E.見えない(27分)

Eさんは幼い頃に角膜の手術をして、一ヶ月ほど目に包帯を巻いたまま過ごしていたことがある。

「当然、小学校を休んでの入院だったんですけど、身体はどこにも怪我なんてなかったから」

半月もすれば慣れてしまい、ベッドで寝続ける生活にも飽きが出てくる。

その結果、彼女の趣味は病院内の散歩となった。

「深夜の人にぶつかる心配のない時間帯ですね。そこでゆっくり壁に手を付きながら歩くんです」

最初は自分の病室がある階だけだったのが、段々と他の階や屋上へも出歩くようになり、一度は他の患者に見つかって悲鳴を上げられて、大騒ぎになった。

「怒られたでしょ」

「めちゃくちゃ怒られました。でも全然やめられなかったんですよね」

夜の散歩は包帯が取れるその日まで続いたという。

「今日で最後だから、って。行けるとこまで行くつもりでした」

階段をいくつも渡り歩いて、下へ。自分の部屋の位置も思い出せないほどに、彼女は熱中して徘徊した。

「明け方も近い頃だったと思います。細長い廊下で、やたらゾクッとする場所でした」

夜の病院とはいっても、本当の無人になるオフィスなどとは違って、夜勤の看護師は働いているし、患者らも大勢寝ている。そのためどの場所に行っても一応は人の気配というものを感じたのだが。

「あまりに物音がしないので、物置か機械だけの階なのかなと思いました」

なら見つかる心配もなく好都合と、廊下を奥へ。

行き止まりの部屋が開いていたので、中へ入ろうとしたところを。

「コラって、掴まれました。男性の患者さんだったと思います」

子どもがこんなとこへ来てはいけないと怒られて、Eさんが渋々口にした番号の病室まで連れて行かれた。

「今思えば、冷たい手だったかもしれません」

不満たらたらでベッドに寝かしつけられたものの、しかしなんだかんだで歩き疲れていたのか、狸寝入りをするうちに本当に眠ってしまったのだそうである。

「翌朝、看護師さんの悲鳴で起こされました」

盲目のままに混乱し、問いただされている内容も頭に入らず、呆然としたという。

「あとから聞いた話では、私のベッドに向かって血の足跡があったそうです」

その上、Eさんの腕やシーツには血の手形があったため、一時は大怪我をしたのかと身体中調べられたが、どこにも怪我跡がない。

「それによくよく見ると、床の足跡ってのが往復になってて」

先をたどると、地下の霊安室まで伸びていたという。

しかしそこに収められた遺体のうちの誰がEさんを病室まで連れて行ってくれたかは、ついぞわからなかったという。

「お礼に線香くらい上げたかったんですけどね」

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