大商人

 シュレーナの街はジュラーとは比べるまでもなく、またクルマーリュよりも遥かに秩序に溢れた雰囲気だった。

 まず目が行くのは赤い屋根のレンガ作りの建物群である。同じ意匠で規律だって並ぶそれは、それ自体が街の景色を形成する芸術品の如きだ。

 目線を上げた後は、多くは次に下を見る。シュレーナに至るまでの道中も、舗装された道路であったがそれの大部分は石が敷き詰められているものだった。それも行程を高速化する優れた技術だが、シュレーナの街中に入るとそれに加えすべての石が同じ大きさにカットされ、隙間なく設置されている。

 これは機能性もあるが、それ以上に技術力およびそれに要求される資金を示す、つまりロレリア王朝の権威の証明である。

 実際、ここを初めて訪れるものはその町並みに瞳を奪われ、現皇帝の威容を思い知らされるのだ。

 ダンも例外ではなく、初めて見るこの世界でも最大規模の街に圧倒されていた。横でミィ(とセニーリ)が説明しながら歩いていたのだが、殆ど入ってきていない有様だ。

 今歩いているのは大通りだが、昼間なのもあるがひっきりなしに人が往来し活気にあふれている。露店も多く、彩豊な果物などが売られ路上では婦人が談笑している姿が目に入る。

 人の多さの分、警備兵も相応に配備され大柄なダンを見ては注目するが、なにかを言いかけてしかし辞める。ミィが言う通り、グリア人に対してもある程度は寛容なようだ。

 だが警戒はしているようで、緊張が伝わってくる。


「なんで見るだけで話しかけてこないんだ?」


 当然の疑問をダンが口にし、ミイが返事をする。


「お前の迫力にビビってるのさ、巡回の兵士は若いやつが多いからね」


 ミィの言う通り、兵士の顔はまだ幼さすら宿るもので、剣を持つ様にもぎこちなさ見て取れた。


「練度の高い兵士は王宮に詰めて、あとは外側に多いかな」

「なるほど……」


 外敵の多く、城壁都市であるシュレーナには内側の警備は優先度が低い。


「まあ犯罪もしてないんだ、気にしなくていいよ」

「それもそうだ」


 そうしたなかでふとダンが鼻をひくつかせて、街のある方に目をやる。


「なんか……、塩っぽい匂い? なんの……」


 それを聞いたミィがため息とともに言う。


「だから、さっき言ったろ。ここは海に出っ張ってるんだよ、でかい港があるんだ」

「海……。――海か!」


 ジュラーの近くに海はない、大きな川があるが海は書物でしか見たことがない。それには簡単な挿絵と、説明があったがそれでは想像をふくらませるのがせいぜいである。


「海に、船かー……」

「うん、シュレーナは堅牢な城壁が目立つけれど操船技術も高くて、ここには世界中の物品が集まっているよ。交易も盛んなんだ」

「なにか売れるものないか……」


 セニーリが目を輝かせるが、文無しに近い彼らには切実な問題でもある。

 シュレーナの入国の際やはりグリア人、それも武装したものとあっては人目を引くことは免れなかった。しかしミィとセニーリの話術、それとなけなしの金品を渡すことで目こぼしを得た。


「せっかく力自慢がいるんだから、ちょっと働いてもらえば当面の金は得られるんじゃないか?」

「えっ」


 ミィが言う。


「そうだなあ、剣闘なんかでも幾らでも稼げそうだし……」

「へっ」


 セニーリが便乗する。


「あ、剣闘は廃止されたぞ。今の皇帝が野蛮だからって」

「まじ! 結構報奨金高かったのに……」

「だからだろうな、最近は戦争も少なくてそのあたり困ってるらしいし」

「平和も考えものだなあ……」

「おい」


 話が脱線仕掛けたのをダンが引き戻す。


「なにさ」

「俺が稼ぐ以外にないのか」

「えー」

「体力余ってるだろー」


 何故か一方的なブーイングを受けるダン。実際すぐに稼げる手段は体力を求められるものが多い、グリア人であろうと役に立つのであれば働ける場は少なくない。


「その辺もこの後会うやつに頼むしか無いな、どうせ断れないんだし」

「そいつはひでーや」


 セニーリが呆れるが、それほどまでに恩を感じるようなことを仕出かした人間に頼って良いものか考えてしまう。


「その男は信じて良いのかい?」

「駄目だ」

「え」


 ミィが足を止めた。そして近くの建物に寄っていく。建物の大きさは高さは他と変わらぬ二階建てだが、広さは他の一般的な家屋に比べて倍近くあり大きな庭も見え、主人の裕福さを物語る。

そもそもこの地区は裕福な人間が多く住む、シュレーナでも等級の高い場所だ。

二人に振り向いたミィは改めて先の言葉を言い直す。


「いいか、今から会う男はセニーリの倍は軽薄なやつだ。だから信用なんかしちゃいけない。そしてあたしの顔を見たら間違いなく逃げ出すから、あんたらで取り押さえてくれよ」


 セニーリは口こそ羽のように軽いが、それ以外は常識の範囲内に収まる人間だ。しかしそれの倍となると法に触れかねないのではないのだろうか。

 心配を他所に、ミィは店じまいと書かれている木戸の文字を全く無視して、力強く手前に開いた。

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