山道

 前日の話通り、平たい街道を程なく進むとやがて、道は険しくなるとともに勾配も現れ始めていく。

 足場も悪く細くなり獣道と言った様相を呈していた。

 ダンとミィが並んで歩きそれを追いながら、セニーリはおっかなびっくり歩きつつ、文句をぶつくさ言っている。


「こんな道、誰が通るんだよ……。兵士共は戦争のときわざわざ山登りしてんのか?」

「そんなわけないだろ」


 ミィが返す。


「普通は迂回して安全な道を通るに決まってるだろ」

「じゃあなんで……」


 セニーリは恨みがましそうにする。


「貧乏旅でそんなに時間かけられるかってんだ、のたれ死んじまうわ」


 軍の遠征となれば十分な食料と水を確保して行うものだが、クルマーリュで有り金の殆どを使い果たした三人にそれだけのものを用意することは出来なかった。

 なのでできるだけ足早に進まなくてはならない。


「くそ……、今だけの我慢。シュレーナに付きさえすりゃあ……」


 金儲けのため、自身の立身出世のためにダンへと取り付いたセニーリ。しかし当初の予想を超えた苦労に、すでに心が折れかけていた。

 昔にもっていた野心と情熱は経年でやせ細っている。だが引き返すには進みすぎている、諦めて独り言で気を紛らわすほか無かった。


「貧弱だな」

「ああ、でもこっちの人間はみんなこんなもんさ」


 二人のグリア人からすれば、“少々”死人が多い峠など気にするに値しない。飄々と道を歩き、時に会話を交わしながら山の奥へ奥へと入っていく。


「しかし、山の中は木が多くて冷えるな」

「峠はいつもこんなもんだ、冬はもっと酷いぜ」


 そう説明するミィ。季節は夏、クルマーリュでは汗を垂らしていたダンだが、山を登るに連れて体感する気温はだんだんと下がり、薄着のセニーリが時折腕を抑えていた。


「これから行くシュレーナはここほどじゃあないが意外と涼しいからな、風引くんじゃねえぞ?」

「……気をつける」


 頑丈なグリア人が、最も恐れるのは病である。ごく当然でもあるが、医療手段が乏しいジュラーに置いて病は死にほど近く、軽い風邪であっても重症化することは珍しくない。

 環境の変化は警戒するに十分すぎる。

 気にして顔がゆがむダンの脇腹を、ミィが肘で突く。


「そう気にすんな。……その髪暖かそうだな、切って羽織れば良いんじゃねえか?」

「勘弁してくれ……」


 ダンの自慢の、白銀の長髪。夏場では暑苦しくもあるが、ダンは切ろうと思ったことはない。


「お前こそ、風邪引くなよ。昨日も腹出して眠っていたからな」

「……見んなよ」


 ぷいとそっぽを向いたミィ、それを見て少し笑ってみせたダン。ミィも怒った様子は見せなく、軽い態度であっかんべをしていた。

 元来一人を好み、その通り出会った最初は会話を嫌っていたダン。しかし今はそこまで避けるような様子もなく、ミィがふと振ってくる他愛ない言葉に冗談を交える程度には打ち解けていた。

 それは彼の成長というよりは、ミィという人間の人柄ゆえである。旅というものを初めてするダンにとって、彼女は先達にあたりその時点で尊敬の対象である。

 そしてミィもジュラーの人間への嫌悪感は、ダンに限っては薄れつつあった。グリアの他の人間に興味を抱くダンは、良い意味でジュラーの人間らしくない。ミィのこれまでの旅の話などに強い興味を持ち、おごった様子もあまりない。

 ダンは強さを重視するが、それと同じかそれ以上に知識の価値を知っていた。ジュラーではその考えに同意してくれたものは終ぞいなかった――彼も諦めて言うことも少なかったのだが――、ジュラーの外の世界では当たり前のことで、ミィもそのことをよく理解している。

 なればこそダンはミィの会話を貴重なものとし、いつもの調子を取り戻し人当たりの良い彼女とのふれあいは明るいものとなるのであった。


「仲良くしやがって、もう少し警戒したらどうなんだよ」


 機嫌の悪いセニーリが水を差す。しかしダンの顔に苛立ちは少しもない。


「すっとしているさ」

「……そうかいそうかい」


 あまり信用していないセニーリ、それを読み取ったミィが補足する。


「あたしらは目も耳もいいからさ、なにかあればすぐ教えるさ」

「なんだよ、ダンの肩を持って。最初はあんな態度だったくせに」


 それを聞き、思い出したようにしたミィは恥ずかしそうに頬をかいた。


「ま、ジュラーの奴らは嫌いさ。でもさ、同じ“変わり者”、馬が合うのかもな」

「おい、誰が」

「まあそれはそうかもですね、こんな大人しいグリア人見たことねえや」

「だから安心して――」


 言いかけたミィの表情に変化があった、それに気がついたセニーリが訪ねようとしたがダンが身構えていたことで理解する。


「なにが……!」

「――しっ」


 ミィが騒ぐセニーリを諌める。そしてダンに尋ねた。


「右からだな、何匹かわかるか?」

「細かくは……、だが小規模の群れで、しかもただの獣じゃなく……」


 『魔獣』、人でも獣でもない、それは殆どにとって脅威の具現である。

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