温かい会話
宿についた三人はそのまま日暮れとともに食事をとっていた。
二階建ての建物で、寝床があるのは上階だ。一階は食事をとるスペースで、木の椅子とテーブルに腰掛けている。
夕食に出てきたのは固いパンと、ぶどう酒だ。好んで飲まないとはいえダンも酒に弱いわけではない、むしろグリアの中でも強い部類であり、飲まぬのは酔った感覚を嫌がるからだ。
それと根菜が一つ二つ浮いている塩気の強いスープ、パンをこれに浸して三人は頬張る。
ミィは早々とぶどう酒を飲ミィ干し、主人におかわりを要求していた。
「おいおい、また深酒して暴れるんじゃねえぞ」
セニーリが指摘する。
「はは、こんなん飲んだ内に入らねーよ! おい親父さっさと持ってこいよ」
「うるせー、ミィ! 泊めてやっただけありがたいと思え、知らねえグリア人なんか連れてきやがって……」
ミィとここの宿の主人の関係は、知り合いというよりは貸し借りの間柄で、グリア人嫌いの主人に貸しのあるミィが部屋を求めた。断りきれなかった主人だが、ついてきたダンに敵意を抱いて機嫌が悪い。
「へっ、こっちだってなアペールのところが埋まってなかったら、こんなかび臭えところ来ねえよ!」
「そこまでにしておけよ、本当に追い出されちまう」
セニーリが静止して、やっと悪態をつくのをやめたミィ。
そして次の絡み相手を探し、ダンを見る。そして周りを見渡し、誰も三人に注目していないことを確認した。人種とその体格で人の目を集めるダンだが、そもそも客がいなくては見るものもいない。ここに三人以外にいるのは主人の他、下働きの男と飲んだくれが二人。
それでも念の為、少し声を落として話し出す。――後でもっと人のいないところで話せばいいということはこの酔っ払いには通じない。
「それで、ローを殺ったのはどんなやつなんだ」
「おい……」
気になっていたことを直球で尋ねるミィ、セニーリも一応静止するが本当のところ彼も聞きたかったので格好だけだ。
けれどもダンは短く答えるだけ。
「知らん」
「まじかー」
「どういうことだ」
落胆するミィを横にセニーリが追求し、ダンは知っていることを簡潔に話す。
ローはある日突然ジュラーから姿を消し、後日死んでいるのを探しに行った兵士が見つけた。
噂に聞く大王の、あっけない最期を聞いて二人はにわかには信じられないようだった。
「なにがあったってんだよ……」
絶句するセニーリ。
「逆に聞くが、お前らはなにか知らないのか」
ダンが尋ねると、ミィは少し考え込み持っている情報を喋りだす。
「あたしが聞いたのは、ローになにかがあった。ちゅうのと、もう一つ、なにかあったらしいってことだな」
「もう一つ?」
「ああ、お前の話だとローが死んだのが二ヶ月前くらいだろ? その一月後ぐらいに、ジュラーとは別のところで事件だかが起きたってな。飲んでた王宮務めの兵士が、そのせいで早馬させられるってぶつくさ言っていたんだよ」
「一月前か……」
セニーリが独り言のように言った。
「そういえば今回の剣闘大会の参加を募ったのがそれくらいだな、あんまり急で俺も焦ったぜ」
「ふうん」
ダンも思考を巡らせる。その二つに因果関係があるかはわからないが、ジン帝国、シュレーナの上層部にはなにかを知っているものがいるかも知れない。
ローの敵討ちは自分が成長してからと思っているが、そもそも誰が殺したのかを知らねばならない。
シュレーナに行けば少しでも情報が得られるのではと、期待してしまう。
「まあ詰まる所、あたしも大して知らねえんだわ」
「使えねえなぁ」
だんだんとセニーリも酒が進み、語気が強まる。
「あ? 人を騙すくらいしか出来ねえお前が、よく言うじゃねえか」
「なんだと!」
立ち上がったセニーリを座ったまま酒を煽りながらミィが挑発する。
「おい、ダン! お前も気をつけたほうがいいぞ、どうせこいつはお前を良いように使いたいだけだろうからな!」
「あー! テメエ!」
図星を突かれ声が大きくなるセニーリ、普段ならもっとうまく誤魔化すのだが。
「お前こそ、俺達がいなかったら今頃は馬の糞を拾ってるくせによ!」
「あーそうかい、そりゃあ嬉しいねえ。代わりに詐欺師の片棒をかつぐことになったわけだ、こりゃあゆくゆくは打首かな?」
へらへらと笑い嘲るミィ、セニーリの顔は酒と怒りで赤くなる。
「文句があるなら借金も自分で返せよ!」
「金、金! テメエ達ミニア人はそれしか言えねえのか」
「なんつったこらぁ!」
今度は宿の主人が割って入る、大声で自分たちの人種への非難を聞いて怒ったのだ。
「やるかこら! 貧弱な種族が」
「――ぶっ殺す!」
酒の席はどんどんとヒートアップしていき、とうとう物騒な言葉が交わされだした。
そうなって初めて、それまで黙っていた男が動いた。
「うるさい」
ダンがセニーリとミィ、二人にげんこつを食らわす。酔って注意力が散漫だった二人は為す術なく、地面に倒れ伏した。そして両手でつまみ上げると二階へと引きずっていく。
主人は最初ぼうっと見ていたが、その後姿に小さい声で言った。
「……ありがとよ」
「連れの不始末さ、気にするなよ」
主人はダンのグリア人らしからぬ振る舞いに呆気にとられていた。彼がグリア人を嫌うのは、酒が入ると特に横柄になり店を荒らすからだ。なので喧嘩を収めてくれたダンを、少しだけ評価を改めた主人である。
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