地下都市

根岸は眠い目をこすりながら、薄暗がりの中でモニターを見つめている。流れているのは、この地下世界を治める、人民党の記録映像だった。


「同志たちよ、掘り進めろ。我々の輝かしい未来は地下深くにある」


当時の人民党首席、正岡潤一が演壇で檄を飛ばす。かつて東京と呼ばれたこの街に、党は地下シェルターを建造している。いずれ世界の大半を放射線が覆い尽くすであろうことは、当時の人々にとって共通認識であった。


党が目をつけたのは、東京の街に眠るシールドマシンたちである。地下空間を掘り進めるために使われた機械たちは、役目を終えても再び地表に引き上げられることはない。地質や工事の特殊性、なにより「重たい」ことで、彼らはいわば「使い捨て」同然に放置されていた。あながち、資本主義の被害者とも言っても差し支えないだろう。自分が掘り進めたトンネルの最終地点で、その巨体を横たえていたのだから。


場面が切り替わり、シールドマシンの姿が映る。軽く人の身長の10倍はあるドリル部分に、技師たちが命綱を着けて取り付き、大小さまざな工具で修理を始める。心なしか、彼らの顔は明るい。世界は着実に破滅へと向かっていたものの、この東京の地下都市だけは、後に「大掘削時代」と呼ばれるほど活気に満ち溢れていた。地下都市建設は、増えすぎた人口に住む場所を与えるだけでなく、格好の稼ぎ口にもなった。海に近い東京で無理な掘削作業に従事する以上、毎日どこかで事故が発生した。どれだけの人々が生き埋めになったとしても働き手の確保に苦労がなかったのは、誰もが羨むほどの手当を得られたからだ。また、長年危険な工事携わるか、工事中にその命を失った者は、家族を含めて地下都市への定住権を与えられる。東京の地下都市建設には、いわゆる日本人のみならず、かつて中国やロシアと呼ばれた地域の人々も、海を渡って工事に参加していた。


映像が再び主席に切り替わる。「プレモディッドたちとの戦いなど、他の奴らに任せておけばいい」正岡は力強く語る。「もともとは欲深い資本主義者どもが、人間の肉体までも資本の一つだと錯覚して作り出したのがあの怪物たちだ。自らのツケは自らで払えばいい」周囲から喝采が鳴り響く。その様子に満足した様子で、正岡は周囲を見回し、そしてじっと口をつぐむ。静寂があたりを包む。


独裁者がよくやるやり方だ、と根岸は思う。語るべき人間が語らずに口をつぐんでいると、次の一言は何か大事なもののように聴衆は錯覚する。これが大掘削時代なら通用しただろうが、あれからもう半世紀以上経っているのだ。人民党を心から信奉している人間など、そうそういないはずだろう。


「おつかれさん、熱心なこった」


モニターの横からふいに田久保が横から顔を出す。不思議と今日は酒臭くない。


「珍しいな、お前がこんな遅くなのに酒を飲んでないなんて」


ぼさぼさの頭を掻きながら、たまには真面目に仕事をするんだぞと田久保はぶつくさ呟く。酔っ払いの彼がこの仕事をクビにならないのは、独特な嗅覚が省内で評価されているからだ。


「ところで、また一人やられたようだぞ」


田久保のその一言に、根岸が顔をしかめる。「その言い方だと、また同じ殺し方なのか」


「ああ、そうさ。心臓をグニャリと一撃だ」


田久保は右手で何かを握りつぶすようなジェスチャーをしながら、にこやかに答える。


「どうやら下手人は相当凝り性らしい。現場には一連の動機を裏付けるあるものが残されているそうだ」


根岸は腰をあげ、正岡が演説を続けるモニターのスイッチを切って、壁にかけたスーツを掴む。田久保はやれやれといった表情でそれを眺めながら言った。「深夜手当を貰うにはちょうど良い口実だな、俺も一緒に行くよ」


二人は殺人現場である、旧市街へと向かった。

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