対価を払うことで無事ミィを救出したダンとセニーリは、そのまま彼女を連れてクルマーリュの街を歩き、途中にあった適当な石垣に腰掛け話していた。


「それにしてもお前がそこまで考えなしだとは思わなかったぜ」

「セニーリ、あんたにお前呼びされる覚えはねーよ。ミィ様と呼びなよ」

「やかましい。それでお前ともあろうやつが、奴隷になって大人しく出来たのかね。この国じゃあ奴隷の扱いも随分いいけどよ」


 はっと鼻で笑うミィ。


「冗談だろ、奴らの店に着いたら金握って別の国に飛ぶ予定だったんだよ。まったく、計画が大崩れだ。あたしの見立てではそれでしばらく遊んで暮らせるはずだったのに……」


 やっぱりなとつぶやくセニーリ。ミィという女は大雑把そうな振る舞いに対し、その実かなり計算高い人間だ。このクルマーリュでは隣国と同程度ではあるがグリア人への風当たりは強い。それでいてミィの知己はこの国、街に多くいる。

 それは彼女の面倒見の良さから来るものであり、相談を受けては真摯に対応してきた。

 今回は数少ない欠点の酒癖が窮地を招いたが、その中でも本人はうまく立ち回れただろう。

 ミィは腰掛けて組んでいた足を組ミィ換えた。


「それで? なんだったあたしを買ったんだよ」

「……そうか、今はそういう関係なのか」


 借金を肩代わりしたことになるセニーリ。ミィの性格であればよほどの頼みでない限り聞いてくれるはずだ。


「シュレーナまで案内してほしいんだ、俺だけだと少しだけ自信がなくてな」

「へー、なんだってあんなつまんねーとこに用が。……てめえが理由かい、ご同胞」

「ご明察」


 なぜか出会ってからというもの、ダンとの会話を嫌う様子のミィ。セニーリがその疑問を尋ねる。


「なあ、なんだってダンにそんな強く当たるんだい? 昔何かあったのか」

「こいつとはなにもないさ。ただ、……あんたジュラーの出身だろ」

「そうだが……?」


 ほら見ろとばかりに顔を傾けたミィ。


「やっぱりな、匂いでわかるさ」

「匂い?」

「ああ、プンプンするよ。気取った、お坊ちゃんの匂いさ。しかもあんた王族だろう」

「――はあ!」


 セニーリが驚く。彼もダンに詰め寄る。


「まじか!」

「……隠していたわけでもないが」

「ジュラーの王子様が、普段見下ろしてらっしゃるこの国になにしに来たんだよ」


 ここまであからさまに嫌うのは、ミィの出自に関係する。


「自分を鍛え直すためだ」

「はは、さすがルーヴィングは脳みそのできが違う。筋肉でいっぱいだ」

「おい、それは禁句……」


 ルーヴィングとは、グリア人がこの大地に現れたとき、特に略奪を行っていた軍団への別称だ。グリア人にこれを言うと大概は眉をひそめるか、場合によっては激昂すらする。


「ふん。それぐらいで怒りゃあしないさ」

「へえ、あそこの奴にしちゃあずいぶんと大人しいんだな。……そりゃあそうか、好き好んであそこを離れるんだものな」


 ジュラーにいるグリア人はそこの地を誇りに思い、生涯をジュラーで終えるものが大半だ。


「けど目的はわかったが、シュレーナだあ? ってことは“あいつ”か、セニーリ」

「そうそう、今話題のあいつさ」

「誰だよ」


 聞くが、セニーリはもったいぶって教えない。


「まあいいさ、買われた身。道案内程度、鼻歌歌いながらでもできらあ。あそこにも昔はよく行っていたしな。最近はめっきりだけれど」

「そりゃあありがたい、感謝するよ」


 ダンの素直な言葉に目をパチクリさせるミィ。


「……やっぱりお前変わってるな」

「よく言われるよ」


 プライドの高いグリア人は基本的に相手を見下すような、そう思われるような態度が多い。

 セニーリが話の終わりを告げるように手を叩いて鳴らした。


「ようしそれじゃあ決まりだな、旅荷はどうする? 水と食い物、出来れば馬も借りたいけど。お前を買ったからすっからかんだ、歩くしかねえか」

「まあどいつも体力には問題ないだろう、準備を追え次第、明日にでも出発できるかな」

「おお」


 ダンが喜ぶ。セニーリはもう少しかかると言っていた。


「まああたしは顔が広いからな、何人か弱みをつつきゃすぐさ」

「それで自分の借金を払えばよかったじゃないか」


 セニーリが言う。


「……時間がなかったんだよ、あのクソ親父今すぐだって聞かなかったんだ。けっ」

「そら残念」


 話はまとまり、今晩を過ごす宿をセニーリが案内しようと歩き出したとき、思い出したようにミィがダンに話しかける。


「……そういやあ、あの噂はほんとうかい?」

「噂?」


 首をかしげるダン。


「ああ、ある兵士がちらりと言っていてさ、にわかにゃあ信じられねえんだが。あんたなら知っているかなってさ」

「……」

「ジュラーの王、ジン帝国が最も恐れた怪物。ローが死んだってのは本当かい?」


 セニーリにとっては耳を疑う言葉だった。ローと言う名は、この国の人間であれば聞くだけで震え上がる。幾度も仕掛けた戦いで、その度に大打撃を被った最強の戦士。


「――ああ」

「しかも“殺された”とか」

「はあ?」


 セニーリが気の抜けるような声を出す。


「多分な」

「……嘘だろ」


 とんでもないやつを捕まえてしまった。セニーリは内心そう思いながら、すでに引けない状態にあることを嘆く。


「王宮じゃあもっと騒ぎになっているらしいぜ、王都じゃあどうかな」


 クルマーリュの統治者らに届いた知らせは、当然王都シュレーナにも行っている。混乱が生じている王都が、今の目的地だ。

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