天才の剣舞
ダンとリュミル、決闘を行う二人は森のなかの、少しだけ開けたところにいた。
木漏れ日が差す暖かな景色の下、凍てつくような気配が場を支配している。
場所を指定したのはダンで、朝歩いていて見つけた空間だ。森にポッカリと空いた広間で、剣を振り回しても余裕がある。
しばし黙っていた二人だが、沈黙を破ったのはリュミルだ。
「勝敗は? どうやって決めますか」
ダンはなんてことはないという風に肘を曲げて両手を上げた。
「やればわかるだろうさ」
「それはつまり、“最期”までということでよろしいですか」
「怖いのか?」
「いえ……」
細身の剣を引き抜いたリュミル、その手は震えている。
だが瞳は輝かんばかりだった。
「むしろ、望むところです」
「やっぱり、似てると思ったよ」
「誰に?」
「俺に」
不思議そうにしたリュミルだが、次第に微笑む。
「なるほど、確かに」
「じゃあ、いくぞ」
一瞬和んだ雰囲気が一転、ダンが武器を構えた瞬間に勝負の時間に戻る。
ダンはいつもどおり、六十センチほどの円盾を『右手』に構えた。
「盾が、逆……?」
「これで合ってるよ」
「……そうですか」
リュミルが様子をうかがう。彼の戦闘スタイルは、その素早さと高い技量で相手の急所を的確に狙う。だがダンは盾を構えたまま動かず、これでは仕掛けることが出来ない。
なにより金属製の盾はリュミルの細い剣では敵わないだろう。
膠着状態になるかと思われたが、防御をしていたダンが動き出した。
「ぬん!」
「――はっ」
飛びかかり、掲げた盾が地面を叩く。周囲が軽く揺れたような気がしたリュミルは、ダンの横を取るように旋回しながら回避した。
しかしダンの行動も早く、すぐにまた盾を構える。
「これは、いままでに見たことがない……」
盾が地面を殴りつけたときの音、衝撃はその堅牢さと重量を示しており、生中な代物ではない証明だった。
そしてそれを安々と振り回すダンの膂力に改めて驚くリュミル。
リュミルはもう一度気を引き締め直し、覚悟を決めて動く。
狙いづらいであろう、盾を持っている側に回り続ける。当然ダンも対応して動くなか、リュミルは身を低くして距離を詰めた。
「――ふっ」
「むっ」
風を切る音とともに剣がダンの太ももを掠める。ダンの目にすらしっかりと捉えられない神速の剣は、薙ぐのではなく刺すように真っ直ぐダンを襲う。
なんとか躱したものの、防具の合間を縫って革製のズボンが裂けそこから血がにじむ。
「天才、たしかにな……」
「お褒めに預かり、光栄です」
そこには謙遜ではなく、自らの腕前に対する自信がうかがえた。
「だが……!」
今度はダンが仕掛け、盾を横に振るう。当たれば鎧をしているとはいえリュミルも潰されかねない。後ろに飛ぶ、単純な動きではリュミルのほうが早い。
しかしさらに追撃、左手の剣がリュミルを襲う。
盾を持たぬリュミルは伏せることで躱すが、低くなったところをダンの足が捉えた。
「ぐふっ」
後ろに点々と転がっていくリュミル。完全に不意を突かれ、あっけなく吹き飛ばされた。なんとかよろよろと立ち上がり剣を構える。
「傭兵のくせに、ずいぶんと上品な戦い方をする」
あざけるダン。
「くう……!」
不甲斐ない自分を戒めたいリュミルだが、今はそんなことをしている場合ではない。心を強く持ち、戦わねばならない。そうでなければ彼の望む強さは手に入らないのだから。
剣を構え立ち向かうリュミル、先ほどと同じように下半身を中心に狙う。しかしダンは上から潰すように盾を動かし、リュミルは飛び込めなかった。
(どうする……?)
リュミルは自問する。これまで培ってきた剣技が通用しない。ダンは筋力だけでなく素早さもあり、なにより適応力が段違いである。今の動きはすでにリュミルの剣技に慣れてきているものだった。
このままではそう遠くない未来には敗北が待っているだろう。なにか手を打たなければいけない。
だが考えつく暇をダンは与えてくれない、決着を付けるべく攻勢を強めた。
コンパクトに振られる盾はリュミルの動きに合わせ巧みに動き、さらに前進しながら迫ることで、だんだんとリュミルも逃げることが難しくなっていった。
「……くっ、なっ――!」
後退したリュミルだが、後ろには木がある。ダンに誘導され逃げ場を失った。
「どうする――!」
ダンがそう言い、押しつぶすべく盾を前に突進した。
「――」
「! おお!」
ダンが驚愕する。リュミルは後ろに跳躍し、三角跳びをしてダンの頭上を取った。盾と木の間の僅かなすきを通り抜ける、奇跡的な神技だ。
「うおお!」
着地したリュミルが剣を突き刺しダンの背中、脇にある鎧の隙間を狙う。ダンは盾ごと木にぶつかりまだ避けられない。
「くう!」
盾から手を離し、避けようとするダンだがリュミルのほうが早い。
「ううあ!」
木に鮮血が掛かる。
同時に突き立てられた剣には同じ赤の液体が滴っていた。
しかし狼狽えたのはリュミルだ。
「なっ……」
剣はダンの脇を掠め、切り裂いたが貫くには至らなかった。
ダンの反射速度は人間のレベルではなく、動物に近い俊敏さだった。
「――うげっ!」
そして躱した勢いのまま、ダンは拳を後ろに振りリュミルの鼻頭を襲い、剣を手放しガードしたリュミルだが飛ばされて地面をはねる。
そのまま高さ一メートルの岩に激突してずり落ちていく。
「ううん……」
リュミルも辛うじて意識はあるものの戦闘の続行はもはや不可能である。
「ふう、ふう……。うぐっ」
それを確認したダンも膝をついて顔を歪める。切り裂かれた脇を押さえ苦痛を堪えていた。額に脂汗がにじむのも痛みの程を表している。
「天才……。まったく、末恐ろしいガキだ」
内容では圧倒したダンだが、最後の一瞬リュミルが見せたひらめきはダンの背筋を凍らせるに十分すぎるものだった。
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