクソ商人たちのことか?」

 また、針が突き刺さる音がする。しかし今回は、三人の右手をテーブルに縫い留めた。

「ここからハッピーな拷問が始まるんだ。どれだけ学生を食い物にしてきたか、その証明を一人ずつ、口から吐いてもらわないとね。どうしてそれを、あんたが止める?」

「――ディカ」

 短く言い、エレットは大きく吐息を落とす。

「それはお主の役目ではなかろう」

 今度は、ディカが吐息を落とした。そして、クルックの髪を掴むようにして、しかし、視線をエレットに向けた。

、花蘇芳」

 その詰問口調に、僅かな殺意が乗れば、酒場の内部は静まり返る。

「――」

「返答には」

 何かを言おうとしたタイミングを奪う。

「気をつけろよ? 見ての通り、俺はそれなりに頭に来てる」

「……」

「ここ一年、ようやくほかの街との交流が作られた。今ではそれなりに安全な流通が作られつつある。先遣として、学生たちもノザメに来ているのが現実だ。これがどれほど大事な時期なのか、わからないほど間抜けじゃないだろう」

 そうだとも、言わない。

 ただ、睨むようにして対峙を選ぶ。

「だからこそ、学生の品物を売りに出そうとするクソ野郎や――学生に身体強化の薬を売るクソ商人が、出る。知らなかったとも、予想できなかったとも、言わないだろうな」

 殺意に、怒気が混ざれば、まともに対峙していれば呼吸すらできなくなることが予想できる。ただミルルクにとって幸運だったのは、隣にリコがいたことだ。それだけで、威圧は届かない。

 隣を見ると、リコが呑気に欠伸までしていて、さすがにどうかと思うが。

「その上で」

 ようやく、エレットが応じる。

「儂らを敵に回しても構わんのだな?」

「――おい」

 クルックから手を離したディカが一歩前に出れば、彼らのテーブルが崩れるようにして壊れた。

「おい、この状況で、まだ、そんなクソ間抜けなことを――あ」

 怒り。

 表情が一気に消えたかと思ったディカだが、二歩目を踏み出す前に、いつもの表情に戻って振り返る。テーブルにいた三人の商人は、もう。

「気絶したな、これは。もうちょい追い込みたかったけど、仕方ないか」

 言って、ディカは頭を掻く。

「まあいいや。で、ばあさん。俺の要求はわかったね?」

「……ばあさん言うな、ディカ。学生の保護を優先して、商人のライセンスにも手を加えるよう、すぐ動く」

「ん、もうちょい早くして欲しかったけど、まあ、それには理由が必要だってことも、俺は理解してるよ」

「うむ、その点は感謝しておるが、まさか本気で儂らと敵対するつもりか?」

「うん? もちろん必要ならそうするけど?」

「おい! ファゼが黙っておらんじゃろ!」

「え? 父さんなら、邪魔なら潰せって言ってたよ。できるなら殺すなって」

「ファゼ――!」

 外に向かって叫んでも、ディカの父親はいない。

「花蘇芳の隠れ住居に布陣した術式も、まだ使わなくて済みそうだ」

「お主それはやめろよ!?」

「ばあさんが俺やリコの敵にならなければ、ね。やあみんな、騒がせて悪かったね。きっとこの騒ぎの大本がどこにあるかと、首を傾げて考えれば、さて、責任者はどこにいると追及しても良いところなんだけど、その前に酒代を奢ってくれるだろう」

「ぐ……わかった、わかった。ここは儂が出そう」

「あとこのクソ三人の処分も頼むよ。それとも、こっちに任せてくれる?」

「――いや、使

「うん、その方が効果的だろうね。ということで、裁縫箱が盗まれてそっちのオークションに流れたけど、出品前に確保したから、よろしく」

「その話は聞いておる……そっちの嬢ちゃんだろう? すまんな。いろいろな権利を手に入れるほどに、隅まで目が届かんくなる」

「言い訳どーもー」

「リコ! 口を挟むでない!」

「間抜けが何を言っても聞こえませーん」

「くっ、このっ……!」

「あのう、私としては、取り戻せたので、それで構わないので」

「ああいや、すまん。なまじ実力があるだけ、こやつらは扱いにくくてのう。儂をちょっとは敬ってもよかろうに……」

「大人として信頼するから、このクソ商人を任せるんだけど?」

「やり方があるじゃろ!? 儂をこれほど追い詰めるのはお主らくらいじゃ!」

「だいじょぶ、潰さないから。だって代行とかめんどい」

「ああうん、まあね。半分くらい手足を落として、手打ちにさせるくらいだから、そこらへんは安心していいよ、ばあさん」

「ええい、次からはこうする前にきちんと相談せい! 良いな!?」

 なるほどと、ミルルクは思った。

 ディカは最初から、こういう落としどころを想定していて、乱暴な手を打った。そして、それが失敗したところで、いくらでもやりようはあると、そういうことで。

 力を持つ。

 その意味に初めて、気付かされた。

 それだけ、できることが増える。ただ――。

は、また別の話だよ、ミルルク」

 それのどこを信頼しろと。

 あと、嬉しそうに次の酒を頼むんじゃありませんわ、リコ。



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