第6話 活動記録⑤

いよいよ、文化祭1日前となった。が、あと一歩の一歩が途轍もなく遠く、日曜の午前を全て使ってしまっている。

途方にくれる中、ふと日向先輩が言っていた事を思い出す。


「『恋愛』は『そのまま』か」


逆を言えば『恋』は『変化』と言うことになる。もっと詳しく聞いてみようか。なんの役に立つのかわからないけど。まず、一番身近な人からかな。


「……桜ー!飯作るの手伝えー!」


すぐにドタドタと聞こえ、バンッとドアが開く。


「絶対嫌!」


「手伝え」


「私将来お兄ちゃんのヒモになるんだ」


「マジでやめてくれ」


きっとすごい顔をしてしまったのだろう。桜は慌てて冗談だってと言った。


「なあ桜」


と、切り出したのは昼飯を作り終え一口二口食べた頃だった。


「何?お兄ちゃん」


「夏休みさ、桜告白したろ?」


「うん」


「今すぐにでも付き合いたいほど好きだったのか?」


「うん」


「…そか、ありがとう」


「ん?どいたま」


何故礼を言われたのか分からないと言った表情で桜はそう言った。

その表情を見た僕はなんだかおかしくて、笑ってしまった。


「どいたまって何さ」


「どういたしましての略じゃん」


「分かんないよ」


僕はまた笑う。すると桜も笑い始め、しばらくそれが続いた。


***


翌日、文化祭1日目が始まった。僕はある人を訪ねる為に始まってすぐに3年教室棟に来ている。

と、見つけた。あのショートポニーはどこか特徴のあるもので見間違えることはない。


「岡原先輩」


「ん?おお!玲人君じゃん」


「お久しぶりです、霧峰先輩、凄かったですね。甲子園」


「うん。優勝しちゃうもんね。ほんと誇らしいよ。てか見たの?」


「はい。父親がいきなり甲子園の決勝見に行くぞって言って連れてかれまして。準決勝まではテレビで拝見してました。あと、岡原先輩も準優勝おめでとうございます。惜しかったですね」


「それも見にきた?」


「はい。妹がどうしてもと」


と言うと岡原先輩はあははと笑った。


「君は引っ張りだこだね」


「家族にですけどね。…あの、先輩。先輩はあの告白の時、今すぐにでも付き合いたいと思ってましたか?」


と聞くと岡原先輩はうーんと唸ってから首を捻った。


「そうだなぁ。そうでもないかな。お互い大会があったし、悠美と玲人君が手伝うって言ったから、じゃあ告白しよっかなって」


「そうですか、ありがとうございます」


「ん、お役に立てたなら良き。じゃあね」


「はい。楽しんで下さい」


次は、宮野さんか。見つけれたらいいんだけど。


「とりあえずうろうろしてようかな」


そういえば先輩は午前の1番最初のシフトに入っているらしい。

…そっちに行くのもアリだな。メイド喫茶だっけか。うんそっち行こう。確か3年の多目的教室だったよな。さて、つい…………たけど、まあ予感はしていた。超並んでる。

やる事ないんで並ぶんですけどね。

かなり時間がかかると思っていたが回転が早かったりするのだろうか、30分を過ぎた辺りで席に着くことができた。

ここで気づく。1人と2人以上で並ぶ場所が違うことを。早かったのはだからかな。


「ご主人様、ご注文は………」


聞き慣れた声が聞こえた。そちらを向くと先輩が軽く赤面し、固まっている先輩がいた。何処にでも売っているようなメイド服だが先輩が着ると可愛いしなんとなくエロい。長い黒髪と相性バッチリだ。


「…パンケーキと………」


「何か言わないか」


と、お盆で軽く叩かれる。


「ちょっと悠美!お客さんだよ!」


と、友達らしき人が駆け足で寄ってきて先輩に注意した。


「あー、いえ大丈夫ですよ」


「そうだ。部活の後輩だからな」


その理論はちょっと分かんないです先輩。


「まあそう言うなら…ほどほどにしときなよ」


「了解した……で?」


「ああ、凄く似合ってますよ」


「ま、君ならこんなものか。注文は?」


「パンケーキとアイスココアでお願いします」


「了解」


その数分後、注文したパンケーキとアイスココアがきた。


「お待たせしましただ」


「ありがとうございます」


「さっさと食って出て行け。それで部室で待っていてくれ」


「へ?あ、はい」


振り向いた時には既に遅く、先輩はそっぽを向いていた。

その後は言われた通りに10分ほどで食べ終わらせお会計を済ませ部室に向かった。

そして午前10時を過ぎた辺りでドアがガラッと開く。


「よし、行くぞ」


「何処にですか?」


「何処と言っても1つしかないだろう。一緒に文化祭を楽しもうじゃないか」


「なるほど。了解です」


僕は文句も何も言わずについて行く。


「何処からですか?」


「綿菓子」


「あ、はい」


僕は先輩の子供っぽい一面に苦笑いしつつ保護者の如くついて行く。

その保護者はいつの間にか荷物持ちになっていたのは、また別の話であるためスルー。


「君は何か食べないのか?」


昼過ぎ、先輩は今思い出したかのように僕に問う。そうは言っても僕も空腹に気づいていなかったが。


「あー、そうですね。たこ焼きでも買います」


パッと目に入った食べ物を言い、駆け足で買ってくる。幸い空いていたため1分もかからなかった。


「………」


「………一個いります?」


「いる」


「遠慮無いですね」


そう言いつつも僕は先輩に割り箸を割って渡し、たこ焼きの入った皿を差し出す。


「ありがとう」


先輩は受け取るのと同時にそう言い。たこ焼きを丁寧に半分にしてふぅーと冷まそうと息を吹きかける。その時髪を耳にかける仕草に不覚にもドキリとしてしまった。

そうこうしているうちに先輩はひとつ食べ終わり、箸を渡してきた。

…この箸は先輩が躊躇いなくたこ焼きと一緒にパクリとした箸だ。箸に口を当てないようにしてもたこ焼きが触れてしまうため意味がない。まあ先輩も気にしていないようだし、僕が気にする必要はないな。うん。

パクリ、と口に含んで気づく。先輩を気にしないように食べたことによって先輩が冷まそうと息を吹きかけて食べていたことすらも気にせず食べてしまった。


「あふっ、はふ、んく…んぐッ……熱い…!」


「ぷっ…大丈夫か?」


「…ええ、まあ」


「気をつけろよ?」


「すいません」


それから僕が食べ終わるまで先輩は面白おかしそうな表情で僕を見ていた。それが気になってたこ焼きの味が薄く感じた。

そして。


「先輩」


「ん?」


「僕シフトの時間です」


「ん、分かった。終わったら部室に来てくれ」


「了解です」


僕はそう言って、自分のクラスに向かった。その途中で、探していた小柄な女の子を見つけた。


「宮野さん」


「わわっ、橘先輩」


「少しいい?」


「どうしたんですか?」


「どうしても、凪田君と付き合いたくて、僕に相談したの?」


「そりゃあそうですよ。それがどうかしました?」


「いや、それが聞けただけで十分だよ」


「そうですか。では!」


「うん」


さて、ひと仕事しますか。


***


文化祭1日目が終了した放課後、各クラスHRはなく、下校となった。

僕は下校前に部室に来るよう言われているのでそちらに向かう。


「先輩こんにちは」


「やあ。来たか」


「何故集まったか聞いても?」


「2つ聞きたくてね」


僕は目でどうぞと伝えた。それが伝わったのか否かは分からないが先輩は口を開いた。


「まず、書けそうか?」


前にも聞かれた気がするがその時は堂々と言えていなかったようにも思える。だから。


「はい」


と、はっきりと告げた。


「そうか。なら2つ目だ」


何を聞かれるのか、見当が付かない。きっとたわいもないことなんだと思うけれど。




「君は好きな人はいるか?」




僕は予想外な質問に一瞬戸惑うがすぐに落ち着く。そして逃げ道を見つける。


「ええ、いますよ。我が愛しの妹の桜が」


先輩は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに笑顔になる。


「あははははっ、逃げたな」


「はい、逃げさせていただきました」


「まあ、私が家族以外と言っておくべきだったか」


「それと質問は2つでしたもんね」


と、トドメを刺しに行く。先輩は少し笑い声を大きくした。


「してやられた。まあいい、帰ろうか」


「はい」


そして、いつも通り校門まで並んで歩く。今までぼーっとしていたこの時間は最近ではすぐにちゃんと思考できる状態だ。


「じゃあ楽しみにしてる」


「了解です。ではまた明日」


2つの足音が聞こえる。その心地よさを感じながら僕は帰路を辿った。

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