第3話 アリスと魔法の鏡

 今日も女王は壁にかけられた大きな鏡に向かって歌うように問う。

「鏡よ、鏡。世界で一番正直な鏡。この世で一番美しいのはだぁれ」

 女王の背丈ほどもある大きな鏡は一点の曇りもなく、輝かしい姿で壁に鎮座している。それに映る女王の顔もとても美しい。きめ細やかな白い肌。すらりと通った鼻筋。きつそうなつり目は、女王の勝気な性格にとてもよく似合い、やや縦に長い輪郭にいいアクセントを与えている。きちんと整えられた眉に、荒れた様子の全くない唇。

 女王は白く長い指で鏡の縁をつっとなでる。鏡の縁は豪奢な金でできている。その金には幾何学模様が丹念に彫り込まれており、さながら絵画の額縁のようである。

 女王は完璧な鏡――ではなく、完璧な自身の顔をうっとりと眺めながら、毎朝鏡にたずねる。それは女王にとっての日課である。夫である王の前妻の娘、白雪姫を排除してからというもの、鏡の答えは毎朝同じ。

「それは、女王様、貴方様でございます」

 男とも女とも、若いとも老いているともつかぬ不思議な声が鏡の中から響く。それに女王は満足気に微笑み、日々の公務を始めるのだ。

 毎日同じ質問。同じ答え。

 しかし、今日に限って鏡の答えは違った。

「女王様、この世で一番美しいのは、アリスでございます」

 いつもと違う答えに女王は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。突然返された言葉に脳がついていけず解釈が追いつかないといった風情だ。しかし、すぐに鏡の答えを理解すると、ぶるぶると肩を震わせた。女王は怒りと屈辱で白い顔を一気に真っ赤に染め上げると、美しい顔を歪ませ素っ頓狂な声で叫ぶ。

「アリス?アリスだって?その娘は何者なんだ!」

「森に現れた娘です。美しい美しい娘です」

 鏡はそう言うと、鏡面を揺らし、女王ではなくある森の中を映し出した。木々が鬱蒼と茂る森の中を一人の少女が、一人の男とともに歩いているのが映し出される。ふわふわの金髪に青い大きな目。人形のように整えられたその顔かたちは、愛くるしいという一言に尽きるものだった。

 女王は真っ赤な顔でヒステリックな悲鳴を上げると、棚の上に置かれた花瓶を叩き落とした。派手な音を立てて水と花、花瓶の破片が一度に飛び散るが、そんなことには目もくれず、女王は今度は手近にあったカーテンを引きちぎる。豪奢な布が女王の長い爪によって引き裂かれ、カーテンレールが引っ張られる重みに耐え切れずに歪んだ。派手な音に気づいてすっ飛んできた年老いたメイドたちに女王は長い指を向ける。

「おまえたち!儀式の用意をおし!」

 花瓶の破片を片そうと腰をかがめたメイドたちは女王に命令され、ぴっと背すじを正した。女王はゆでダコのように赤い顔で、足を踏み鳴らしながら喚く。

「アリスという少女を探すんだよ!すぐにだ!分かったね!」

「かしこまりました」

 メイドたちは従順に頭を下げる。しかし、心の中まで従順ではないようだ。互いに顔を見合わせ、少し笑うように眉をしかめる。ヒステリーがまた始まった、そんな言葉がメイドたちの顔に浮かんでいる。彼女たちの休憩時のいい笑い話のネタができた、そんなところだ。

 そんなメイドたちの様子に気づきもせずに、女王は真っ赤な顔で自分の爪を噛みながら、鏡の向こうの少女を睨みつける。

「白雪姫がいなくなって、やっと私の時代が来たと思ったのに……また邪魔者が現れるなんて!」

 ヒステリックな女王のわめき声に鏡は、言わなきゃよかったと思いつつも、魔法の鏡であるがゆえに嘘は付けずに、ただアリスの姿を鏡に映し続けるしかなかった。


 一方、アリスは森の中、ハッターと一緒に歩いていた。

「困ったね、うさぎは確かにこの世界に来たと思うんだけど……見失ってしまったようだ」

 ハッターはひょいひょいと軽い足取りで森を進みながら、困ったという言葉とは裏腹に、まるで困っていないかのように笑う。森の中は、木々が生い茂ってはいるものの足元の草は芝生のように短く刈り取られているため歩きやすい。どうやら人の手によって整備されているようだ。それなのに、ひょいひょいと跳ねるような足取りで歩くのは、彼のクセだろう。困った困ったと言いながら顎に手をやるハッターの腕を、アリスは慌てた様子もなく優しく叩く。

「この世界に来たのは間違いないわ。落ち着いて探しましょう」

 幼い少女の大人びたセリフにハッターは目を細めて笑う。それから、ざわざわと風が森を吹き抜けていくのを目で追いかけるように辺りを見渡す。

「それにしても」

 ハッターは今度はいじわるそうに目を細める。

「嫌な気配がする森だ」

「お茶会には?」

「適さないね」

 きっぱりと言うハッターにアリスはあら、と小首を傾げる。

「私には綺麗な森に見えるわ」

 背の高い木々が多いが、それほど密に生い茂っているわけではないようで森の中にはあちらこちらから木もれ日が差し込んでいる。小鳥がそこかしこでさえずり渡り、小さなリスが時折木の上を駆け抜けていく。しかし、ハッターはその静けさを遮るように、こつこつと杖で地面を叩く。

「だめだよ」

 そう言って、尚一層いじわるそうに目を細め、笑みを浮かべる。

「血の匂いがするもの」

「まあ」

 わざとらしく目を丸くするアリスにハッターがくすりと微笑みながら尋ねる。

「お茶会には?」

「適さないわね」

 そう言うと、アリスはくいっと首を傾け、くりくりとした大きな目でハッターの顔を見ながらほんの少し微笑んだ。面白かったようだ。

 小鳥のさえずりを背景に木漏れ日の中を歩いて行った二人は、やがて一軒の小さな家にたどり着いた。大きめの丸太を組んで作られたその家は、小さなドアと小さな窓を一つ持っていた。ドアの高さはアリスの背丈ほどしかない。ハッターが家の中に入ったら、たちまち天井に頭をぶつけてしまう、そんな大きさの家だった。その家の屋根からは一本の煙突が伸びており、もくもくと煙を吐き出している。窓に下げられたカーテンの向こうをひっきりなしに影が横切るところから見ても、家の中には誰かいるので間違いなさそうだ。

 家の周りは柵で覆われており、その内側には小さな庭が広がっている。庭はしっかりと手入れされており、様々な種類の野菜や果物がきっちりと区分けされて植えられている。その合間を縫うように、家のドアまで小さな小道が作られていた。二人はその小道をドアの前まで歩いて行った。アリスは難なく歩くことができたが、背の高いハッターにはあっちの木を避け、こっちの木を避け、となかなか難儀な道だった。

 ドアの前までたどり着くと、アリスはそっと中の様子を伺う。ドアの隙間からは賑やかな声や足音が漏れてくる。合図をするようにハッターの顔を見上げると、アリスは細い腕で軽くドアをノックした。その瞬間、ぴたりと漏れてきていた音が止まる。アリスは再度ノックする。木製のドアは適度に乾いており、こんという澄んだ音を響かせる。中からこちらを伺うような気配があった後、恐る恐るといった感じで扉が開いた。

「……どちらさまかな」

 そう言って現れたのは初老の男性だった。しかし、その背丈は驚くほど低く、アリスの肩程度の高さしかない。それも老いて縮んだというよりは、元々低い身長であったようだ。背すじは見た目の年齢にしては驚くほどしゃんとしているし、動きも俊敏である。

 ドワーフ、ね。

 アリスは心の中で呟く。この世界にはドワーフ、いわゆる小人と呼ばれる種族が暮らしているらしい。アリスは少し身をかがめるようにして、ドワーフに尋ねる。

「私たち、うさぎを探しているの。時計を持ったうさぎ、見なかった?」

 ドワーフはアリスの後ろに立ったハッターを恐る恐る見上げる。ドワーフから見ればハッターは巨人に見えるのだろう。ドワーフは少し腰がひけた様子だったが、ハッターからアリスへと視線を戻し、アリスの言葉を繰り返す。

「時計を持ったうさぎ……?」

 その瞬間、彼の後ろから同じような背格好のドワーフがわっと飛び出してきた。

「うさぎだって?」

「うさぎ!」

「ほら、あいつ!」

「時計を持ってた!」

「そういえば!」

 口々に話しだすドワーフ。その数、一、二、三、四、五、六、七。どのドワーフたちも相手のことなど我関せずといったようで、好きなように思いついたままにわーわーと話しだす。誰が何を言っているのかも聞き取れず、アリスは目を白黒とさせる。

「待って、そんなにいっぺんに話されると分からない……」

 困惑するアリスの言葉にも耳を貸さずに、ドワーフたちは賑やかに会話にならない会話を続けている。その瞬間、ハッターが勢い良く杖を石畳に叩きつけた。カーンという甲高い音が辺りに響き渡り、ドワーフたちが水を打ったかのように静かになる。

「ちょっとは静かにしないか」

 怒ったような呆れたような低い声に、ドワーフたちは初めてハッターの存在に気づいたかのように突如として怯え出すと、ハッターの顔を見上げたまま、身を寄せ合いはじめた。アリスはハッターをちらっと見上げると、再度身をかがめて尋ねる。

「うさぎを見たのね」

 ドワーフたちは再度一斉に話し出そうとしたが、ハッターが睨んでいるのに気がつくと、身をすくめて互いのかげに隠れた。そうして、一番前に押し出された一人のドワーフが仕方ないといったように話しだす。

「み、見たさ。森の中でな」

 その言葉に他のドワーフたちも一斉に頷く。アリスとハッターは顔を見合わせる。

「森の中をどっちに進んでいったか分かる?」

「ま、街の方へ向かってった」

 一人のドワーフが答える。他のドワーフも異論はないようだ。間違いない。うさぎはこの世界で行動している。アリスの目に瞬時、強い光が宿る。が、すぐに柔和な表情に戻すと、ドワーフに向かって愛らしい声で、ありがとうと言った。日の光を受け輝く金髪、透き通るような青い目、少し微笑んだ形のよい唇。人形のように美しい少女の造作にドワーフたちは顔を赤らめる。

「そんな、俺達は……なあ」

「ただ、見ただけだよぉ」

「ありがとう、だなんて」

 もじもじと照れるドワーフにアリスは微笑むと、ハッターに行きましょう、と声をかける。そのとき、ドワーフの一人が弾かれたように声をあげた。

「行く?行くってどこへ?」

「まさか、街へ行くってのかい?」

 照れた顔はどこへやら、陰りを見せるような表情でドワーフたちが一斉にアリスたちへ詰め寄る。小さいドワーフがわっと駆け寄ってくるのに驚いたアリスは両手を顔の横に持ち上げると、スカートにまとわりつく彼らを見つめる。アリスとハッターは怪訝そうに顔を見合わせると、必至な顔でアリスに詰め寄る彼らに再度話しかける。

「うさぎを追ってるの。彼が街へ行ったなら、街へ行かなきゃ」

 その言葉にドワーフたちが素っ頓狂な声をあげ、一斉にわーわーと叫びだす。甲高い彼らの声。またも何を言っているのか分からない。ハッターが呆れたようにため息をついて、足元の石に杖を叩きつける。カーンという音が響き、ドワーフたちは静かになったが、さっきのようにハッターに怯えることもなく焦ったように少女の足にまとわりつく。

「あんたたち、知らないのかい!」

 一人のドワーフが代表して叫ぶ。

「あんたみたいな可愛い子、街に近づいたら殺されてしまうよ!」

 突然吐かれた物騒な言葉に、アリスは怪訝そうにハッターの顔を見つめる。ハッターも分からない、というように肩をすくめたので、アリスはドワーフに高さを合わせるように膝に手を置く。

「どういうこと?」

 小首をかしげるアリスに、ドワーフが息を吸うのすら惜しむように勢い良く話しだす。

「女王様は自分より美しい子が嫌いなんだ。この国にいた可愛い女性はみんな女王に殺されちまったよ。娘を持った奴や、奥さんが大事な奴は、みんな国外に出ちまった。女連れの旅人もこの国にはすっかり寄り付かないさ。この辺りじゃ有名な話だよ。あんたみたいな可愛い子、街に寄り付いたらあっという間に殺されちまう。悪いこと言わないから、さっさとこの国から出て行った方がいい!」

 アリスは大きな目をぱちぱちとしばたかせて、ハッターと顔を見合わせる。いつもどおり不敵な笑みを浮かべるハッターにアリスも、ふふと微笑む。

「それは大変ね。殺されないようにがんばらないと」

 アリスは愛くるしい笑顔で茶化すようにそう言う。そして、教えてくれてありがとう、とドワーフたちに声をかけると、もう用はないというようにくるりと踵を返す。ハッターも何ら問題にもしていなさそうな飄々とした表情である。アリスがハッターの横に並ぶのを待ってから、何のためらいもなく歩を進めだす。ドワーフたちはその様子をしばし呆然と眺めていたが、はっと我に返って慌てだした。

「ま、待って!」

「行っちゃだめだよぉ!」

 ドワーフたちが必死に声をかけても、アリスもハッターも振り向かない。が、あるドワーフの掛け声によって事態は変わった。

「女王は魔女なんだよぉ!」

 その言葉がかけられたとたんに、アリスとハッターはぴたりと足を止めた。そして、くるりと振り向くと、ドワーフたちの元へと淀みのない足取りで戻ってきた。アリスは少し身をかがめると、声を発したドワーフににっこりと微笑みかける。

「それは、どういうこと?」

 天使のように美しいその微笑みになぜか恐れを感じて、ドワーフたちは互いに身を寄せ合う。その様子に少女はなおもにっこりと微笑む。逆らえない気配を感じて、一人のドワーフが震える声で答える。

「女王は若くて可愛い女の子のエネルギーを吸い取ってるんだよ。そして、自分の若さの糧にしてるんだ」

「そう」

 少女は微笑んだままそう答えると、すぐに身体を起こし、ハッターの顔を鋭い眼差しで見る。いつものような笑みを浮かべたままのハッターだが、そのにやけ顔はわずかに厳しさを帯びている。

「ありがとう」

 そう言う少女の声は優しかったが今までとは違う鋭さを秘めていた。少女はまたもくるりと踵を返す。美しい金髪がなびき、きらきらと陽の光を反射する。先ほどと違ってドワーフたちは引き止めることができなかった。愛らしい少女の秘める恐ろしさに声をあげることができなかったのだ。

 アリスはそんなドワーフたちの様子を気にも止めずに、歩を進める。十分ドワーフの家から離れたのを確認すると、少し後ろを歩くハッターに目配せをする。

「ハッター、間違いないわね」

 ハッターは唇の端をきゅっと持ち上げて笑う。

「そうだね、アリス。『この世界の女王』は、間違いなく禁忌に手を出しているよ」

「愚かな人ね」

 表情一つ変えずに前を向いて歩き続けたまま、アリスは言う。

「うさぎは来るかな?」

 ハッターの問いにアリスは厳しい眼差しで答える。

「ええ、きっと。匂いにひかれて、ね」

 アリスの小さな足が草木を踏みしめる音が規則正しく響く。対するハッターの方はひょいひょいと足音を立てずに歩く。太陽が傾き始めたのか、少し冷たい風が木々の間を駆け抜けるようになってきた。

 しばらく歩き続けると、少し開けた場所に出た。そこだけぽっかりと木々が生えておらず、足首程度までしかない草が生い茂っていた。赤く色づき始めた太陽が木々の間から地面を照らしている。不意にアリスが立ち止まった。ハッターもアリスの少し後ろで立ち止まる。ハッターは鼻をひくひくと動かすと、顎に手をあてて、ふむ、とつぶやいた。

「これはおもしろいね……かこまれているようだ」

 アリスは前を向いたまま、鈴を転がすような声でハッターに尋ねる。

「何人くらい?」

「五人……いや、六人」

 ハッターは鼻をひくつかせながら、意地悪そうに笑う。

「血なまぐさいねぇ」

「お茶会は無理みたいね」

 そう茶化してから、アリスはくりくりとした目をハッターに向ける。

「ねぇ、ハッター。この人たちは私たちを街へ連れて行ってくれるかしら……私、もう歩くの疲れたわ」

 その言葉にハッターは目を丸くし、訳が分からないというようにきょとんとアリスの顔を眺めた。が、すぐにアリスの意図に気付くと、こらえきれないように吹き出し、声をあげて笑いだした。ハッターは心底おかしいというように空を仰いで笑い飛ばすと、杖でこんこんと地面を叩いた。

「そうだね……ふふふ、捕まってみるのも悪くないようだ」

 そして、耳の生えた帽子を深くかぶり直すと、ネズミ捕りにかかるネズミのようにそのまま歩を進めた。


 女王の元に少女を捕らえたという連絡が入ったのは、少女を探せと命令してから一日もたたないうちのことであった。報告を行ったのは、女王の近衛兵の隊長オーランド。オーランドは少女とその連れを捕らえるとすぐに城へと舞い戻り、二人を牢へと押し込めると、女王の玉座の前に跪き、深々と首を垂れて報告した。単純な女王は単純に喜び単純にオーランドを褒め称えた。

「よくやったわ、オーランド。特別に褒美を授けましょう。後ほど届けるので、楽しみにしていなさい」

 女王は部下の手際が良いと、その部下が男である場合に限り、多額の報奨金を与える。いつもであれば、ほくそ笑むオーランドであったが、今回に限り腑に落ちない気持ちであった。

 確保が難なく行き過ぎたのだ。

 女王が美しい女性を処刑しているのは、国内どころか周辺諸国まで周知の事実。美しいといわれる女性たちは、大抵この国に近づかないし、うっかり処刑対象にでもなろうものなら、かなりの抵抗をする。事実、白雪姫だって、抵抗――というより、怒り荒ぶり、女王とかなり醜いバトルをし、周りの人間の陰ながらの説得によりやっと国外に出て行ったのだ。あのバトルによって、オーランドだけでなく他の男たちも女同士の戦いは恐ろしいのだと身を持って思い知らされた。

(あの美しい白雪姫ですら、女同士の戦いになれば、あんな醜い一面を見せたのだ)

 そのときの様子を思い出し、オーランドはぶるっと身を震わせる。

(今日捕らえた少女だって、いざとなれば……)

 オーランドは少女の様子を思い出す。わざと罠にかかったかのようにすんなりと捕らえられた少女。六人の兵士に囲まれたときも、顔色一つ変えなかった。白い細腕を後ろ手に縛り上げ、馬に乗せたときも何一つ抵抗せず、城下町が見えたときには嬉しそうな微笑みさえ浮かべてみせた。

(嫌な予感しかしない)

「――ランド、オーランド!聞いているのか!」

 はっと気がつくと、女王がややヒステリックに喚き散らしているところだった。

「何をグズグズしてるんだ!さっさと儀式の準備をおし!」

 オーランドは肯定の意を示すと、深く頭をたれた。とにかく早く処刑して、この胸の不安を取り除いてしまおう。その一心だった。


 じめじめとした薄暗い部屋。石を積み上げて作られたその部屋は牢屋と呼ぶには若干お粗末である。石の組み方が甘いようで天井からはぽたりぽたりと水がたれてきており、それが石畳に落ちて、辺りに水滴を撒き散らす。アリスはその水を嫌そうに見ると、水滴のかからない位置まで移動した。簡易なベッドや椅子が置いてあるが、あまり座りたくはない。

 アリスは隣の部屋との境となっている石壁の前へと水滴を避けながら歩いた。そして、青い大きな目で石の隙間を覗きこむ。石の組み方が甘いのか隙間から隣の部屋がわずかに見えるのだ。隣の部屋では、ハッターが同じように座りもせずに突っ立っていた。

「ハッター」

 アリスの呼びかけにハッターが、おや、とアリスの方を見やる。

「こんなところに穴が開いているとは……なんだい、アリス」

 ハッターの優しい声音にアリスは少し眉をしかめて答える。

「早くこんなところ出ましょう。じめじめするし、埃っぽいし……それに、あまりいい匂いがしないのよ」

「そうだね。あまり長居はしたくないね」

 ハッターはあごに手をかけて、ふむ、と思案する。無理やり出るのは簡単だ。しかし、困難な状況から逃げ出したことがバレれば、魔女あるいは魔法使いとみなされ、面倒なことになるかもしれない。女王が魔女という噂がある以上、妙な警戒体勢を取られるのは面倒臭い。

「さて、どうしたものか……」

 考えを巡らそうとしたハッターは、そこではたと思考を遮る。帽子から生えた耳が片方だけぴくんと動き、顔をぱっと部屋の扉の方へと向ける。

「と、迎えが来たようだよ、アリス。外に出られるみたいだ」

 ハッターの言葉が終わるか終わらないかのうちに、アリスの部屋の石壁につけられた鉄の扉がぎーっと音を立てて開いた。蝶番にこびりついた錆が粉になって地面に散る。粉がスカートにかからないように移動しながら、アリスは愛らしい顔をほんの少し歪めてその粉を睨みつけた。

「さあ、外に出ろ!」

 そう声をかけられて、アリスは初めて牢の扉の向こうを見やる。錆に夢中で人間になど気付かなかった、そういった風情だ。

 扉の向こうには、三人の兵士が立っていた。三人は銀の鎧で身を包み、腰にはそれぞれ剣を携えている。年の頃は三十前後というところだ。アリスは大きな青い瞳で無精髭の生えた彼らの顔をのぞきこむ。

「あら、もう外に出られるの?」

 捕まっているのにまるで戸惑う様子のない少女に、兵士たちの方がたじろぐ。一番先頭に立っている兵士が場の支配権を取り戻そうとするかのように、声を荒らげる。

「い、いいから、外に出ろ!」

 アリスはその剣幕に驚いたように目を丸くすると、弾むような足取りで言われた通りに外に出た。牢屋の外は同じく石を組み上げてできた壁に囲まれた通路であった。人が三人ほど並ぶのが精一杯なほど狭い通路は牢の中と同じように暗くじめじめしている。扉から出て左手はすぐ行き止まりであり、ハッターの閉じ込められた牢につながるドアだけが薄暗い壁の中にぽつんと存在している。まさに幽閉のための牢といった様子だ。右手は通路が数メートル続いたあと、登りの階段につながっている。窓一つないため、何階にいるのかがまるで分からない。壁に灯されたランプが薄暗い廊下をじんわりと照らしている。兵士たちはアリスを取り囲むと、すかさず後ろ手に両手を縛り上げる。おとなしくされるがままに手を縛られながら、アリスは一人の兵士の顔をじっと見やる。

「ねえ、私、どこに連れていかれるの?」

 鈴を転がすような美しい声音に、見つめられた兵士は言葉につまる。少女の声に普通の少女とは違う何かを感じ取ったのだろう。何も言葉を発せなくなっている。別の兵士が、その心のざわつきを払拭するように、うるさい、と声を荒らげた。

「女王陛下のご命令だ!おとなしくしてろ!」

「ふふふ」

 少女が愛くるしく笑う。背すじが泡立つくらいに耳に心地いい声である。兵士たちは必死に耳を逸らしながら、階段に向かってアリスを引っ立てる。恐れを知らない歳の少女だからと、自分を無理に納得させようとしているらしい兵士たちだったが、そうするには、少女の言動は大人びすぎていた。兵士たちは自分たちが直面している少女が本当に少女なのかすらも疑問に思いながらも、己の使命を全うすべく、必死に少女を急き立てた。

 両脇と後ろを兵士に囲まれて数メートル歩いたとき、アリスがぽつりと言葉を発した。

「ねえ、私、死ぬ前にこのお城の中を散策したいわ」

 突然つぶやかれた予想外の言葉に兵士たちは、少女の腕をつかんだまま思わず立ち尽くす。アリスはくるりと振り返ると、射抜くような強い視線で兵士たちを見る。

「ちょっとだけよ。いいでしょ?」

 その言葉に返事をする前に、兵士たちの意識は暗闇へと落ちた。


「やれやれ」

 崩れ落ちた兵士たちの後ろでハッターがぱんぱんと軽く手をはたく。それから、緑の燕尾服の裾を同じようにぱんぱんと払い、襟を持って居住まいを正すと、帽子を深くかぶり直した。ハッターは兵士たちを飛び越えるようにひょいひょいと歩くと、身をかがめてアリスと目線を合わせた。

「よかったのかい?こんなことして」

 物理的な自然現象に逆らうようなことはあまりしたくなかったハッターだったが、散策したいというアリスの言葉を聞いて、すぐに行動を起こした。空間を歪めて牢から出ると兵士を後ろから杖で殴りつけ、失神させたのだった。アリスはハッターの顔をのぞき込むと、いいのよ、と答える。

「どうせ、この世界にも長居はしないわ。うさぎをつかまえたら、さっさと去りましょう。面倒くさい女王様のお相手をしている暇はないわ」

「そうだね、アリス」

 ハッターは面白そうにほくそ笑む。

「散策を始めようじゃないか。意地悪な女王様に捕まる前にね」

 その言葉に、アリスは焦る様子もなくいつもどおりの表情で、階段へと足を向ける。愛らしい青いワンピースがふんわりと翻り、ゆったりとウェーブのかかった金髪がわずかな光を反射して輝く。その姿はこの薄暗い牢屋には似つかわしくない。ハッターもゆっくりと杖をつきながら、アリスの後について階段を上がる。

 階段を上がった先にいた兵士をハッターが同じように昏倒させ、二人は広い通路に出た。赤いカーペットがひかれたその道には、豪奢なシャンデリアがあちらこちらに吊り下げられている。その場から見える位置に扉などはない。まっすぐ続く通路を進むしかないようだ。

「よかったよ」

 ハッターの言葉に小首を傾げるアリスに、ハッターは続ける。。

「城の中にある牢屋で。階段を抜けた先が城の庭だったりしたら、目立ちすぎて針のむしろだよ。大規模に立ち回らなきゃいけなくなるところだったね」

 アリスはわざとらしく、まあ、と声をあげ、口元に手を当てる。

「それは大変だったわ。よかった、お城の中で。でも」

 ふふふ、といたずらっぽく微笑む。

「たとえ針のむしろだったとしても、ハッターがなんとかしてくれるでしょ」

 アリスの言葉にハッターは笑顔で肩をすくめた。

二人は踊るような足取りで、一本道の通路を進んでいった。いくらも行かないうちに、目の前に扉が現れる。二枚の戸で構成されており、観音扉のように開けるようだ。取っ手にはやはり豪奢な彫り物が施されており、扉にはベロアのような赤い肌触りの良さそうな布が貼られている。アリスは迷うことなく、華奢な手で扉を押し開ける。開けた先に兵士がいたようで、扉がぶつかり驚いてこちらに振り向いてきた。目を見開いた兵士が声を発する前に、ハッターがすばやく兵士を倒す。

扉をくぐり抜けた先は小さな広間のようになっていた。出てきた扉以外に、扉が四つ並んでいる。右手の壁には人の背丈をゆうに超えるような大きな扉がある。これが外からの扉ではないだろうか。外からつながる扉だというのに、見張りがいない。

「あまり兵士がいないみたいね」

「外を重点的に固めているんじゃないかな。僕らを捜索にやるくらいの数の兵士はいたみたいだし。まあ、それにしても少ないね」

 アリスは辺りを警戒するように見渡しながら、頷く。

「そうね。ドワーフたちが言っていた通り、家族に女性がいる人は国外に逃げてしまったのでしょうね」

「噂は本当のようだ」

 アリスは外へつながる扉の反対側の壁へと視線を向ける。そこには今、二人がくぐり抜けてきたくらいの大きさの扉が二つついている。その二つの扉の間には、まっすぐな上り階段がついている。階段の幅は人が十人は並べるほどに広い。階段の手すりは金でできており、ところどころに埋め込まれた煌びやかな宝石を光らせながら、上部へと続いている。階段は赤いカーペットに覆われ、階段の終着点には今までの扉よりさらに豪華な装飾が施された扉があった。

「あれが女王様のお部屋への扉かしら」

 そう言いながら、アリスはためらいもなく豪華な階段に足をかける。ハッターが面白そうに笑う。

「おや、最初っから敵の本拠地に乗り込むのかい」

「当然よ」

 アリスは至極真面目な顔で頷く。

「ドワーフたちの話が本当なら、うさぎは必ず女王の元へ来るわ。私、遠回りは嫌いなの」

 おやおや、と返事をするハッターを無視して、アリスは小さな足で赤いカーペットを踏みしめる。

 女王は魔女。少女たちのエネルギーを吸い取る。

 その話が本当なら、女王はおそらくうさぎと同じ罪を犯している。

 そして、その匂いをかぎつけたうさぎは必ずここへ来る……。

 余裕があるかのような茶化した物言いとは裏腹に、至極真面目な表情をしたアリス。ハッターも警戒するように左右にさっと視線を送ると、いつものひょこひょことした足取りでアリスの後に続いた。

 階段の終わりに設置されていた豪奢な扉は、アリス一人で開けるのには少々重すぎた。ハッターが長い手を後ろから伸ばして、扉を押し開ける。そこは謁見室のようだった。白い壁に大理石の床を持つ広いホール。今まで見たどのシャンデリアよりも立派なシャンデリアが高い天井の上から吊り下げられている。扉からホールの奥に向かってまっすぐに赤いカーペットが敷かれている。カーペットの先は三段ほどの階段が施されており、壇上には赤いベロアが貼られた美しい椅子が鎮座していた。椅子の奥には、周囲の壁と同系色でぱっと見には分からない扉がある。よく見れば細かな装飾が施されたその扉は目立たないながらも、お金がかかっていることがはっきりと分かった。

「誰もいないわ」

 アリスは不思議そうに辺りを見渡す。がらんとしたホールの中には、人一人おらず、アリスの声がわんわんと虚しく響いた。女王様の横暴によって逃げ出したものが多いせいかと思っていたが、こうも人がいないのは少しおかしい。

「どこかで何か行われているのかねぇ」

 ハッターがあごに手をやって答える。ハッターが歩くたびに、足音がホールの中に響く。いかに足音をさせない歩き方をしているといえど、こうもつややかな大理石に覆われていれば、隠しようもないらしい。アリスよりも体積があるため、響く足音も幾分大きい。対するアリスの足音はパタパタと軽いため、それほど響かない。アリスはきょろきょろと見回しながら、何のためらいもなく壇上へと上がり、椅子の裏を覗きこむ。それから、すぐに奥の扉に手をかけ、開けようとする。

「アリス、勝手に進まないでくれよ」

 ハッターはひょこひょこと段を上がると、アリスの横から扉に手をかけ、開けてやった。扉の向こうはホールと同じように人の気配はまるでしなかった。広い部屋である。大きな天蓋付きのベッド、大きな白い扉を持つクローゼット、美しい化粧台に細かな彫り物の施された白いテーブルと椅子。どうやら女王の私室のようだ。

「広い部屋だねぇ」

 感心したように呆れたように声をあげるハッター。アリスは踊るような足取りで部屋の中を進み、ふと壁に目を止めた。

「ハッター、これ」

 アリスが目を留めた壁には、赤いビロードのカーテンがかけられていた。カーテンの高さはハッターの背丈ほど、幅はアリスが両手を広げたほど。裾には金の房飾りがついている。アリスはゆっくりとした手つきでそのカーテンを手に取ると、すっと開ける。

 そこには大きな鏡がかけられていた。金縁が施された大きな鏡。壁の高い位置にかけられているため、アリスの上半身しかうつすことはできていない。アリスがそっと鏡面に触れると、鏡面が水面のようにゆらゆらと揺れた。

「間違いない。昔会ったことがあるわ……魔法の鏡ね」

 アリスの声に鏡の鏡面が答えるかのようにゆらゆらと揺れた。

「こんなところにいたのね……」

「鏡よ、鏡」

 ハッターが歌うように鏡に向かって話しかける。

「この世界で一番美しいのはだぁれ」

「それは、アリス、あなたです」

 鏡の中から、性別不詳、年齢不詳の声が響く。鏡はゆらゆらと鏡面を揺らしていたが、アリスの顔部分のみをはっきりとうつしだした。アリスは、はぁとため息をつく。

「なるほどね。女王が私を捕まえるわけだわ」

「アリスは美しいからね。しょうがないよ」

 ハッターがひょうきんな口調で告げる。アリスはハッターの言葉に少し眉をしかめると、鏡に向かい直した。気持ちを切り替えるかのように深く息をつくと、アリスは歌うように鏡に尋ねる。

「鏡よ、鏡、正直な鏡」

 アリスの声に合わせるように、鏡面がゆらゆらと揺れる。それに映ったアリスの顔もゆらぎ、その鼻が口が目が、かき消えるように波打つ。アリスは鏡面を優しくなでながら、鈴を転がすような声音で続ける。

「うさぎは今、どこにいる?」

 鏡の鏡面が激しくゆらぐ。アリスは両手を鏡に押し当てると、その愛らしい顔に険しさを浮かべ、りんとした声で言う。

「さあ、鏡!答えなさい!」

 鏡面の波打ち方が激しくなる。まるでこちらに飛び出してきそうなほど。このまま壊れてしまうのではないだろうか。しかし、激しく終わりがないかのように見えた波は、やがて少しずつ鎮まり始めた。中心からゆっくりと焦点があっていき、水平な面が縁へ向かって広がっていく。

 鏡の中心には、白い毛皮が映しだされていた。何度も見ながら捕まえられていない白い白いうさぎ。鏡面の波が静まるにつれて、うさぎの居場所がはっきりとしてくる。うさぎは赤いカーペットの上をぽてぽてと歩いていた。白くやわらかな毛に覆われた白い足が焦りのない調子で動き続ける。うさぎは一心不乱に自分の手を見つめていた。鏡からは見えないが、おそらくその手にはいつもの懐中時計が握られているのだろう。ハッターが鏡を横から覗き込む。

「今まで僕達が通ってきた通路とは違うところのようだね」

「それは、まあ、面倒くさいわ」

 しかめっ面をしてみせたアリス。そのとき、ハッターがふと扉を振り向いた。彼の耳がぴくんと動き、すっと背すじが伸びる。

「ハッター、どうしたの?」

 そう尋ねた途端、アリスの耳にも外の音が飛び込んできた。がやがやとやかましい話し声と複数人が走るような騒がしい足音。

「あら、見つかっちゃった」

 おどけるようにアリスが両の手を口元に当てる。

「逃げるかい?」

「いいわ。連れてってもらいましょう。まだ、見てないところに」

 アリスがそう言った途端、扉が音を立てて開いた。武装した兵士たちが、ざっと十名ほど、一気に部屋の中になだれ込み、アリスとハッターを取り囲む。

 逃亡者を追っているにしては、ずいぶん少ないわね。

 そう思ったが、あえて声に出すことはしなかった。兵士たちは二手に分かれると、アリスとハッターを別々に取り囲む。アリスの周りに三人、ハッターの周りに七人。今までの経緯でハッターの方が危ないと思われたのだろう。

「おとなしくしろ!」

 三人はアリスを恫喝すると、アリスの手を後ろ手に縛り上げる。さっき逃げられたせいか、縛り方がややきつい。文句なんか言える立場でないことを理解しているアリスは、少し眉をしかめたものの、すぐにいつもの表情へと戻した。兵士たちはアリスを引きずるように部屋の外へと連れ出す。ハッターはハッターでその場で縛り上げられ、そこへと留め置かれるようだった。アリスと引き離すつもりらしい。

アリスは引っ立てるようにアリスを連れ出す兵士の顔を覗き込みながら、小首を傾げて尋ねる。

「ねえ、私をどこへ連れてくの?」

 子供らしい抑揚で、しかし、落ち着いた調子で言われた言葉。顔を覗きこまれた兵士は、ちらりとアリスの顔を見たが、すぐに顔をそむける。いかに子供といえど、この状況を理解できないわけはないだろう。それなのにこれほどまでに落ち着いているこの少女は一体何者なんだ。この歳の少女に接し慣れていない兵士たちにも、少女がわざと子供らしさを装っていることが分かったのだろう。恐れと動揺を隠し切れない兵士たちの顔に、アリスはいたずらっぽく微笑む。

「私、殺されるの?」

 兵士たちはアリスの質問には一切答えずに、まるで早く事を済ませたいというように、やや早足になりながら歩く。歩幅の小さいアリスは歩きじゃ到底ついていけず、しかし両腕を掴まれているために小走りになりながら、必死についていく羽目になった。謁見室を横切り、これまたきらびやかで豪奢な階段を降りる。アリスは少し息を切らしながら、それでもその美しい声音を保ったまま、ゆっくりと兵士に話しかける。

「ねえ」

 兵士たちは誰も返事はしないが、耳だけはしっかりとアリスに傾けている。いや、耳を離すことができないのだ。少女のぞっとするほど美しい声は兵士たちの耳をがっちり掴んで離さない。アリスは形の良い唇をそっと動かす。

「女王様って女の子の若さを吸いとるんでしょ?」

 兵士たちがはた、と立ち止まって少女の顔を見る。少女はにっこりと微笑む。

「それなら会いに行かなきゃ」

 その愛らしい笑顔が何よりも一番恐ろしくて、兵士たちは浅い呼吸を繰り返す。アリスの両腕を掴んだ兵士たちの腕がわずかに震えている。

「行きましょう」

 アリスは自ら兵士たちの前を歩く。

「女王陛下に会いに」

 少女の足取りはその場にいる誰よりも軽かった。


 部屋の扉が開き、少女を先頭に三人の兵士が入ってきた。女王が待ちきれないというように座っていた椅子から立ち上がる。部屋は十メートル四方程度、さして広くはない。扉のある壁の向かいは三段ほどの階段が続き、その上に女王用の豪奢な椅子が置かれている。さっき通った謁見室の縮小版といった風情だが、明るさがまるで違う。明かりは女王のそばに灯された松明一つだけ。もちろんその松明だけでは部屋の中を照らしきれないので、部屋は全体的に薄暗い。

 オーランドは階段の下で女王に背を向けて、女王を守るように立っていた。オーランドの位置からだと、入ってくる四人の姿がよく見える。三人の兵士に引っ立てられてくる少女――何か違和感を覚える。間違いなく少女は後ろ手に縛られ捕獲されている。兵士たちの腰までしかない細く小さい可憐な少女。兵士たちは武装し、鍛え上げた身をしっかりと鎧に包んでいる。それなのにどうだろう。まるで、少女が先頭を歩き、兵士たちを引っ張ってきたかのように見える。四人は部屋の中に入ると、そこで立ち止まる。兵士の一人が扉を閉めた。

 女王は椅子の前に立つと、少女を階段の上から見下ろす。少女と女王の間の床には巨大な円が白い塗料で描かれていた。円周部分には等間隔で十二個の数字とも文字ともつかない不思議な模様が円と同じ白い塗料で描かれている。そして、円の中央には何やら不思議なビンのようなものが置かれている。

(なるほどね)

 アリスは心の中でひとりごちる。

(同じだわ)

 女王は、少女のそんな心中など知りもせずに、彼女のことを上から下までねっとりと舐め回すように見つめる。ふわりとなびく金髪。小さなピンクの唇。水をはじきそうなほど白くつややかな肌。恐れを知らない青く大きな瞳。……気に入らない。

「そこの娘、その円の中央――ビンが置いてあるところに立ちなさい」

 女王の言葉に少女は大きな目をくりっと動かして、首をかしげる。その動きに合わせて、腰まである金髪がふわふわと揺れた。そして、その揺れが収まってもまだ、少女はその場にとどまっていた。なかなか足を動かそうとしない。オーランドと兵士たちには、女王がだんだんと苛立ってくるのが分かった。男たちは、早く、早く、と焦るが、女王の手前、発言することもできずにただじりじりと待っていた。

 少女は小首をかしげたまま、形の良い唇をそっと動かす。

「どうして?」

 男たちはもうだめだというように、ため息をついた。案の定、女王の怒りが爆発する。

「いいから!そこに立てと言ってるんだ!私のいうことに逆らうやつは容赦しないよ!早くおし!」

 女王が美しい顔を怒りで真っ赤にして、地団駄を踏む。まるで癇癪を起こした子供のようなその動き。少女は不思議なものを見たとでも言うように女王をしげしげと眺めると、床に描かれた円へと足を踏み入れる。その様子に、女王は収まらない怒りで鼻息を荒くしながらも、なんとか落ち着きを取り戻す。

 しかし、少女はビンまであと一歩というところで、すっと足を止めた。

「ねえ、女王様」

 今にも怒りが爆発しそうな女王を気にも止めずに少女は、階段の上の女王を見上げた。その顔にその場にいる誰もが息を飲んだ。先ほどまでの愛くるしい表情はどこにもない。この場の誰よりも大人びていて、冷静で、そして、冷徹な表情だった。曲げることのできないまっすぐな視線が女王の顔を、射抜く。

「こんな魔法陣を書いて、こんな儀式を行って……本当にいけない子ね」

 ぴしゃりと言い放つ。齢十歳程度にしか見えないのに、口から放たれたのはまるで大人のような声。狭い部屋の中に凛と響き渡る。抗いがたい圧力は耳を離さない。まるで魔法のようだ。兵士たちはその勢いに身動き一つできず、女王もまた面食らったかのように、ぽかんと口を開けた。怒り狂うのも忘れたのだろうか、赤に染まっていた頬は瞬時に落ち着きを取り戻し、元の色を取り戻す。女王は穴が開きそうなほど、ただぼんやりと少女を見つめた。少女が厳しい口調のまま続ける。

「女王様、この魔方陣、そして、この儀式、一体誰から教わったのかしら?」

 少女の声に女王は口元を震わせる。気がつかないうちに全身に震えが走っていたようで、指先がひどく冷たい。

「そ……それは……」

「教えてちょうだい」

 大きな丸い瞳が女王の目線をとらえて離さない。目をそらしたいのにそらせないその感覚に女王は恐れを覚える。が、齢十歳程度の少女にそのような感情を抱いたということは、女王のプライドを傷つけたのだろう。震えを止めるように無理矢理に腕を組むと、女王は壇上から少女をきっと見下ろし、震えの止まらぬ口を必死に動かす。

「お、お前にそれを言う義理はない!そ、そもそも、素性はい、言わないとその者と約束した!約束を破れば私は異形の姿になることになると奴に言われ」

 少女は女王の言葉を冷静な声で遮る。

「ねえ、女王様、あなたは気づいていないのかしら?」

 少女がそう言った瞬間、部屋の隅の闇の中からぬっと現れるように少女の前に帽子を被った男が姿を現した。異様に背が高く、ひょこひょこと奇妙な歩き方をする男。この男は、元の牢に閉じ込めておくように言っておいたはずである。驚きのあまり、声も出せずにいる皆を尻目に、男はすっと両手を掲げる。男の手には大きな鏡が握られている。それは女王の部屋の中、赤いビロードのカーテンの奥にかけられていた、あの鏡である。かなりの大きさと重さであるはずなのに、男はひょいと、まるで羽でも持っているかのような軽さでその鏡を掲げている。男が緩慢な動作で鏡を女王に向ける。と、同時に空気を打ち破るかのように、少女が冷静な声音で言い放つ。

「女王様、あなたの耳、もうすでに長くなっているわよ」

 少女の言葉にオーランドと兵士たちは階段の上の女王を見た。女王も鏡の中の自分を見た。

 そのとたん、女王の髪がもぞもぞと動いた。瞬く間に白くふわふわとした長い耳がにょっきりと飛び出る。それはまるでうさぎの耳のよう。毛深く見苦しい獣の耳。耳はぐーっと長く伸びると、女王の顔程度の長さまで伸び、ふるんと揺れた。

 女王は目を見開き、口をわなわなと震わせたまま、鏡を眺めていた。やがて、女王は震える手を自分の頭に伸ばし、その耳を触った。女王の動きに合わせて、耳の毛並みが細かく変わる。耳は幻覚ではなく、確かな質量を持ってそこにあった。

 と、同時に女王が甲高い悲鳴をあげた。

 美しい顔。少女たちを犠牲にしてまで保ってきた顔に獣の耳が生えたのだ。ショックという言葉では表しきれない感情が女王を襲う。

「どういうこと!どうして!どうして!」

泣き叫ぶ女王。長いつけ爪のついた両手で顔を覆った彼女は、その場に膝から崩れ落ちる。その女王の前にゆっくりとした動作で立ちふさがったのは少女だった。

「他人の時間を奪うのは罪なのよ」

 アリスの声が聞こえているのか、いないのか。なおも女王は嘆き続ける。その顔を覆った隙間からゆっくりと細く長く白いひげが生える。驚いた女王が両手を離した次の瞬間、彼女の目はぐっと大きく、そしてべったりと瞳の位置が分からないほどに赤くなり、前歯がきゅっと伸びてきた。白くきめ細やかな頬にはふっくらとした白い産毛が所狭しと生え始める。美しい女王はどんどん、白いうさぎに化けていく。

「長い耳は罪の証」

 アリスの声色はどこか切なげな響きを帯びている。うさぎになりつつある女王。その姿を見て、アリスは遠い遠い記憶の中の風景を思い出す。

 懐かしい故郷の世界。そこで罪を犯した男。

「ここにもいない。うさぎ……今どこに……」

「見ぃつけた」

 聞き覚えのある声。ぞっとするほど恐ろしさを秘めた、あの声。

 ハッターとアリスは、声のした方を振り向く。

 部屋の入り口に彼は立っていた。ふっくらとした白い毛皮に覆われた身体。赤い目に長い前歯。そして、白く長い耳。片手に持った懐中時計をぱちんと開く。

 ハッターとアリスが動くよりも早くうさぎが動いた。円の描かれた床を横切り、二人の横を駆け抜け、女王へと駆け寄る。うさぎの持った懐中時計がぱっと光る。その光は懐中時計から溢れ、女王を包み込む。

「だめよ!」

 アリスはうさぎに向かって叫ぶ。その姿は先ほどまでの大人びたものではない。

「お願い!やめて!」

 叫ぶ声はうさぎには届かない。アリスの目から不意に涙がこぼれ落ちる。大きな瞳から流れでたその滴は、少女の白い頬をつっと伝う。その姿は十歳の少女そのもの。しかし、その声はうさぎには届かない。

「足りない、足りない、足りない時間」

 うさぎは歌い出す。光に包み込まれて女王の姿は見えない。

「足りないなら集めましょう」

 やがて、光はぐにゃりと姿を変える。どんどんと収縮し、女王を包み込んでいた光は手のひらほどの大きさになる。あんなに響いていた女王の泣き声が小さくなり、やがて聞こえなくなる。

「かわいいかわいいあの子のために。愛しい愛しいあの子のために」

「お願い!ハッター!」

 アリスの叫び声にハッターがいち早く動く。しかし、間に合わない。ハッターの手が光に届く前に、光はうさぎの持っている懐中時計に吸い込まれていった。懐中時計が脈打つように一瞬光を帯びる。それを確認すると、うさぎはぱっと身を翻す。

「ハッター!うさぎをつかまえて!」

 もちろんだよ、アリス。そう茶化して答える暇もない。ハッターは杖を片手にうさぎの元へと走り寄る。いつものひょこひょこ歩きではない素早く隙のない動き。しかし、それより先にうさぎの周りの空間が歪み始める。ハッターはちっと軽く舌打ちをする。間に合わない。ハッターがうさぎを捕らえるよりも早く、うさぎはその歪みの間に身を踊らせ、消えてしまった。

 ハッターは少しいらだちを隠せないように、うさぎが立っていた場所を杖でこづいた。階段の上には、ハッター一人。女王もうさぎもいない。

「女王陛下は……陛下はどうなったんだ」

 オーランドが呆然としたように呟く。アリスはうさぎが消えた場所をじっと見つめながら答える。

「うさぎに時間を盗られたのよ。これから先残されていた時間をね……あなたたちの女王が女の子たちから時間を盗っていたのと同じように」

 アリスの言葉にオーランドと兵士たちはうつむく。この少女には何もかも分かっているのだ。女王がしてきたことも、それに兵士たちが結果として加担していたことも。

 いつまでもうさぎのいた場所を見つめ続けるアリスの元へ、ハッターがそっと駆け寄る。そして、丁寧にアリスのことを抱き上げた。アリスはハッターの長い耳をそっとなでると、呟くように言う。

「行きましょう、ハッター……うさぎを探しに」

「もちろんだよ、アリス」

 ハッターの声は思った以上に優しくて、アリスはそっと目を閉じた。


     ***


 次の世界へ渡る。ハッターの杖が持つ力で。

 体が離散し、浮遊する感覚が訪れる。自分の形が分からないもやもやとした感覚。世界と世界のはざ間のこの空間では、人は人の形でなくなり、うさぎもうさぎの形でなくなる。ただの粒子の集まり。この状態を経由しないと、時空を超えて別の世界へ渡ることはできない。

 だが、それも一瞬のことで、すぐに粒子は収縮する。集まり、人の形を成して、アリスはアリスになる。

 視界を覆っていた白い光。それがもやが晴れるようにすっと消え、薄暗い風景が現れる。足元に広がる石畳、両脇を塞ぐ背の高い壁。そこは路地裏のようだった。今は夜であるようで、壁の隙間から見える狭い空は、濃い青に身を染め、いくつかの星を携えている。町は誰もいないかのように静か。それは夜のせいかもしれないし、もしかしたら本当に人がいないのかもしれない。

 たくさんの世界を渡るうちに、廃墟も多く見てきた。単純に放棄されただけという町もあったし、世界から生き物が消えてしまったためにできた廃墟もあった。

 まあ、いい。

 この町がどういう町かは朝になれば分かる。

「大事なのは、うさぎがいるかどうかだわ」

 誰に聞かせるでもなくつぶやいたアリス。それにへらへらと笑うような声が答える。

「そのとおりだよ、アリス」

 ハッターの声ではない。聞き慣れているが、あまり聞きたくない声。

 ハッターとアリスは声のした方を見る。近くの民家の屋根の上、そこに彼はいた。闇夜に溶け込みそうなほど濃い黒の服に身を包み、同じように黒い三角耳をちょこちょこと動かしている。夜に紛れそうな見た目をしているくせに、にやにや笑いのせいでむき出しになっている歯だけが月の光を反射して暗闇の中で妙に映えている。

「御用はなにかしら、ネコ」

 アリスはつっけんどんに言い放つ。ネコはなお一層にやにやと笑うと、おどけたように首をかしげる。

「冷たいねぇ、アリス。僕はこんなに君のことが好きなのに」

 返事もせずに、無表情でネコを見つめるアリス。その様子に隣のハッターが困ったように微笑む。

「用を言いなよ、ネコ。僕らにはあまり時間がないんだ」

「お前には聞いてないよ!」

 気分を害したように、歯をむき出しにするネコ。笑っているのではなく、威嚇のためのようだ。

「長耳のくせに、時間、時間、と。お前にそう言う権利はないんだよ」

「ネコ」

 アリスが鈴を転がすような声で言う。

「何の用?用がないなら、私たちもう行くわよ」

「用はあるさ」

 ネコはアリスに向かってにやりと笑うと、その細身をしならせて屋根の上から地面へと飛び降りた。かなりの高さがあったが、まるで衝撃を吸収するかのようにひざを曲げ、しなやかに着地してみせる。

 ネコはアリスの周りをくるっと回りながら言う。

「女王がご立腹なんだよ。……アリス、君はうさぎが『あの世界の女王』の時間を吸い取るのを止められなかったね」

 ネコの言葉にアリスは片眉をぴくりと動かす。動揺の色は見せないまでも、少し気に触ったようだ。ネコはそんなアリスの様子を見て、嬉しそうににたーっと笑う。

「『あの世界の女王』は自分の若さのために、若い女の子の時間をかなり吸い取っていた。うさぎは『あの世界の女王』が元々持っていた時間だけじゃなくて、『あの世界の女王』がそうやって女の子たちから集めた時間も吸い取ってしまったんだよ」

「うさぎは既に罪人だわ。たくさんの人からたくさんの時間を吸い取っている。事例が一つ増えただけだわ」

 アリスの言葉に、ネコはやれやれと言ったように首をふる。

「違うよ、アリス……分かっているくせに」

 ネコの言葉にアリスは答えない。代わりにハッターが答える。

「我らの女王は『あの世界の女王』を処刑したかったんだね」

「ふん。まあ、長耳もたまには的を射たことを言うね」

 ハッターに食いつかんばかりに不服そうに顔を寄せながら、ネコが言う。

「そうだよ、女王は彼女を処刑したかった。時間を奪った罪でね。時間を奪った罪人を処罰するのが我らの女王の役目。そして、それがこの世の秩序だ。ところが、裁かれるはずの罪人をうさぎに横取りされてしまった」

「秩序を乱されて……女王はかんかんってわけね」

「そのとおりだよ」

 何が嬉しいのか、ネコは歯をむき出してなお一層にたりと笑う。対してアリスはやや不機嫌そうだ。相変わらず無表情を取り繕っているものの、どこか不満気な雰囲気が漂う。アリスが可愛らしい声で、しかしいつもよりも棘のある声で言う。

「それは分かったわ。確かに、『あの世界の女王』の時間がうさぎに取られる前にうさぎを捕まえられなかったのは私たちのミスよ。でも、『あの世界の女王』が他人の時間を奪っていることに早く気づいて、処刑場に送っていれば、うさぎに時間を取られることもなかったわ。……罪人の洗い出しはあなたたちの仕事よね、ネコ」

 アリスに言われて、ネコはにたにた顔を引っ込める。

「……正確には僕と兵隊たちの仕事だ」

 うなるようにネコは言うと、すぐに平常心を取り戻したかのようににたりとした笑みを浮かべる。

「まあ、僕のメインの仕事は君を監視することなんだよ、アリス。『あの世界の女王』について怒られるのは、僕じゃなくて兵隊どもだ」

 暗闇の路地で、ネコの白い歯が月の光を反射してキラキラ光る。まるで宙に浮いている白い三日月のようだ。その三日月をうっとうしげに眺めるアリスは、耳の横に落ちてきたふわふわの金髪を小さな仕草でかきあげる。

「その兵隊ども、だけど」

 アリスは冷静なままの声ですっと言葉を続ける。

「裏切者がいない?」

「兵隊どもに?」

「正確にはあなたたちの陣営に」

 ネコはにやにやと笑いながらも、口を挟んでこない。何事かを考えているようだ。そんなネコをアリスは横目でねめつける。

「『あの世界の女王』に時間の奪い方を教えた人がいるはずよ……時間の奪い方を知っているものは、そう多くはないはず」

「ふむ、調べておこう。確かにそこから先は僕たちの仕事だ」

 ネコはしたり顔で頷くと、しなやかな動きで、家々から張り出した小さな屋根や窓をひょいひょいと登ると、ひらりと最初いた屋根の上に飛び乗った。

「さあ、アリス、君は君で急がなきゃいけないよ。早くうさぎを捕まえるんだ……気まぐれな我らの女王がいつ君の時間を終わらせるとも限らないよ」

「……分かってるわ。そんなこと言われなくても」

 アリスの言葉にネコはにたーっとした笑みを浮かべる。ネコの体が周囲の闇に飲み込まれるかのように、溶けていく。輪郭が消えて、薄気味悪い笑みだけが空中に浮かぶ。

「じゃあね、可愛いアリス」

 ネコの言葉だけが反響する。アリスは言葉を発することなく、鋭い目つきでネコのいた場所を睨みつけた。

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