第4話 成長。

 ユキはすぐにグループに向かえ入れられた。

他の女性たちに連れて行かれ、僕はリーダーに彼女の身元を聞かれた。

正直に答えた。

大人たちは話し合った結果、ユキは他のグループからはぐれてしまったのではないかということだった。

元のグループに合流することはおそらく不可能だろう。

これからはこのグループと共に行動することに決まった。


 しばらくすると、ユキが走ってくる。

僕に真正面からしがみつく。さすがに驚く。

「どうしたの?」

「わからないけどあの人たち怖い……」


 そう言った彼女は、白いドレスの変わりに茶色の薄汚れた服を着、髪が中途半端に切られていた。

グループの女性たちと同じような服。

長くて綺麗だった髪は無残に切りっぱなされている。


 僕は驚いてどうすることも出来ない。

段々人が集まってくる。ユキの掴む手が強くなる。

すぐに二人を中心に輪が出来上がった。

「乱暴なことしないでください!」

そう言うと、中年の女性が怒って出てくる。

「あたしたちゃ何もしてないよ!わざわざ動きやすい服をやっただけじゃないか!」

「髪切ってあげようって、親切心でやってるのになんか文句あるるわけ?!」

そうだそうだと女性人たちが口々に言う。


 確かにあの服では動きづらいし、長い髪は手入れが大変だ。

グループの普通の女性はみんな地味な色の服をまとい、髪は短く切っている。

過酷な環境下では妨害服でなければ死んでしまうし、長い髪は邪魔なだけだ。

しかしユキに納得するように説明が出来ない。

僕はユキの流れるような髪が好きだった。

「後は僕が切ります」

じろりと睨まれるが怯まない。

「ちゃんとやるんだよ!」

「はい」

そう言うと、女からハサミを奪い、ユキの手を握って走りだした。

他の誰かが切るくらいなら僕が切りたい。

少しでも綺麗に切りたい。

僕はその時違和感を少し感じた。

なぜかはわからなかったが、何かがおかしいような気がした。



 ユキは沈んだ表情のままで、僕は森の川近くまで行き座らせる。

知らない人に囲まれ、服を強引に着せられ、いきなり髪を切ろうとされれば誰だってパニックになる。

もっと気を配るべきだったと僕は反省する。

ユキは記憶が無く不安でまだ慣れていない。

側にいるべきだった。

今はまだひとりにしてはいけない。


 後ろから声をかける。

「じゃあ、切るよ」

僕はなんとかそう言い、ハサミを握る。

「……切らないで」

 ユキは小さな声でそう呟いた。

僕は心臓が痛かった。


  僕だって、本当に彼女の美しい髪を切りたくなんかない。

彼女が悲しむ顔なんて見たくもない。

いつだって笑って欲しい。

グループに慣れて、一緒に生きたい。

彼女を、彼女を苦しめるものから守りたい。


 髪を梳かしながら、僕は迷う。

グループの決まりは守らなければならない。

絶対条件だ。

「でも切らないと帰れないんだ」

「……あなたも他の人と一緒なの?」

「僕は、君のこの髪好きだよ」

そう言い、髪を指で梳く。絹のように柔らかでさらりとしている。

「あなたも私が頭のおかしい人だと思う?」

「思わない。少し記憶が無いだけ」

すぐにそう返すと彼女は振り返る。

するっと髪が抜けていく。

「どうして私にそんなに優しくしてくれるの」


 僕は言葉が詰まった。

どうしてか。答えは、彼女が悲しむのを見るのは耐えられないからだ。

「どこの誰かわからない私をどうしてかばってくれるの?

いつ記憶が戻るかもわからないし、戻らないかもしれない。

私をかばうと、あなたの立場も危ういのにどうしてそこまでしてくれるの?」

早口に、切羽詰ったように彼女は聞いてきた。

好きだから、なんて言えない。

「そんなに優しくしないで。記憶が戻った時苦しいに決まってる。

あなたはきっと本当の私を知ったら置いていってしまう。そうでしょう?」

「そんなことはない!」

僕ははっきりと断言する。

「君が誰であろうと、記憶が戻ろうと、僕にとって君は君だ」

言ってから、恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。

彼女も頬を染めて静かに小さくうなずいた。

「ありがとう」

ユキはよく、僕に『ありがとう』と言う。口癖のようなものだ。


「髪、切るよ?」

「……うん」

「たぶん上手く切れないと思うから先に謝っておくよ」

 そう言うと、おかしそうに笑う。さっきまでとは大違いだ。

ユキの笑顔はとても可愛い。

「夏だし短い方が楽だよきっと。冬になったら伸ばせばいい」

ハサミを入れながら僕は言う。

「でもきっとあの人たち文句言う」

「そしたら僕が間に入ってなんとかするよ」

「さっきみたいに?」

「そう」


 少しずつ切って行く。手先は器用な方だが、女性の髪を切るのは初めてだ。

村の女性は長さがばらばらだったり、からまっていたりする。それが普通だ。

他の誰よりも良い髪形にしようと、僕は必死に切る。

その間は、二人とも無言でハサミの音だけがした。




 僕らは木陰の風が透る場所に並んで座った。

風の通り道。

さらりとユキの短くなった髪が揺れる。


  ユキは首筋に手を当てて、目をつむって風を感じている。

結局僕は髪をあまり短く切れなかった。

それでも肩に少しかかるくらいまで切った。


 白いうなじに惹かれる。

日焼けしていない白い肌、大きな瞳、潤った肌、整った顔立ち。

幻のようにさえ見える。

そんな事を考えながらじっと見ていた僕にユキがきづく。

笑って、髪の礼を言われる。


 時間がかかったが、髪は綺麗に切りそろえられた。

ユキに似合うように気を使いながら少しづつ切った。


 切り終わると、水面に顔をうつししばらく見ていた。

ユキは納得した顔で戻ってきた。

また「ありがとう」と言われる。

たいしたことはしていないのに。


 僕らは時間を忘れて寄り添うように風に吹かれた。

しかし時は止まることは無い。

少しづつ暗くなってきはじめたことに僕は気がつき、帰ろうと言った。

ユキは気まずそうか顔をしたが、立ち上がった。


 ユキがすっと手を出す。

僕は握り返す。

ユキは手を繋ぐのが好きだった。

置いていかないでね、と言って笑った。

不安なのだろう。


 ところでこの違和感は何だろうか。

先ほども感じていたが、何かがおかしい。

考えるがわからない。

森を抜けしばらく歩くと、グループにつく。

ふいに後ろを振り返った。

ユキが不思議そうにこっちを見る。


 そしておかしな事に気がついた。


 ユキの方が僕より背が高かった。


 おかしい。


 初めて出会った時は、同じ年頃の少女だった。

繋いだ手も、ユキの方がしなやかで大きく、指が長かった。

そんなはずは、と彼女の顔を見つめると、にこりと微笑まれた。

その微笑みは少女のものではなく、女性のものだった。

僕は愕然とした。何が起こっているのかわからないが、彼女は僕よりもどう見ても年上だった。

一体どうして……。


驚き、立ち尽くした。

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