渇き

じめじめした風が頬に触れる。リューリクは足早に旧市街を進んでいく。半世紀以上前の「大掘削時代」、活気のあったこの街に、もはや当時の面影はない。薄汚れた老人が、道端に積まれたガラクタの山から金目のものを探している。彼らが探しているのは木材だ。この地下世界で木材を調達することは難しく、中でも天然のものは高値で取引された。昔は木材でありふれていた旧市街のゴミを漁れば、目当てのものが見つかるかもしれない。ぶつぶつ言いながらガラクタを仕分ける老人を横目に、リューリクは思う。最後に乾いた空気を感じたのはいつのことだろう。


照りつける太陽、眼前に広がる砂漠、そして血を吹いて転がる友軍の兵士。砂に赤色が染み込んでいくのはあっというまだった。搭乗していた輸送機は、彼が宙に飛び出す直前に撃ち落とされたのだ。運良く死を免れたものの、リューリクは痛む身体を砂地に横たえている。


前方から敵の兵士が近づいてくる。かれらの戦果を確認しに来たのだろう。リューリクはうつ伏せに倒れたままじっと動かない。敵は3人。転がる死体の一人ひとりに銃剣を突き刺していく。相手がプレモディッドだと敵は知っている。完全に息の根を止めなければ、自分がそうされることを理解しているのだ。


リューリクはまだ動かない。


(俺が後ろの二人やる、お前は一人を一撃で決めろ)


割り込んできた思考を読んで、彼は安心した。良かった、中尉は生きている。瓦礫の後ろで、銃を構えてじっと周囲を見回している。イワノフ中尉の視野を借りて、敵の動きを観察する。胴体から下がない兵士(あれは多分イーゴリだ)に、一人の兵士が幾度となく銃剣を突き立てる。しばらくして飽きたのか、今度はリューリクの方に向かってくる。


血まみれになった刃を突き下ろそうとしたその瞬間、銃声が鳴り響き、後方の一人の兵士が崩れ落ちた。リューリクは素早く立ち上がり、目の前で呆然とする兵士の胸に勢いよくナイフを押し付ける。プレモディッドほどの力があれば、背中まで串刺しにするのは容易い。最後の一人がライフルを構えリューリクに照準を合わせる。その引き金は引かれることはなく、中尉の放った弾丸によって、持ち主はその命を失った。


「中尉、ご無事でしたか」ナイフを腰に戻して、リューリクはイワノフに近づく。


「なんとかな」砂地に広がった輸送機の残骸を見ながらイワノフは言う。「どうやら、ここいらで生き残っているのは我々だけのようだ」


プレモディッドはその型番により性能が定められており、イワノフ中尉は第三世代という当代の最新型だった。第三世代はこれまでのプレモディッドと異なり、思考伝達のハブとなることができ、リューリクのような第二世代とも視野や思考といった感覚を共有することができる。イワノフの呼びかけにリューリクしか応えないと言うことは、墜落現場にいる生き残りは彼ら二人だけだということだ。


しかし、共有されるのは思考や視野だけではない。痛みや悲しみといったものも、彼ら第三世代は共有できる。輸送機の残骸とともに漂っているプレモディッドたちの感情が、打ち寄せる波のようにイワノフの思考に侵入してくる。そしてそれは、一筋の涙となって右目から流れた。だが、イワノフの顔に悲しみの色は見えない。プレモディッドの彼は、感覚がオーバーフローしないよう涙を流すことで感情を処理しているだけで、彼の中ではすでに別の思いが生まれていた。


「合流地点に急ぐぞ。どんな犠牲を払っても、残りの仲間を助けなければならぬ。再起の芽を絶やすわけにはいかないのだ」


「そうだ、どんな犠牲を払ってでも、地下世界の羊どもに復讐をしなければならない」

当時の中尉の言葉を思い出しながら、リューリクは地下の旧市街を歩いていく。あのおぞましい砂漠での戦いがあったからこそ、いまこの地下世界で俺たちが存在しているのだ。生き残った我々は、何としても復讐を成就させなければならない。

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