大商人その2

「よーう! ペッシュはいるかー!」

「……なあに」


 だが出てきたのは男ですらなく、胸の膨よかな美女だった。それは銀のグラスに入ったぶどう酒をあおり、眠たそうに話しかける。


「なんのよう? ここの旦那は今取り込み中よ」


 セニーリはその女から慌てて目を背ける。彼女はミルク色のチュニックがはだけ、前が“丸見え”なのだ。


「下品な女、まああいつの趣味はこんなものか」

「……?」


 ミィの言葉に眉をしかめた女だが、ミィはそれを押しのけて部屋の中へと入っていく。ダンもそれに続き、セニーリも申し訳なさそうに扉をくぐる。


「あ、ちょっと……!」


 女の制止を聞かず、三人は奥へと進む。

 そこは物品を扱う店で、正面のカウンターの奥に設置された棚には金属製の食器から、皮製の装飾品などおよそ庶民向けとは思えない高価な品々が並ぶ。

 壁にもジン帝国内では見ない変わった模様の織物などもあり、カオスな空気がある。


「この反物、オーローアのか? 絶対高いだろこれ……」

「さわるなよ、ここの客には貴族が多いから、盗んだとあっちゃあどうなるかわからないからさ」

「そんなにやり手なのか、ここの主人、ペッシュとかいうのは」


 セニーリが尋ねるのも返さず、ミィはカウンターの更に奥にある部屋に押し入る。外面にある廊下を進むとそこは住居であり、一つの扉に目をつけた。


「ここかな……、うん」

「……なにか、声が?」


 ダンがなにかを察知し、聞き耳を立てた。だがミィはなんだかわかっているようだ。


「――、――~! ~~!」

「……あ」

「ああー……」


 部屋からは複数の嬌声、それと木の軋む音。おおかた察した男二人はどうするべきか考える。だがミィは躊躇いなく部屋へと侵入した。


「おらあ! 昼間っから盛ってんじゃねえ!」

「――なんだ!」


 そこには想像通り、裸の人間が四人大きなベッドの上に寝転んでいる。男が一人で後は女。なので男がペッシュだろう。それは“事”を邪魔され、三人を怒鳴りつけた。


「おいサーリ、客を入れるなと言っておいたろうが!」

「無茶言わないで、無理やり入ってきたのよ。それといい加減に男の奴隷を買いなさいよ」


入り口で会った女がついてきて困った顔をした。ペッシュはせせら笑って返す。


「俺の城にむさ苦しい男なんか入れてたまるかよ、それよりてめえらさっさと出て行けよ……」

「うるせえ下半身男」


 そこで初めてパッシュは三人の顔をちゃんと見て、ミィと目が合った。


「――……、うん? えと、……ミィ?」


 威勢の良かった声が急に裏返りか細くなった。


「元気そうだな、相変わらずお盛んみてえだが」

「……うげぇ!」


 蛇に睨まれたように硬直した後、悲鳴とともにベッドから飛び降り入り口に駆け出す。


「おいサーリ、お前共! そいつら止めておけ!」

「ええ!」


 無理な注文にうろたえる女を尻目に、ペッシュは一目散に逃げ出す。部屋の出口は奥にもう一つあり、そちらに向かうが同時に部屋に風が吹いた。


「――へ?」

「……悪いな」


 他が遅れて気がつくと、ペッシュはダンに上から取り押さえられていた。


「これでいいか?」

「おーけい、上出来よ」

「あーあ、こんな奴が……」


 セニーリにさえこう言わすのペッシュだが、彼はシュレーナでも有数の大商人であり顧客には名門貴族も名を連ねる。

だがそれと同時に女にだらしないことでも有名であり、金で釣られた女をいつも侍らせている。


「今日から暫く世話になるから、部屋の準備よろしく頼むぜ」


 上から言い放つミィに、押さえつけられたままペッシュが弱々しく話す。


「きゅ、急に言われても……」

「――なにか言ったか?」


 それに笑みを返すミィを見て、ペッシュは青ざめてからうなだれた。


「……はい、準備します……」


 セニーリはミィに聞く。


「なにをしたらここまでのことになるんだよ……」

「色々あったのさ、そのことは後でな。それよりも飯だ、飯。どうせ溜め込んでるんだろうさ!」


 そう言い、ミィはペッシュの女たちに食事の用意を指示した。女たちはペッシュを仰ぐが、うなずくペッシュを確認すると厨房へと歩いていった。


「さて、飯を食いながら昔話でもするか」

「シュレーナの飯か、楽しみだなー」

「あいつが可愛そうな気がしてきたぞ……」


 そうは言いながらもセニーリもついていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る