怪異探索

傭兵の王子

「――戻りました!」

「リュミル! そっちはどうだった?」


 リュミルと呼ばれた、金髪の小柄な少年が馬に乗って現れた。端正な顔立ちに輝く髪はまさに物語の王子のようだ。彼の後ろには数人の武装した戦士が続く。

 彼は整った所作で馬からおり、話しかける男の前へ行く。この一連の流れを見ただけで、人は彼が高貴な生まれのものだと理解できるだろう。


「ラングル隊長、それが……」


 ラングルは一見して野盗のような、黒髪はボサボサでヒゲも顎全体を覆っている。体格も平均より高く熊にもたとえられる。

 彼に話しかけられたリュミルという少年は険しい顔をした。それで彼に与えられた任務の結果が芳しくないと、ラングルはわかった。


「まあいい、詳しい報告はみんなと合流してからだな」

「そうですね。……あ、隊長それと前に頂いた話ですが……」


 それは彼に向けられた婚約話のことである。


「はあ、そうか。そうだとは思ったがな、これでまたうちへの風当たりが強くなるな」

「……申し訳ありません」

「わはは、冗談だ。こまっしゃくれた貴族の娘っ子に、うちの百人隊長をくれてやれるかよ」

「ありがとうございます」


 リュミルが深く頭を下げる、彼の居場所は今やここしか無いのだ。ラングルの寛大さには過去にも助けられている、これを返すためにも今回の作戦ではなんとしても功績をあげたい。


「村はどんな様子だった」

「はい――」


 彼らは『ラングル傭兵団』その名の通り、ラングルという男が立ち上げた傭兵団である。地理上ミニア系の人間が大多数だが、ラングル自身はそれに関わらず入隊を認めており、実際に隊長格になったものの中には他の国から流れ着いたものもいる。

 それらはジン帝国の市民権を持たぬような、あぶれ者の集まりで戦闘においては手段を選ばぬ苛烈なものだ。その一方で略奪行為に関しては厳正なルールを敷いており、奪う食量は必ず全体の三割で、懐に入れる金品は自分で倒した相手からのみ。女子供の殺害は襲いかかってきた場合を除いて厳禁のうえ、犯すのはそれように確保したもののみと限定している。

 これらは傭兵団の中では相当に規律が守られており、雇う側からの評判はかなりいい。貴族にも体裁があり、あまりに非道な行いをするものを選べば己の名声に傷がつくのは免れられない。

 それがゆえにラングル傭兵団は数十人規模と小さなものながら、仕事は多い。

 ただし世情も相まって戦場は小規模、かつ僻地がほとんどで実入りは決して良くはない。今回も彼らが任されたものは、正規軍にやらせるには不釣り合いとされて白羽の矢が立った形である。


「おーい、リュミルたちが帰ったぞ!」


 ラングルの言葉に傭兵団の仲間が歓声で応える、これはリュミルに対してのものでありこの傭兵団の性質を物語っている。


「それで早速だが、お前が行った村はクルルだな?」

「はい」


 拠点の中心にあるテントの中で参謀の男と部隊長、計九人が向かい合って丸太や木箱に座っている。

 その一つがリュミルの場所で、彼も座って報告を行う。


「村は平穏そのもので、作物がやや不良ということぐらいでした」

「アネーカのことは?」

「噂にはなっているようで、不安がっているものもいましたが異変らしきものはないと」

「そうか……」


 彼らが送り込まれたのはアネーカという小さな村に起きた怪異、そこにいた五百人弱の人間全てが痕跡一つ残さず消え去ったことだ。

 紛れもない異常事態でジン帝国の歴史においても前代未聞のことではあるのだが、シュレーナにいる政務官及び貴族たちの反応は冷ややかで、集団で他国に逃亡したのだという意見が概ねである。

 ゆえに追走は出来ず、行わず。代わりに締め付けのために農村への税の負担をあげることも考えられている。

 だが他の町や村に話が及ぶのも時間の問題であり、格好だけでもと一部の軍団とラングル傭兵団のような者たちに調査を依頼したのだ。

 これは近隣にある脅威としている国々、とくにオーローア朝の動きが見られないからであり、客観的に見て王朝に出来ることが少ないのは事実である。


「じゃあ次の村で最後だな、名前は確か……」

「オジンです」


 横にいる参謀がラングルの言葉の先を言う。


「そう、それだ。ここから行くとアネーカを経由できるな、一度行ってみるか?」

「危険では?」

「帝国の兵士たちも行っているんだろう、問題なくないか」


 ラングルの提案に他の隊員が意見を述べる。


「リュミル、お前はどう思う?」


 リュミルの横に座りいつも彼の面倒をよく見ている、兄貴分であるレイシが話を振った。


「ええと、これからその怪異、ですか。それに遭遇する可能性があるのなら、情報が大いに越したことがないのでは」

「そりゃあそうだ」


 話しかけたレイシが同意する。


「それも最もだ、だがいきなり全員で行くのはリスキーだ。誰か部隊を連れて斥候に行ってくれないか」


 ラングルの提案に、真っ先に手を上げたのはリュミルだった。


「お前はさっき戻ったばかりだろう?」

「今すぐというわけではないでしょうし、私以下隊員も体力を持て余していますので問題ないかと」

「お前ときどき酷えこと言うよな」


 レイシが笑う。


「そういうなら任せるぞ、なにか物資があった場合は先に選ばせてやる」

「ありがとうございます」

「ようし、じゃあ明日にでも出発して、アネーカの手前でリュミルの部隊とわかれる。俺たちは近くで陣を張って戻りを待つから、調査は任せたぞ」

「了解しました!」


 その後は細々とした情報交換と、しばしの談笑の後に会議は終わり、翌日の朝早く傭兵団は拠点から出発した。

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