魔術は趣味?
「オグワン……、なんだっけ。じぇ、ジェーナ……」
歩きながら唸るセニーリ。貴族の名前というのがややこしく、三人ともなると覚えるのも一苦労だ。
「ジェーナグアム!」
手を叩いて声に出したセニーリ。人目を引いて少し恥ずかしがり足早になった。
オグワン・ジェーナグアム。それが二人目の対象人物だ。
しかしそれ以外の情報をセニーリは知らない。それもそうだろう、教えられていないのだから。そもそも三人の情報を一度に教えられても困る。だが知らねば交渉に支障が出てしまう。
それゆえセニーリはある人物を探していた。
そうこうしていると遠くにその姿が見え、手を振った。セニーリの顔には安堵の色が浮かび、親しげな様子である。近寄ると待っていたのはミィだった。
「遅せーぞ」
「冗談よせよ、最速で済ませたんだぜ」
実際カナリウスのところで使った時間は僅かである。
「まあいいよ、早く終わらせて酒を飲ませてくれよ」
「おごらせる気満々かよー」
「悪いか?」
「……しょうがないか」
本当はセニーリ一人で済ませるはずだったのだが、やはり貴族を三人も相手させるのは彼一人では負担が大きいと踏んでの増援である。それはミィへの信頼の厚さも表しており、彼女の有能さの証左だ。
しかしセニーリにとっては助けられたことに変わりなく、彼女には頭が上がらない気持ちでいっぱいである。
「それで、そのオグワンってやつはどんなやつなんだ?」
セニーリが尋ねる。今回ミィは完全にサポート役だ。情報も彼女が持っている。
「えーとな……、カナリウスってやつと比べて“らしい”貴族だな」
「皮肉か?」
「そうなるな」
以下オグワン・ジェーナグムの説明である。
カナリウスと同じく名門貴族家の生まれである彼だが、カナリウスとは違い商才に恵まれた人物であった。
だが同時に有名な浪費家でもあるのだ。世界各地の珍品に興味を示し、片っ端から集めている。その中には見るものが嫌悪感を覚えるような、異質なものも多いので身内からも指摘されているようだが聞く耳を持っていない。
そうした品々の中に、魔術に関わるものがあると一部で囁かれているのだ。
しかし立場のあるものに面と向かって指摘するのがはばかられ、ペッシュが内密に調べることにした。
なので先程よりも繊細な事案となるだろうことが予想でき、二人はやや気落ちしている。
とはいえそうもいかないので歩みを進め、やがてオグワン邸へとたどり着いたのだ。
気合をいれて挑んだ二人を待っていたのは、拍子抜けするような場面だった。
「魔術! ははは、そうか気になるか!」
「まじか……」
オグワンはわかりやすく膨よかな男性で、豊かな灰色の口ひげが特徴的だ。
彼は二人を快く迎え入れ、建前上の言伝である頼まれていた商品が期日より遅れることを伝えると、おおらかに問題ないと言った。
これでオグワンの性格を理解した二人は肩の力を抜き、勝手に自分のコレクションを自慢しだした彼の話を聞き流しながら、それとなく本題の魔術について話題を振ったのだが禁忌とされる事柄にもかかわらず楽しそうに返すオグワンだった。
「あれは実に興味深い、特に東にあるオーローアの一品が素晴らしくてな! 儀式では人骨を使うらしいのだがこれはその代用品で……」
聞いてもいないのにオグワンは干からびた木の枝のようなものを片手に揚々と話し続ける。二人とも困ったようにしていたが、意を決しセニーリが切り出す。
「あの……、魔術は禁じられているのでは……」
すると途端にオグワンの目が光り、それがよくないものだと察する二人。
「馬鹿な! 私は知識の探求をするために、その一環として魔術に触れただけだ! 誰に邪魔されるものか!」
「ですが……」
「うるさい!」
聞く耳を持たぬオグワンにたじろぐ二人だが、その圧に言葉が詰まる。
どうしたものか考えあぐねていたところに、一人の使いがオグワンに近寄ってきた。
「どうした、今はそれどころでは……」
だがやがて話を聞くに連れ顔色が変わる。
「――そうか! 南の!」
喜色笑むオグワン。それにはすでに二人は視界の外だ。そして彼は別の部屋に行くと、幾人かの従僕を連れて戻ってきた。
「悪いが私はこれから旅に出る、話は終わりだ」
「ちょ、ちょっと待って――」
静止も虚しく、オグワンは颯爽と消えていった。呆然としている二人に、居残りの侍女が寄ってくる。
「申し訳ありません、旦那様はああいった方なので……」
「それは良いけれど、ペッシュになんて報告するか……」
「それなのですが、旦那様はすでに魔術については“飽き始めて”おりまして。そう遠くなく手を引かれるかと」
「ははは……」
乾いた笑いが漏れるセニーリ。腑に落ちないが、オグワンという男は本当に魔術も『珍品』の一つに過ぎないようだ。
とにかくこれで二つ目の問題はクリアされた。
どっと疲れたような気持ちで二人は次、最後の人物の元へと向かう。
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