第7話 活動記録⑥

正解はない。分かっていてもこれで良いのかと思ってしまう。

それでも僕はこうなんだと、自信を持って叫べる。いや実際に叫びはしないけど。

でも、それと同時に自信がない。

自信があるけど自信がない。

そんな矛盾した感情を抱きながら筆を進める。妹は1時間前くらいに寝たのでしんと静まり返っている。それがさらに僕を不安にさせる。


「あああぁぁぁぁ…」


僕は背中を反らす。ポキポキという音がとても大きく響いている。

もう少しで完成するタイミングで筆を止める。そして僕は間違ってなどいないと自己暗示をかけた。でないと何でもない最後の一文が書けない気がしたから。


「できた。寝よう」


ふらふらとベッドに向かい、倒れ込む。そして数分も経たずに眠りに落ちた。


「お兄ちゃん!」


という声がすぐ様響く感覚とともに頭に痛みを覚える。叩き起こされるとはこのことだろう。めちゃ痛い。


「…何時?」


「6時」


「ん、分かった。すぐ朝飯作る」


「あざす」


僕はのろのろと顔を洗い朝ご飯を作りすぐに弁当を作る。


「お兄ちゃん。明日お兄ちゃんの高校の文化祭見に行くから」


「おう。了解だ」


そこで会話が終わる。まあ喋る事もないしね。

僕は重い瞼を何とか開いた状態を維持し、支度を進める。3時間しか寝ていないため本当にすんごく眠い。

ベッドに身を投げ出したい衝動に耐え、1階に降りる。その数分後に桜が支度を済ませ降りてきた。時刻は8時。そろそろ出るか。


「桜、僕はもう行くけど」


「私も出る」


「ん」


僕は先に外に出て鍵を持って待機。桜は十数秒で靴を履き、ピョンと意味なく飛び、外に出る。


「鍵持ったか?」


「持った」


「弁当」


「ある」


「じゃあ何とかなるな。行こう」


僕は鍵を閉め、歩き出す。


「夜遅くまで何してたの?」


「ん、文化祭で発表する出し物をな」


「ほえー、明日見るか」


「大したもんじゃないけどね」


「ふうん。あ、じゃあ私こっちだから」


「おう」


途中にある丁字路。そこで僕と桜は別れる。

僕は数秒だけ桜を見送るように立ち止まる。


「うし、行くか」


今日はどうやって時間を潰そうか。まあ本を多く持ってきたし、大丈夫だろう。

僕はそれから学校に着くまで発表の二文字が出てこないようにどうでもいいことをずっと考えていた。


***


「おはようございます、先輩」


「ああ、おはよう」


恋倫部部室。僕は原稿と本が入った鞄を机の上に置き、ファスナーを開け原稿を取り出す。


「先輩確認よろしくです」


「ん」


と、短く返事し、先輩は原稿を受け取り、ペラリと一枚目をめくった。


〜恋倫部活動報告〜

『恋』の倫理と、『恋愛』の倫理に違いがあるのでしょうか。

まず、倫理の説明から。

倫理は倫(ともがら)の理(ことわり)が原義。つまりは関係性の道理ということです。

人間は常に『関係性』と共に生きており、『関係性』から完全に独立することは不可能です。よって倫理とは『関係性』とどう付き合って行けば良いのか、ある物事と人間の『関係性』はどうなのかということです。

それを踏まえ『恋』と『恋愛』の倫理に違いがあるのかという問題提起について。

一般的に人は一度は誰かに好意を抱きます。『恋』や『恋愛』は、切っても切れない、人の側に在るものです。そしてその『恋』や『恋愛』には、ほとんど差異はありません。

一度その人を気にしてしまえば、人は無意識に度々気にしてしまう。ここではこの段階で「ないな」と感じる可能性がないとします。

気にしているうちに思いは募り、ここで『恋』もしくは『恋愛』を意識します。

ここで大きく分けて2つの道が存在します。

『進む』か『止まる』か。どうしても進みたいという思いが『恋』、このままで満足することを『恋愛』と置くと、『恋愛』が『恋』より幼い言い方に聞こえるのも納得だと思います。

その逆、どうしても進みたいという思いが『恋愛』、このままで満足することを『恋』と置くと、『恋愛』が好きという気持ちに従順でがむしゃらな感じがあり、『恋』には静かに想いを秘めているといった感じがあります。

こっちがこう、あっちがこうとなるのはこの2つに違いがあるという証拠になります。

よって、『恋』と『恋愛』の倫理には確かに違いがあります。


***


正直に言うと、中学生が書いたやつって言っても怪しまれないくらいな文章だと思し、倫理『ぽい』文章だ。実際に自覚あり。自分ではうまく言葉にできなかった。文字にできなかった。

これに先輩はどのような反応を示すのだろうか。5分間が途轍もなく長く感じた。


「私は好きだよ。君のこの文才のかけらの無い文が」


「それって褒めてるんですか?」


「褒めているとも。内容も、私は好きだ。言いたいことは分かった。手直ししておくよ」


そう言って先輩は作業に取り掛かる。出来上がった文は原稿誰が書いたっけってなるくらいに、その、なんか、語彙力無いって言われるだろうけど、凄かった。


「よし、印刷完了だ。掲示しよう」


「はい」


掲示するのは恋倫部として使っている元第5指導室の前だけだ。それなりに人通りがある。それなりに騒がしい。けど。


「……私は『進みたい』かな」


先輩の小さな呟きは途轍もなく鮮明に、はっきりと聞こえた。僕は驚いたが、すぐに聞こえていないフリをした。


「よし、では玲人君。最後の依頼だ」


「……はい?」


最後の、依頼?


「えっと、これが書き上がった以上手伝う理由はないのですが…」


「頼まれたら断れないじゃないか」


「まあ、分かりますけど。…分かりました。最後ですね」


「ああ。ではこちらに」


先輩が促すと、1人の女の子が入ってくる。


「やっほー玲人君こんにちは」


鶴葉つるはさん?」


「お、名前覚えてるんだ」


それが最低限の礼儀でしょう。

彼女は鶴葉真季つるはまきさん。僕のクラスのカースト上位に君臨されているお方である。


「君には彼女と模擬デートをしてもらおうと思う」


「僕がですか。いやまあ他にいないですけども」


「うちがいいって言ったからいいの!いいから行くよ!」


「了解です。では」


「ああ。頑張りたまえ」


そう言った先輩の顔はどこか少しだけ、切なそうだった。


「それで、鶴葉さんの好きな人は誰なんです?」


「真季」


と、素っ気なく言われた。僕は意味をすぐに理解する。


「…真季さんの好きな人って誰なんです?」


「さん付けか、まあいっか。名前は秘密!まあ大人しくて自分から何もしてこない感じの人かな」


秘密だと言われた以上追求するのはよろしくない。大人しくて自分から行動できないとか、僕かよ。


「そうですか。…ではどこから回りましょうか」


「それは男の子が考えることじゃないの?」


眩しいと感じるほどの笑顔は、僕にすんごいプレッシャーをかけていた。きついなあ。

などと思ったのがバレたのかそもそも冗談なのかは分からないが真季さんは柔らかな笑顔になった。


「心配しないで。言ったでしょ?大人しくて自分から何もしてこないって。つまり私が振り回さなきゃいけないの」


「な、なるほど」


「だから食べ物制覇するよ」


「食べ物制覇…?」


「うん」


意外にハード!何種類あると思っているんだ!?


「早速行くぞ!」


「了解しました!」


これは戦いになりそうだ。ごくり…


***


「……大丈夫?」


「……少し、休ませていただいても?」


「いいよ。うちも歩き疲れたし」


あれから何種類食べさせられただろうか。僕はノックダウン寸前である。


「こういうのもいいね」


と、真季さんがふと呟く。僕は言葉が続くと判断し、首を傾げ、黙って待つ。


「ただ何もしないこの時間のこと。たわいのない話とかしてさ、時間を潰すこの時間」


「…そう、ですね。心地よい気もします」


それからしばらく休憩したのち、残りを制覇した。


「今日はありがとうね、玲人君」


「はい。明日頑張ってください」


「うん。じゃあまた明日ね!高鷺先輩によろしく伝えといて!」


「了解しました」


よし、部室に戻ろう。

僕は一番に教室を出て、部室に向かった。


「先ぱー…」


ドアを開けると先輩は寝ていた。寝ているのを初めて見た。しかも物凄く可愛い。

本能は起こさぬが得だと判断した。しかし僕の良心はそれを許さなかった。


「先輩、起きてください先輩」


「ん………………嫌だ」


「嫌じゃありません!何も学校で寝なくてもいいじゃないですか!」


「寝たい時に寝る」


携帯をちらと確認してそう吐き捨ててまた眠る先輩。


「…………………ああぁ…理性がぁ…」


起きてたら凛としていて美しく、寝てたら可愛いとか反則。別のことを考えよう。

今日の晩ご飯はステーキだ。安い肉だけど、柔らかくする方法なら知っている。

包丁の峰で肉を叩き、刃で筋を切る。そしてコーラに10分程度漬け込む。かなり知られた手段だと思う。初めて知った時は、え?コーラ?ってなったけど今は普通に漬け込んでる。

他にも牛乳に漬け込んでもいいらしい。2時間くらい漬けなきゃダメらしいのでやったことないけど。

…………起きるまで待つか。


***


「ん………暗い…?」


私はぼやけている目を擦り、時計を見た。午後5時半。3時半頃に玲人君の声がした記憶があるから最低でも2時間寝ていたことになる。そこまで思考が回復したところで気づいた。玲人君が寝ている。背筋を伸ばしたまま。


「別に待たなくても良かったのに。…ぷっ、それにしても姿勢良過ぎるな」


私はクスリと笑ってしまう。このまま観察しようかと思ったが私に良心が存在していたらしく、起こそうと体を揺すってしまった。


「起きたまえ、私のーーーー」


***


声が響き、体が揺すられる。それによって気づく。寝落ちしていた。


「ッ…!何時ですか!?」


僕は完全に回復していない思考で先輩に問う。すると先輩はくすくすと笑い、時計を指差した。


「……5時半…か、ふぅ…」


「ふふっ、帰ろうか?」


「そうですね、帰りましょう」


先輩は機嫌が良さそうに身支度をする。僕もはてなを浮かべながらも身支度を開始した。


「…送りましょうか?先輩」


「ん、頼む」


僕は、驚いた。先輩のことを知っている訳ではないが、断るイメージがあったから。


「では行きましょうか」


「ああ」


先輩の家は真反対とはいえそこまで遠くない。桜も遅くなると言っていたし、大丈夫だろう。そう考えながら下駄箱を開ける。すると手紙のようなものが入っていた。

今は読んでいる暇はない。そう判断し、カバンに入れた。

送る時、会話はなく、ただ、先輩の綺麗な鼻歌に耳を傾けていた。


***


「ただいまー」


僕は帰宅すると少し大きめの声で返事が来るか確認した。しんと静まり返っており、明かりもない。まだ帰ってきていないようだ。


「ささっと飯作るか」


僕は先程気を紛らわせる為に考えていた工程を行い、ステーキ用の肉を柔らかくする。

コーラに漬け込んでいる間にキャベツを千切りにし、ミニトマトのへたを取って4分の1に切り千切りの乗った皿に乗せる。

そして10分経った所でフライパンに油を入れ火をかけ、コーラを捨て水で肉の表面に付着したコーラを流す。いざ焼こうとした瞬間、ガチャリとリビングのドアが開く。桜が帰ってきていた。


「ステーキ?」


「うん。あと焼いてソース作るだけだから」


「ん、着替えてくる」


「ん」


僕は短く返事し、冷蔵庫から冷やご飯を2つ取り出してレンジに入れ、1分半加熱する。加熱が終わった頃に桜がリビングに戻ってき、テレビをつける。

僕は加熱したご飯を茶碗に入れ、ステーキを焼いたフライパンに醤油と酢、摩り下ろしたニンニクを入れソースを作りステーキにかけた。


「よし、できたよ」


「ん」


その後、特に何もなく食事を終え、自室に戻った。手紙の存在を思い出したからだ。


「何の手紙だろうっと……………は!?」


玲人君へ

あなたのことが好きです。この気持ちを直接あなたに言いたいので明日8時に校舎裏に来てください。


「これは、もしや…あの伝説の、『ラブレター』!?」

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