第5話 活動記録④
9月。今日から2学期が始まった。退屈な校長の話をウトウトしながら聞き流し、11時半で下校。12時前には家に着くはずだった。
「貴様が恋倫部のエースだなっ!」
と言い暑苦しい笑顔を向けてくる男がいなければ。僕はこの男を知っている。男子バスケ部の元部長、
「さあ。心当たりがないです。失礼しました」
「え、ちょ、相談!相談乗ってよ!」
「それなら最初からそう言って下さい」
「なんだなんだ!つれないなぁ!」
「で、手短にお願いします」
「ああ。了解した。俺さ、もう受験生だ」
何を当たり前なことを。もしや…
「む、何だその顔は。勉強はちゃんとやっている!でもな、集中が出来ないんだ。毎日その人を想ってしまってな。だからもうこの際告白をしてカップルになるか玉砕したいんだよ」
「それで区切りを付けると」
「おう!」
受験生なのに勉強に集中出来ないのはまずいよな。
「手伝えば良いのですか?」
「いや、背中を押して欲しい。精神的にも、物理的にも」
「分かりました。お相手は?」
手伝う訳ではないと聞いた瞬間、楽な仕事になるな、と確信した。
「
だから僕は名を聞いた瞬間、言葉を失ってしまったのだ。
***
柄にもなく、動揺してしまった。この立場上、いつか来るとは思っていたが…
予想以上に応えた。
何故こんなにも動揺してしまった?それだけしか考えていないというのに3時間経った今もよく分かっていない。
…いや、この表現は違う。多分分かっている。受け入れたくないのだろうと思う。頭の片隅に想い浮かべたとある可能性を。
僕は先輩のことがーーーー
バンッと、机を叩き無理矢理思考するのをやめた。
「ど、どしたの、お兄ちゃん」
「いや、何でもないよ。ごめん」
「う、うん。おやすみ」
「ああ」
***
「で、なんて言ったらいいと思う?」
「いえ、僕に聞かれても」
「うーん」
日向先輩はブツブツ呟きながらどう告白しようかと考える。
「直球でいいと思うんですけどね」
「うーん、やはり橘はそう思うか」
「はい」
すると日向先輩は頬をパンッと叩き「よし」と呟く。
「じゃ、じゃあ次はいつにしたらいいだろうか」
「そうですね。高鷺先輩たまに外せない用事があったりするのでそこに被らないようにしたいですね」
「なるほど、そこは聞けばいいな。橘が聞くとなんか勘付かれそうだしな」
「僕から予定とか聞くこと今まで1回もないですからそうですね」
「了解だ!俺は同じクラスだし、文化祭のこともあるから不自然ではないな。決まり次第報告する!」
と言って走って行ってしまった。その10分後今週の金曜。今日が水曜なので明後日に決まったと連絡が来た。
そして、木曜。放課後になり僕は部室に向かう。
「やあ、こんにちは」
「こんにちは、先輩。文化祭の準備の手伝いとかは無いんですか?」
「ああ、無いよ。君は?」
「僕も無いです」
僕は即答する。先輩は頷き、本に目を落とす。
沈黙。いつもは心地良いのに今は何だか微妙だ。まあ、そう思っているのは僕だけだろうな。そう思いながら僕も本を取り出し読む。
「『恋』と『恋愛』についての発表は出来そうか?」
「現在どん詰まりです」
「そうか。まあ文化祭の最終日に公開出来れば良いからな」
「が、頑張ります」
「あまり根を詰め過ぎてもいけない。ふとした時にぽんと出てくるさ」
「そのぽんと出てきた答えが考えた時間に比例しないみたいな事になるんでしょうね」
僕は本を置きぐぐっと伸びをする。ふと、先輩を見ると目が合った。お互い本を読みながら話していると思っていたためとてもびっくりした。
「先輩」
「ん?何かな」
……あれ?僕は何て言おうとしたんだ?何のために、先輩を呼んだ?
「……………先輩は」
コンコン。と、タイミング悪く鳴り響く。僕は短く息を吐く。
「どうぞ」
「悠美いる?」
「愛里奈か。どうした?」
「文化祭のシフトのことでさ…」
先輩は岡原先輩と共に廊下に出て話をし出した。そんな中、僕は1人でクスリと笑ってしまった。間が悪いんだよなぁと、思いながら。
それから数分後、先輩が戻ってくる。
「すまないね。それで、何かな」
「あー、間が悪かったですし、明日でも良いですか?」
「急ぎではなかったんだね。良いよ」
ここで5時を告げるチャイムが鳴る。
「帰ろうか」
「そうですね」
そして、僕と先輩は並んで歩く。だが一緒なのは校門まで。校門を出れば真逆に行く。
「…では、また明日」
「ああ、また明日」
数歩歩いて、気づいた。僕の足音しかしない事に。歩きながら後ろを見ると、まさしく今振り返ったかのように髪がふわりと舞い、帰路を辿り始めていた。
僕はその行動の意味を考えずに忘れようとした。
***
金曜。放課後になっていた。ぼーっとしていたためか授業内容が全く頭に入っていない。でも何故か板書は出来ている。日々の積み重ねにより癖と化したのだろうか。
まあとりあえず、だ。今日は日向先輩が高鷺先輩に告白をする。ってもう放課後!?
「いっけね、遅れそう」
僕は走って日向先輩との待ち合わせ場所へ向かった。
「お待たせしました」
「よっ、待ってたぜ」
「それで、僕はどうすれば?」
「背中を叩いてくれ。そんで一言くれ。あと、見ていてくれ」
「…分かりました」
僕はすぅっと息を吸う。真剣に応援したかった。だからこそ、思いっきり。
「僕に『
バンッと鳴り響く。自分なりの全力を出したが先輩を一歩たりともよろけさせる事もできなかった。
「おお、いい一発だ、橘その腕でこの威力か。うん。踏み出せなかった一歩、踏み出せるぜ」
そう言って、堂々と、一歩一歩、歩いていった。
そして。
「よ、高鷺」
「やあ日向。どうしたんだ?」
「…俺、高鷺が好きだ。付き合ってくれないか」
「……驚いた。君から告白を貰うとはな。だがすまない。私は君と付き合うことはできない」
「まあ、99%そう言うと思ってたぜ。んじゃ、これからも親友を続けてくれるか?」
「それに関しては私からお願いしたいものだ」
「そりゃ良かった。じゃあな!」
***
「…以外に堪えるな。まあこれで明日から勉強に集中できるぜ」
「明日から?」
「ああ。今日は泣くんだよ。思いっきりな」
「ッ…!」
言葉を失った。振られたとは思えない、笑みだったから。
「あの!先輩のその気持ちは、『恋』ですか?『恋愛』ですか?」
「うーん、その違いがよく分からんがなんだろうなぁ。どっちかだ、とは俺は言い切れない。でも、『恋愛』は『そのまま』って感じがする。まあなんだ。『恋愛』ではない。と言っておこうかな。じゃあ」
「はい。ありがとうございます」
僕は日向先輩が見えなくなってから、部室へと向かった。
「こんにちは、先輩」
「ああ、こんにちは。遅かったね」
「日直の仕事を丸投げされて」
そう言い訳すると先輩はクスリと笑う。
「そうか、それは仕方ない。それはそうと昨日のことだが」
「ああ、忘れてました。言っても良いですか」
「ああ」
「じゃあお言葉に甘えて、先輩はーー
ーーー好きな人はいますか?」
この問いに、先輩はびっくりしたかのように目を見開いて固まった。
「な、何故?」
「いや、そういえば去年、今日くらいの頃に同じ質問をしたなと、ふと思ったので今年はどうなのかなと」
「あ、ああ、そういうことか。そうだなぁ、いるよ。残念ながら好きな人ができてしまった」
次は僕が驚き、固まった。だがすぐにはっとする。
「先輩言ってましたよね。自分は誰かを好きになれないって。その理由、聞かせてくれませんか?」
「君が何故女性が苦手か言えば言おう」
げ。と思った。確かに言った。半分くらい嘘で言った。まあ、嫌になる出来事はあったから、それを言えばいいかな。
「僕は昔、とても暗かったんです。それでですかね、よく弄られていて、ある日。そんな僕に優しくしてくれた人がいました。僕はその人を好きになった。偽りだと、何か違うんだと思いながらも、家族以外に優しくされたことのない僕は、違和感を押し殺しました。それがクラスに知れ渡った時、女の子のグループがこう言ったんです。僕に好かれたその子が可哀想だと。それからですかね。女性を軽く避けるようになったのは」
初めて話した。家族にも言っていないことを話した。
「…君が話すから、話さなければならなくなったじゃないか」
「無理しなくて良いんですよ?」
「無理すら出来ない程くだらない話だよ。ほら私はさ、美人じゃないか」
「そうですね」
何だこの唐突な自慢は。正直びっくりしたぞ。まあ事実なんで肯定するけど。
「だから大体の男は私に惚れ、欲がダダ漏れで、大体の女は私を妬み嫉み。当時白馬の王子様を信じていた少女はうんざりして、『好き』が分からなくなって、もういいやって。告白される度にこっ酷く言って振るのを繰り返した結果が今のお堅いイメージって訳だ」
「先輩らしい話しで安心しました」
そう言うと先輩はそうか、とだけ言って微笑んだ。
一部人間は美人だから。ただそれだけの理由であの人が『好き』だと言う。
それはとても無責任で、失礼な理由だ。理想が壊されれば、失望するのは必然だと思う。
「それはそうと、だ。どうだ?進行状況は」
「あと一歩ですかね」
「そうか、楽しみにしているよ」
「はい」
それからはたわいも無い話をしながら、先輩は本を読み進め、僕はあと一歩に頭を悩ませていた。
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