シュレーナへ

 クルマーリュを旅立ったダンら三人は、宿で一晩を過ごした翌日には街を出ていた。宿の主人に頼んで水と食料を確保し、また道端で購入した。パンに干し肉、干しぶどうなど、日持ちするものを揃えたが、早く到着することに越したことはない。

 朝早くに出発し、シュレーナを目指す。

 一般的に十日ほど掛かる道のりだが、体力的に自信のあるメンバーであるからにそこまで時間は要しない。天候に恵まれれば半分にまでも出来るだろう。

 旅路の始まりは目も眩むような強い日差しの中だった。グリア人は毛深い見た目ではあるが、むしろ暑さには強く、逆にセニーリが多量の汗を流していた。日射病にかからぬよう、日陰を選びながら歩く。水は可能な限り節約し、溜まり水を見つけてはすする。

 道案内を務めるのはクルマーリュで見つけたミィなのだが、ダンはあることに言及する。

 それは舗装された道路であり、ジン帝国ははるか昔より権勢を誇った。一度は大陸全土にまで及ぼうかという大国だったときに話は始まる。

 ある時のジン帝国皇帝は、進軍のために道に石を敷き詰めて移動速度を高速化した。その皇帝の死後も舗装路はジン帝国領内の各地へと張り巡らされ、大きな都市間であればほとんど道路がある。

 つまりクルマーリュからシュレーナ。それなりの規模であるクルマーリュに、王都であるシュレーナを結ぶ道も当然のようにあり、辿ることでやがてたどり着ける。

 ならば道案内などいらないのではないかと、ダンはセニーリに訪ねた。

 それを聞くとセニーリは目を泳がせながら言い訳をする。


「……そ、そりゃあ、この道路も隙間なくってわけじゃあないし……。峠越えもしなきゃいけねえから……」

「ふーん」


 ニヤニヤしているのはミィだ。


「つまり、シュレーナに知り合いがいないからあたしを頼ったってわけだ」

「ち、違え! 知り合いの一人や二人……」

「そのうち何人が、“カタギ”なんだよ?」

「うぐ……」


シュレーナは大きな街だ。警備の兵も数多く、それを好き放題歩くには知り合いがいたほうがなにかと楽なのである。それも忌避されがちなグリア人を連れて歩くのだから尚更だ。

 それで頼るのがグリア人のミィであるというのは、それを考慮してなお彼女の人脈が豊富であるからに他ならない。

 その中には貸しを作っている人間も少なくなく、少し頼めば言うことを聞いてくれる『お得意様』もいる。

 それに対し、セニーリの知人にはまともな、日向を堂々と歩けるものはほとんどいない。なにかしら後ろ暗い背景を持ち、兵士に詰められれば、叩けばホコリが出るものばかり。

 そんな人間を頼ればトラブルになることは必至で、だからこそミィのような人間が必要なのだ。


「ただの道案内じゃないとは想っていたけどさ」

「うぐぐ……」

「はあ」


 ため息を吐くダン。ミィは最期に『お知り合いが処刑されてなきゃあいいな』と言った。






 その日の終わり、シュレーナへ向けた行程の初日が終わり道端で三人は焚き火を囲んでいた。

 火をぼうっと見つめながらダンが言葉を漏らす。


「腹減ったな……」

「こんなもんだろ」


 当然だというのは旅慣れたミィ。

 大自然に囲まれたジュラーで育ったダンは、少し人里を離れれば狩りの対象が多くいる。それを取ってくれば食料に困ることは少ない、そう思っていたのだが、都会であるジン帝国領内の道の側には食べられるような獣のたぐいは見られなかった。

 これはひとえに巡回する兵士と、整地された道の恩恵であり普通は感謝こそすれ文句を言う者はあまりいない。

 そもそも旅の間、食事を満足に取れることは考えづらい。体力を要する狩りでまかなうことも常識的ではないのだ。


「これが旅の洗礼か……」

「まあ、峠近くはそこまで安全じゃねえ。つまり獣も結構いるから……」


 セニーリがそう言うが、これは本来喜ばれるものではない。獣の中には凶暴な、魔獣なども紛れているのだから。

 比較的に安全と言われるこの旅も、道中で命を落とすものは後を絶たない。旅とは多くにとって、命がけの冒険なのである。

 けれどもそれを聞いてダンは目を輝かせる。


「そうか、良かった……!」

「うわ、まじか……」


 ドン引きするセニーリ。ミィは嫌味ったらしく笑い、こう話す。


「こいつらはこれが平常運転さ。脳みそが少ない代わりに、筋肉が詰まってるんだ」

「なるほど」


 同意したセニーリの頭に、小石が飛んできて痛みに振り向く。振り向いたが投げた張本人のダンは横になり寝入っていた。近づいたが狸寝入りではなく、だからといって嫌味を言おうとしたところミィに止められた。グリア人の兵士はいつ何時、どこでも寝られるが周りへの警戒は万全で、悪口も聞いてないとも限らないとのこと。

 グリア人は皆こういうわけでなく、鍛えられた兵士に限ると言うが、それでも彼らの強靭さの一端を垣間見たセニーリ。しかし脳裏によぎるのは、尊敬ではなく恐怖。


「ルーヴィング怖え……」

「心配すんな、ジュラーのやつらは馬鹿だから、飯さえ与えときゃ大人しいもんさ――」


 そう言ったミィに、セニーリが受けたものよりも大きな石が飛んできて、彼女はそのまま倒れた。

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