若き大貴族
最後の案件はイイラ・ネートルという男である。
オグワンとの交渉が想像以上に早く終わったので、時間に余裕はあったがのんびりしていると日が暮れてしまう。なので歩みを早めつつ、イイラの邸宅に向かった。
そして出会ったイイラはセニーリの想像を絶する、ただならぬ才気ををまとった青年だった。
「ようこそ、ペッシュ殿の使いだそうで」
「あ、はい」
セニーリがイイラをひと目見た印象は、短いブロンドヘアーの好青年だった。
少しタレ目がちで、表情からやや疲れを感じさせるが、それ以上につい惹かれてしまう風格がある。
「ご用件は?」
「えーと……、管理を任されていた馬が無事出産したらしくて、別の商人が買い取りを求めているようで。できればご自分で交渉をしてほしいようです」
「ああ、なるほど。生まれたのかそれはよかった、わかったよ」
明朗な返事、聞いているだけで明るい気持ちになれるような、甘い声色だ。ミィを見ると、髪を気にしていて、彼女も同様の見解のようである。
「それじゃあこれで終わりかな?」
「あーと……、うんと……」
「食材が前の買い付けから日にちが経っているけど、貯蓄は十分あるかい」
イイラの雰囲気に飲まれかけていたセニーリに、ミィが助け舟を出した。
「それは蔵を見ないとわからないな」
「今確認してくれないか」
「……急ぐ必要があるのかな」
このとき初めて、イイラが言いよどむ素振りを見せた。それが違和感だと考えたセニーリは強く言う。
「おたくも忙しいだろ、ついでに終わらせたほうがいいでしょう。それともこのあと出かける予定でも」
「いいや、ないな」
「じゃあお願いするよ」
セニーリと見つめ合うイイラ。表情から考えは読めそうにないが、すぐに拒否しないあたり断られなさそうだ。
「……こっちだ」
「ありがとうな」
イイラの案内に従い追従する二人。前の二人、カナリウスとオグワンもれっきとした貴族で、とくにオグワンは懐も豊かな家だった。だがその二人の豪邸と比べても、イイラの家は立派で敷地も広く。どれだけ儲かっているか、商才があるかを証明していた。
蔵の中に入ると、そこすらも十分な広さで、セニーリの住む小屋よりも上等に見えた。
そこには様々な果物や、チーズなどがあった。ただミィの言う通り棚には空きがいくつもある。
ペッシュのもとで帳簿をつける中で把握していたのだろう。そのことに素直に尊敬しながら、セニーリはイイラに話しかける。
「これじゃあいくつも保たないのじゃあないか」
「うん、そうだね。教えてくれて有り難い、さすがペッシュのところの使いだ」
「光栄ですよ」
ちょっぴり不満顔のセニーリ。
それを隠しながら、セニーリは自然な動きで棚を伺う。しかしここには不自然なものや状態は見えず、魔術の形跡はわからなかった。
なので情報を引き出そうと会話を振る。
「それにしても、これだけのお宅に住んで、大層儲かっているでしょう」
「うん、そうだとも」
謙遜は微塵も見受けられない。それでも嫌な気分にならないのは、イイラの纏うオーラのせいだろう。セニーリもそれに負けないように話す。
「けれどこの偉大なシュレーナにも、生活に困窮してる人間はいますよ」
チクリと言うセニーリ。
「致し方ないだろう。努力ないものには対価があるわけもない」
「大きな戦もなくて、全体の益が減っているせいじゃあ?」
「それは国への不満かな」
尊大な態度、自身の状況も相まり苛立ちが立ち上ってきたセニーリ。つい言葉が強くなる。
「違いますとも、けれどおたくは自分だけが稼いで良いと考えているのかな」
「そんなわけがない、十分な奉仕も行っているつもりだよ」
「けれどもこれだけの財産を溜め込んでいるのは……」
「……おい」
熱を帯び始めたセニーリの腕をミィが突いた。それでセニーリも我に返る。
「……少し言い過ぎたよ」
「気にしていないとも」
爽やかに笑うイイラ。その笑顔にセニーリは一瞬、不可思議な感覚を覚えたがすぐに霧散してしまった。
ここでセニーリが目的、魔術について言及した。
「言った通り、中には立ち行かない貴族様も居るようで。巷では邪な術……、魔術なんてものが流行っているとか」
「――悲しいことだ、貴族ともあろう人間がそのようなものに縋るとは」
「イイラ殿はご存知なかったのですか」
「全く、初耳だよ」
これが嘘だとセニーリにはわかった。言葉の様子、話し方、なにより情報にも敏いだろう貴族が無知ではいられないだろう。
イイラは前二人の貴族と違い、平民から一代で貴族階級までのし上がった人間だ。そのためには類稀な才能と努力が必要であり、事情にも詳しくなければ生き残れないはずだ。
けれども追求するにはすきがあまりに少ない、それにこの話を出してからイイラが話を終わらせたがっているように見える。
「品物の確認は終わった、用事は終わっただろう」
「……そうですね」
明らかになにかを隠しているのだが、はっきりとはわからない。なにより圧を増したイイラは、言葉を返すのにも躊躇う感があった。
だがただでは引き返せない、イイラ目を話してもう一度だけ蔵を見渡す。
「なにか?」
尋ねてくるイイラ、追い出そうとしているようだが粘るセニーリ。
そうしていると、棚の一つに目が行った。そこだけ他と比べやや綺麗なような気がして近寄ってみる。
「お前!」
叱責にビクッとしたセニーリ。少しだけ声を荒げたイイラ。それは軽くいなせない鋭さで、たじろいだセニーリに言葉を告げる。
「もう終わったと言ったよな、であれば早く出ていってくれ。私もそこまで暇ではないんだ」
「あ、ああ……」
そうして突かれるように出ていくセニーリとミィ。
ところがミィが急に振り返った。セニーリが焦ったように見やる。
「どうした?」
「なんか、音が……」
「――おい!」
怒りを隠さなくなってきたイイラだが、セニーリも耳を澄ますとたしかになにか聞こえる気がした。
すると、セニーリが注目した棚が大きく揺れた。そして地面からなにかが叩くような音がした。
「――だれか! ここから出してくれぇ!」
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