調査

 先行していたリュミルは件の集団失踪が起こった村、アネーカへと来ていた。

 人口は五百を下回る小さな村だけあって、家屋も相応に少なく見通しの良いところだった。

 村の周囲には畑があるのだが、数ヶ月立っているように雑草が生い茂り、囲いがあることでなんとか畑だと判別できたにすぎない。

 他にこれといって特徴的なところは見つけられなく、ありふれた普通の村である。

 だからこそその雰囲気には違和感がつきまとう。

 見える範囲の家屋全てに破損や変形はなく、家の前には桶などの日用品が無造作に転がっている。それはまさに日常の地続きであり、足りないのはそれらを使う存在だけだ。

 リュミルはその様子にしばし呆然とし、次に他の変異を調べるために村の中へと足を踏み入れる。

 部下五名を引き連れ村へと向かう、物陰に馬を隠し徒歩で侵入したリュミルだが後ろの一人に尋ねた。


「なにか、息苦しくないか?」


 そう言われたリュミルより年上の、部下の男は首を横に振る。


「気の所為じゃあないですかい?」


 他の隊員も同じように否定の意見を述べた。

 なのでこれはおそらくリュミル個人の問題で、体調の不良はないが自覚ないものもあるので留意して行動を再開する。

 村に立ち入り家屋の中を伺う、だが調べても人の気配はなく意を決し中に入った。

 室内には当然だが人はいなく、また荒らされた形跡もない。しかしおかしいのは衣服などの生活に必要な物資までもがなおざりなのである。

 リュミルは集団失踪だとだけ聞いており、事前の聞き込みなどで独自に調べた結果も、他国への移住などの噂であった。

 どれにしてもそれらの品を放置する理由には足りず、リュミルは首をひねるしか無い。

 そうして調査を続けていると、外から声がかかる。家の周りを調べている部下のものだ。

 それに対してリュミルは中にはいるよう促し、結果を聞く。


「家の周りの様子はどうだった?」

「これといった被害は見えませんね、家畜も全部なくなってるし。やっぱり逃げたんでは?」

「だろうな、おかしなところはあるがそれ以外考えられない」

「じゃあ本隊に合流しますか」

「……ん、その前にもう少しだけ調べて、危険がないかだけ確かめて――」


 そう話した矢先、他の家屋を調べていた部下が叫ぶのが聞こえた。


「なにごとだ!」


 即座に外へ出て声の方へ向かう。そこにいたのは顔を赤らめた男たち、見るからに野盗のたぐいだ。

 部下が調べていた家の前で対峙するところに、リュミルが駆けつけ声を掛ける。


「まさかお前たちが……?」

「うんあぁ……? なんだお、おめえら、オラたちの縄張りになぁんのようだが?」


 野盗の顔が赤いのは怒りではなく、その手に持っている瓶の中身だとリュミルは判断した。事実それらの脚付きは心許なく、ろれつも回っていなかった。

 しかし数だけはリュミルらの倍はいて、武器も持っている以上油断はできない。

 とはいえいきなり切りかかったりはしない、リュミルは頭領と思しき人物に当たりをつけて声を掛ける。


「お前たちはここにいた村人たちの行方を知っているか」

「おぁん?」


 頭領の男の背丈は平均、百七十センチ弱だが横幅が広い。髪もひげも伸びっぱなしで、服も洗ったようには見えなく少し離れたリュミルにも酒の匂いと体臭が混ざった悪臭が届く。


「し、知るもんがあ。 ここはオラの村だ、そう決めたんがあ!」


 酔っ払いと真っ当な会話は難しいが、どうやら村人が消えた後にやってきたらしい。野盗の頭はふんぞり返って話し出す。


「ここは良いとこがあ。う、牛も鶏も、たっくさんあったなあ!」

「牛?」

「いい金になったなあ、おかげでうんまい酒が手に入ったらあ!」


 会話にならないが、一つ情報が得られた。家畜が居なかったのは村人が連れて行ったのではなく、この野盗たちが売り払ったようだ。

 そもそも家畜全てを連れて歩くのは飼料の面から見ても現実的ではない。疑念が一つ増えたところで、ここにはもう用がないと判断したリュミルは部下に伝えその場を立ち去る。


「お、待てやあ。なんでがいなくなる?」

「? こちらにもういる必要がないからだが」


 そう言った途端、男の顔が険しくなる。なにかが癇に障ったようだ。


「お前ぇ、なんか臭えなあ!」


 臭いのはそちらだろう、そう言いかけてすんでのところで堪えるリュミル。


「オラの大っ嫌れえな貴族野郎の匂いがするがあ!」

「……」


 黙って聞き流すが、男の言葉は更にエスカレートする。


「それに顔の良いやつも嫌えだ! ど、どいつもオラをブ男だが言いやがる!」


 確かに盗賊の頭は潰れたイノシシのような顔をしていて、お世辞にも整っているとは言い難い。


「そうか、残念だな。なら“僕”は一刻も早くここから消えるとしよう」

「は、はは。僕だってが! 貴族は言葉もきれえだなあ、そういうやつは決まって小さいんだな、オラの“マラ”はすんげえぞ!」

「下品なやつ」


 部下の一人がつぶやく。いつもそれを言われる側の傭兵がそう言うのだから相当である。

 いい加減立ち去ろうとするリュミルたちに、さらにこう言う。


「ようく見ればお前らが、いい服着てるなあ。オラにくれよお!」

「なにを……!」


 よく見ると、横でヘラヘラ笑っていた盗賊たちも目をギラつかせている。あまりに短慮だが、もはや逃げるのも難しい。


「仕方がない」


 リュミルは他にも武器を持つよう伝え、彼自身も剣を構えた。


「その剣も良いなあ! くれよおー!」

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