剣舞

 頭領も鉄を巻いた棍棒を振り上げ襲いかかってきた。

 リュミルは落ち着いて後方に下がりそれをかわす。


「なあんで逃げるがあ!」

「隊長、どうします?」

「私が半分請け負う、あとは頼む」


 これは慢心でも過信でもない。彼が傭兵団に入り、一年と経たず百人隊長を任されているのはその卓越した剣技が評価されたからだ。

 リュミルは頭領の男を挑発する。


「ほうらこっちだよ、ブ男さん」

「な、なんだと!」


 簡単に引っかかりリュミルを追いかけ、それを上手く誘導し村の奥へと移動する。

 リュミルの予想通り頭領以下五名の部下が追随してきた。


「いつまで逃げ回るんだぁ!」


男の声に答えたわけではないが、味方と十分な距離を取れたと判断したリュミルはそこで反転して向き合う。


「やっと諦めただなあ?」

「違うよ、死ぬのはお前さ」

「そがな“ちんけ”な刃でか?」


 男が小馬鹿にするように笑った。

 リュミルの剣は、小柄な彼に見合った小振りなものだ。確かに普通は人を致死させるにはやや足りぬものではあるが、リュミルが扱うことで恐ろしい凶器になる。


「オラの“いちもつ”でそれごとへし折ってやるがあ!」

「全く……」

 

 男の棍棒は木を削り出したものに金属を巻いた、ごく簡易なものだが単純な暴力は総じて危険なものである。それもリュミルの背丈を越えようかと言うほどの巨大さだ。

 それを軽々しく振り回す頭領の筋力は本物で、まともに受ければたいていの人間は為す術もない。

 しかし簡単に直撃を許すほどリュミルは愚鈍でなく、左右にひらりひらりと躱しながら様子をうかがう。


「ちょろちょろと面倒だなあ!」

「じゃあやめようか」


 そう言ったが直後、リュミルは急加速し男に急接近する。


「ながっ」


 だが男には目もくれず、リュミルが狙ったのは後ろの部下の一人だ。

 大振りの男に巻き込まれないように様子を見ていたのだが、無防備だった喉に剣が突き刺さる。

 すぐに引き抜いて、襲いかかる他の盗賊の攻撃をかいくぐる。

 蝶のようにひらひらと、風にゆれる木の葉のように。当たると思われる寸前に、リュミルの体は柔らかく動きかすりもしない。


「オラが仲間をよくもぉ!」

「意外と仲間思いなのだな」


 殺された仲間に怒る様子を見せた男だが、リュミルを狙う棍棒の横薙ぎで仲間の盗賊が一人吹き飛ばされた。倒れた盗賊はピクリともしない。


「ああ!」

「……そんなことなかったか」

「よくもおぁ!」

「理不尽!」


 自分の罪をリュミルに転換し、追撃してくる頭領の男。まるで連携の取れていない盗賊の攻撃を、躱しては反撃し一人ずつ倒していく。

 やがて残っていたのは頭領一人だけだ。


「あが……? 他の奴らどこいったが?」

「そこに転がっているだろう」


 それで初めて気がついたような男は、怒りに震えリュミルにそれを向ける。とはいえ顔が真っ赤なのは感情の高ぶりもあるが、酒のせいでもある。

 判断力の欠如した男はむやみな攻撃を繰り返し、やけっぱちの振り下ろしを行った。


「んがああ! ……あ、あ?」


 リュミルの剣が男の喉を貫く――その直前で剣がピタリと止まった。


「なんで止め……、へぶっ!」


 剣の刃は届かぬ代わりに、こめかみを柄で殴られた。頭領は頭を抑えて地面をのたうち回る。そしてうずくまったところに剣を突きつけた。


「抵抗はするな、この村について聞きたいことがある」

「隊長!」


 そうしているとすぐに味方が一人やってきた。


「終わったか?」

「はいとも、酔っぱらいの相手なんか朝飯前っすよ」

「こっちも手応えが無くて残念だったよ」


 肩をすくめるリュミル。

 彼は名門貴族の次男で、幼い頃から剣の才能を見せていた。それは両親にとっても喜ばしいことで、将来は王宮付きの近衛になることを望まれ育った。

 しかしそんな思いに反し、リュミルは剣の道を追い続けた、それは妄執的で、両親をして恐怖を覚えさせるほどだった。

 やがて言うことに従わないリュミルを両親は見放し、国軍へと身を預けた。だがそこですらリュミルは異彩を放ち、戦争と縁遠い軍を飛び出して今は傭兵へと身を下げるに至る。

 彼の強さへの渇望は生まれついてであるが、理由に心当たりはない。だがその執念は本物で、剣のためならどんな苦痛さえ食いしばり耐えうるものだ。

 そして自分の実力に関して、まったく満足していない。その理由について、彼は種族としての問題を強く感じている。

 体格に恵まれないリュミルに強剣はない。ゆえに技を磨く。

 彼はたびたび、グリア人への憧れを口にする。それは生まれ持っての強靭さへのもので、特に武勇で名高いジュラーの王、ローへ尊敬の念を抱いている。

 だがローについてよくない噂があることを聞き、一時は心身を乱すこともあった。

 今は心の整理も終えているが、一説にある。ローは何者かに殺されたというものに強い関心があり、本当であればその相手の正体を探りたいと思っている。

 

そうしてつまらなそうに盗賊の頭領、ゴッグルというらしい男を部下が縛り上げていた。


「おい、もっと優しくしばるがや!」

「うるせ、無駄に図体でかくて縛りづれえんだよ。文句言うな」

「いいのか? さもないと……」


 ゴッグルの目つきが変わり、淀んだ色を見せる。ただならぬ雰囲気に、リュミルはいつでも対応できるように剣を構えた。


「さもないと――、……えうっ……えろっ――」


 ゴッグルの口から大量の吐瀉物。酒に酔った状態で走り回り、あまつさえ戦闘など普通に考えて気分を悪くするものだ。リュミルは離れていたから良いものの、縛っていた部下はズボンにモロにかけられてしまった。


「……なにしとんじゃあ!」

「うーん、すっきりしたがや……」


 吐いた次には座ったまま眠りだした。肝が座っているとも言えるが、この場合は単に判断力が欠如しているだけだろう。事実部下は怒りで剣を振りかざし、リュミルが止めていなければ本当に斬り殺していたところである。

 完全に無力化したことを確認したあとリュミルは横の家の軒先にあった布で剣を拭き、他の味方のもとへと戻る。もとより心配もしていなかったが案の定全員健在で、目立った傷もないようだ。

 リュミルはそのうちの一人に本隊を呼んでくるよう頼み、すぐに去っていく。当然ゴッグル以外は殺害し、殺しそこねたものは逃げたあとだ。

 アネーカから本隊が待機している場所までは急いでも半日は掛かる、なのでリュミルと部下四人はゴッグルを連れて村で最も立派な家屋の中で一晩を過ごすことにした。

 すっかり日が暮れた頃、家の中では火を炊いて食事を取っていた。幸いにも井戸は無事でそこから水を汲み、食べ物は持ち歩いていた干し肉で済ます。

 その予定だったのだが、目の冷めたゴッグルが朗報を知らせた。

 リュミルらが滞在する家屋の床下、石を避けたところに豊富な食料が見つかった。村人の徴税逃れの方策で、強盗行為になれたゴッグルが見つけ出していた。

 ゴッグルらが食べた分と、傷んで食べられなさそうなものを除いても少しの間なら団が滞在できそうなほどだ。

 どうせここに放置してもいつか腐るのだから、リュミルらが有り難く回収することにした。

 そうして一晩、日が昇り気温が高まりつつあるころにラングルたち本隊が到着した。

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