第6話 ユキ。

 夕食後、僕はまたリーダーと落ち合い、老婆の所へ向かう。日が沈むまでずっとユキの側にいた。今外に出るわけにはいかない。ユキには待っていて欲しいとだけ告げた。一番不安で怖い思いをしているのは彼女自身だ。そんな彼女を一人ぼっちにさせるのは心配でたまらない。なるべく早く、理由なり解決策なりを知りたい。そしてちゃんとユキに説明をして、不安を取り除いてあげたい。その一心だけだった。ユキはわかったと頷いて、待っている、とだけ言った。

 テントにつくと、足音で気がついたのか昨日と同じ声。

「入っておいで」

 恐る恐る中に入ると、香で煙たかった。目に染みる。老婆の後ろに若い娘が二人隠れるようにしてこちらを見ていた。なんとも異様な雰囲気だ。

「そろそろ来るころだと思ってたよ」

 そこに座りさないと言われ言うとおりにした。変な色の飲み物を出される。一体何だろうと考えていると老女が口を開いた。

「人間もどきさ」

 ランプの炎が揺れる。飲み物を観察していた僕はその言葉にどきっとする。まだ何も質問をしてもいないのに。もどき? 僕には意味がわからない。確かに成長は早いが、いや、早すぎるがユキは人間だ。老婆はにやりと笑う。

彼女はずっと僕の目を見ている。隣のリーダーには目もくれず、貫くように僕を凝視する。居心地が悪い。

「どういうことですか?」

 リーダーがたずねる。

「人間によく似た動物だ」

 耳を疑う答えだった。

「見たこともないのに?」

 僕は思わず口をはさんでしまった。グループではリーダーが権力を持つ。発言順位は僕は低い。けれど言わずにはいられなかった。

「見なくともわかるさ。あんたを見ていればわかるんだよ」

 そう言い僕の目を指差す。

「人間もどきって、でも彼女は人間と同じですよ」

 必死になって反論するが、老婆は表情一つ変えない。

「いいや違うね。お前さんももうわかってるんだろ?あれが普通じゃないって」

 僕は何も返せない。老婆の言うとおりだ。ユキは普通ではありえないスピードで成長している。おかしいのは、十分承知だ。

「我々とは違う種族だってことさ」

 またにやりと笑う。

違う種族?違うグループではなくて?ぷはーと煙管を吐く。煙たくて目に染みる。

「大昔に、我々人間は違う星に生きていた」

「星? あの空にある星に? 」

 急に話の内容が跳び僕は聞き返す。あの無限のある星々のどこかに、僕らの祖先が住んでいたというのか? ありえない。先ほどからいいかげんな事を言っているようにしか思えない。

けれど老婆はもう笑ってはおらず、細い目で呟く。

「星が死んで人間はこの星に移住した……もうどれ程昔かはわからない程太古に」

 そんなおとぎ話信じるわけがない。

「けれど人間とは愚かな生き物でな。また同じ事をくり返し争い合った。そして奇跡的にも生き残ったのが今の人間さ」

 笑えない話だ。しかしリーダーは真剣に聞き入っている。まさかこの老婆の言ったことを信じるというのだろうか?

「その女はこの星の天然生物じゃ」

僕はその言葉に衝撃を受ける。

「この星の生き物、つまり先住民」

「先住民……」

思わず口に出す。

「大地へ潜り、何年間も眠りつづける。

そして目覚めるとその姿は人間に良く似てるという」

「なぜそんな事を知っている」

 リーダーが厳しい声で問いただす。そんな話、誰も耳にしたことは無い。信じがたい事だ。

「長く生きたからねぇ」

 それでも余裕な顔でぷはーと煙管をふかす。

「うちの一族の仕事は記憶を受け継ぐことじゃからのう」

 煙管を一服し、また話しは続いた。僕は唖然とするしかない。確かにユキはどこか普通の人と違う雰囲気を持っているが、それが彼女の個性だと思っていた。けれど、いつも違和感を覚えていた。何かが少しずれているような、そんな感じが。けれども人間じゃないだなんて、他の生き物だなんて、信じられない。信じたくない。頭を抱えて叫びたくなる。

「やっぱりそうだったんだ」

 はっと後ろを振り返ると、ユキが笑顔で立っていた。

「記憶なんて、最初からなかったんだ」

 震える声でユキが言う。すでに成人と同じ程の容姿になっていた。

「そうさ」

 僕が何か言おうとする前に老婆が答えてしまう。

「私は、他の人とは違うんですね」

にやり、とまた笑う。

「自分で自分のことぐらいわかっているんじゃろう」

何も言えず言葉に詰まっているようだった。助け舟を出そうとするが、何も言えなかった。

「そうさ。あたしらはお前さんとは別の生き物じゃよ」

「わたし、人間じゃなかったんだ……」

 ユキは今にも泣き出しそうな顔で笑う。そんな笑った顔なんて見たくない。胸が痛む。

「ユキ!」

「もう放っておいて」

「そんなこと出来るわけがない!」

 あのあどけない少女は、もう僕よりもずっと年上にしか見えない。けれど、ユキはユキだ。外見がどんなに変わろうとも、僕は……。

「あなたのお節介なんてもういらない!」

 怒ったユキを見るのは初めてなので僕は驚く。しかしここで引き下がるわけにはもちろんいかない。

「私は人間じゃない! 初めて会ったのがあなただったから一緒にいただけ! でもそれも全部、人間に混じるためにね」

「それでも僕は君が好きだよ」

 何故か僕は落ち着いて、その言葉を口にできた。

「ばかなことを言わないで」

 しかしユキは相手にもしてくれない。僕の真剣な告白は簡単に踏み潰された。

「ユキ! ちゃんと僕の話をきいてくれ」

 肩を掴むが、簡単に振り払われる。

「嫌よ。お願いだからもう二度と私と関わろうとしないで。私は一人でも生きていける。そうでしょう?人間じゃないもの。あなたがいなくても生きていけるの。もう平気きなの」

「ユキ……」

 取り付く島も無かった。

「私は別にあなたじゃなくても良かった。都合の良い人間だったら誰でもよかったの」

「そんなっ」

「ただの勘違いだった。初めて会った人だからなついただけだったの」

 吐き捨てるようにユキは言葉を続ける。

「『大丈夫』だよ。大人だから一人でも生きていける」

「人は一人じゃ生きていけないよ」

 それでもユキは

「私、人間じゃないから」

 にこっと、あの初めてみた笑顔と同じように笑う。僕は何も言い返せない。無理をしているのがわかるのに、その笑顔が僕は大好きで、でももう一緒にいることが辛いと彼女は言って……。

でも僕は一緒にいたいのに

「違うよって、言ってくれないのね」

 はっと、その苦しい表情に驚く。悲しそうに、笑う。

「好きだった」

 そう言って、彼女はテントを去っていった。僕は動けなかった。止められなかった。理解できなかった。そして彼女を追い詰めてしまった。悔がどっと押し寄せてき、僕は立ち上がる。ユキの気持ちを考えれば、当たり前のようなことだった。愚かな僕は何も気づけなかった。悪いのは全部僕だ。彼女を強引にグループに連れ込んで人間と同じように生活しようとした。それは間違ったことだった。ユキは人間じゃなかった。だけど僕のこの思いは、変わらない。躊躇いも無い。

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