シュレーナ編

首都

「でかー……」


 シュレーナを遠くから見たダンの、最初の言葉だった。


「みんなここ初めてみたときはそう言うのさ」

「なーに格好つけてんだ、一度しか来たこと無いくせに」

「……な!」


 知ったふうな口を聞いたセニーリをミィがからかう。


「そうだったのか?」

「……」


 返事をしないが、それが答えである。

 立身出世を企んだ過去のセニーリは、大都市であるシュレーナをその舞台に選んだ。

 だが結局は見識の狭さと、圧倒的な実力不足により夢絶たれた。その後もシュレーナにい続けることは彼の財力では出来ず――いつの時代も都会はなにかと出費が多いもの――、いつしかクルマーリュに腰を落ち着けていた。


「それは置いておいて、だ!」


 強引に話を切り替えるセニーリ。


「一つ目の障害は検問だな」

「グリア人はやっぱり嫌われ者なのか?」


 セニーリは首を横に振る。


「案外この国はそのあたりは寛容なもんで、兵役にさえ参加すりゃあよほどのことがない限り市民として認められるよ。それがグリア人であっても」

「よそ者ってことがいけないのか」

「つかぬことを聞くけどさ、ダンは行軍や遠征に帯同したことあるのか?」


 成人を済ませているグリア人であれば、前線で剣を振るうことは当然の行いだ。しかもダンはそれよりずっと前から、大人に混ざって戦場を駆け回っていた。そして幾つも戦果を上げている。

 それを聞いたセニーリは顔を抑え、ミィも難しい顔をした。


「やっぱりかー」

「少なくとも身分を明かしては行動できない、な……」


 伺うようにミィがそう言うが、ダンは軽く返事する。


「家なんかもう関係ない、偽名でもなんでも使うよ」


 柔軟な態度にセニーリも安堵し、そしてミィが話す。


「いいや、名前は大丈夫だろう。あたしもあんたのことは聞いたことなかったし、ローが特に目立ってたおかげで、それ以外の名前はそこまで有名じゃないからね」

「ロー様様だな」


 死してなお存在感があるダンの父親だ。


「じゃあジュラーの出身てことさえ隠せば問題ないさ、それとここにはどれだけ滞在するつもりだ?」


 ミィはセニーリに尋ねた。


「わからん、目的が果たせさえすればいいんだが。タイミングが悪いと何ヶ月か掛かるかも……」

「おい! 聞いてないぞ」


 ダンがセニーリに少し語気を上げて言う。怯んだセニーリは卑屈そうに笑い、ミィに助けを求める。


「あー、うん。ここのところ大きな戦争とか、遠征の話は聞いていないから、目的の人間はいると思うぞ。会うこと自体が難しいんだが」

「そいつは貴族なのか」

「そうだな、その説明もそろそろしていいけれど。……先に当面の居住についてだ」

「数ヶ月となると拠点がいるものな」


 まだ縮こまっているセニーリを放って二人が話す。


「セニーリの言う通り、帝国への忠誠を示せば市民になるのはそこまで難しくないさ。けれどよそ者のグリア人、定住するつもりもないと来ると……」

「まっとうな方法じゃ無理かな」


 ダンも想定してはいた。だからこそ街から街へと、長く留まらず各地を旅する予定だったのだ。

 困って唸るダンだが、ふとミィを見ると明るく笑っていた。


「うーん、面倒!」


 ぱっと手を上げたのは、諦めの態度である。


「知り合いの商人を紹介してやるよ、ブタ箱に入りかけたところを助けたから、部屋を借りるくらいなんてことないだろうさ。それが終わったらあたしはさっさとおさらばするよ」

「なんで!」


 声を上げたのはセニーリだ。


「ここまできて、もう少し付き合ってくれよ!」


 ミィの肩を掴むセニーリ、最初からミィに粗方頼る気だったのだ。そうとわかっていたミィも、面倒になる前に逃げようとしている。ダンは思いの外に気が合う性格だったが、自分の身を危険にさらしてまで助ける理由はない。

 シュレーナまで案内したところで、約束は果たしているのだから。


「……くそ、こうなったら」


 そう言いミィを引っ張りダンから遠ざかる。目の前で内緒話をするのはダンの心象に良くないが、今セニーリは彼女をつなぎとめることの方を重視した。

 ダンもここでは黙って様子を見る、彼もミィがいたほうがいいのはわかっている。


「これはビジネスチャンスだぞ、あんな馬鹿強いやつ他にいるか? あいつに着いていけば王宮使えも夢じゃねえ!」

「あーあ、小賢しいなあ。そんなだからお前はいつまでもうだつが上がらねんだよ」


 もともと力は上のミィはセニーリの手を簡単に振り払う。


「がき見てえな考えしているなよな、グリア人が王宮に使えられるわけねえだろ。良くて部隊長が関の山、それもクソ田舎のな」

「けどあのローの息子だぞ……!」

「あれに恨み持っている貴族が何人いると思ってるんだ、逆にいちゃもんつけられて捕まえられかねない」

「……けどよ!」


 追い詰められたセニーリは必死で説得する言葉を探す。そして一つの単語が頭をかすめ、それに飛びついた。


「いいか、あの『ガキ』は元貴族だ!」

「……知ってるよ」

「あれを疎んでいる貴族も多くいるって聞いた、だからあれに恥をかかせられるってなれば耳を傾けるやつはいるはずだ!」

「……そうかもな、けどそれで派閥に取り込まれでもしたらいよいよ面倒に――」


 反論を遮り、セニーリが畳み掛ける。


「お前は途中まででいい、話をつけるところまで助けてくれれば」

「そんなことしてあたしになんの特が……」


 ここだ、セニーリは勝負所と見て必殺の一言を放った。声を荒げたおかげで、ダンにも聞こえる始末だった。


「良い貴族は、『いい酒』を持っている!!」

「――は?」


 届いた言葉に耳を疑うダン。いかに酒好きのグリア人でも、ここまで露骨な手には乗らないだろう。

 だがミィを見るとプルプルと震えている。返事に迷っているようだ。


「上手い、酒……?」

「そうだ、世界各地の珍しい酒だって持っているかもしれねえ!」

「珍しい、上手い、酒……、オサケ……」


 ミィの目は明らかに動揺でぐるぐるし、一点にとどまらない。

 それでダンは思い出す、あれは酒に溺れて奴隷になりかけた女だと。


「それを条件に取り付けて構わない、金は後回しだって良い」

「……」


 ついに黙り込んだミィを前に、セニーリは生唾を飲み込んだ。

 ミィは小さな唇を少し開け、ぽつりと言った。


「……一月」

「は?」


 耳を向けたセニーリ。


「一ヶ月だけ! それだけだ! わかったな! あと今の言葉ぜってぇ忘れんなよおお!」


 酒に敗れた女の断末魔はあたりに轟き、空の鳥が方向を見失うほどだった。

 それを間近で聞いた人間の末路など限られている。


「――あれ、なんで寝てんだこいつ」

「……お前とまだ一緒に入れて嬉しすぎたんだろう」


 耳を抑えながらダンが寄ってきた。


「へへ、そうかい。照れるぜ」

「……はあ」

「さ、そうと決まりゃあすぐ行くぞ! 門番なんかちょっと金見せりゃあすぐよ!」

 

 そう言ったミィは気絶しているセニーリの足を引きずり、街へと歩いていく。


「さーけ、さーけ。うまいお酒!」


 アルコール臭が漂う鼻歌を口ずさむのは、“酒狂い”のミィ。彼女を知る者にとってはよく知られていることではあるが、ここまでだとはセニーリもわかっていなかった。

 だがセニーリは一時の意識と引き換えに、代えがたい人材の契約延長に成功したのだった。

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