購入
それを発したのは倒れている女と同じ、グリアの女だった。
「小娘一人に何年かけてやがる! とっとと連れてきて、あたしも連れていきやがれ!」
ドスドスと近づいてくる女、いよいよ混沌としてきた状況に天を仰いだダン。路銀を回収し離れようとしたのだが、セニーリの一言でそうもいかなくなった。
「ダン、あいつだ」
「なにが」
「目的の、王都への案内人はあの女だよ」
「――は?」
探していたグリア人の女、オレンジ色の長髪を後ろで結び、グリア特有のたてがみのような顔毛。顔は整ったほうで、勝ち気そうな顔つきも味の一つといえる。だがダンはそんなことよりも彼女の首に目が行った。
ぶら下がる金属製のプレート。
ダンたちが連れ出さねばならぬ女もまた、奴隷であった。
セニーリが彼女を追いかけ名を呼ぶ。
「ミィ、おいミィ!」
「誰だ、呼び捨てにするんじゃねえ! ……なんだ、お前か“怠け野郎”」
その女とセニーリは既知の関係なようで、顔を見た女の顔が変わり見下すようになった。
「へっ、その格好で言われてもなんともないね」
「うるせ、っていうかお前がこの騒ぎの原因かよ」
ミィと呼ばれた、グリア人の女はセニーリを睨み、それからダンに気がつく。
「その男はなんだよ?」
「ダンは俺の商売道具……、相棒さ」
前半部分を言い終える前に、相棒と言い直したセニーリ。運良くダンには聞こえなかったが、さりとて相棒とも思われてはいない。
盗られた巾着袋を回収し終えたダンは、しかめ面でミィに近づく。
「お前がか……」
「なんだ、あたしに用事かよ。悪いけど今は他に――」
「今度はなんだ!」
逃げ出したグリアの女をふん縛ったので、後の奴隷商人がミィの横に来る。
「貴様も逃げ出すきか?」
「あ? てめえらがもたもたしてっから、手ぇ貸してやったんだろうが」
セニーリがその会話に口を挟む。
「ちょっといいですかね……」
「誰だお前は?」
「自分はセニーリっちゅうもんで、この女、ミィのまあなんだ、知り合いなんだけどな。こいつなにをしたんだ? 馬鹿だとは思っていたが、犯罪するような奴じゃあ無いはずだけれど……」
「おい」
ミィが不服に声を出す。
奴隷商人は時間を取られることに不満を覚えながら手短に説明した。
「こいつは借金のかたに売られるんだ、金もないのに浴びるほど酒を飲んだらしいからな。まあグリア人らしい短絡的なことさ」
「あちゃあ」
いやはや、と口ごもりながらダンを見るセニーリ。
「どうします?」
「他に案内できるやつはいないのか」
「うーん、こいつ以外となると、かなり性格が“あれ”な奴しかいないっすが……」
「お前の知り合いはそんなやつばかりかよ」
真っ当な生活を送っていないセニーリが知り合うのは、当然それに近い無法者が多い。しかもふらっと他国に足を伸ばせる人間となると、さらに候補は絞られる。
ダンはそれを聞き、うーんと唸ってからミィに話しかける。
「おい、ミィとか言ったか」
「なんだい、同胞様」
なぜか言葉に棘があるミィ。ダンとは初対面のはずだが。
「なぜ売られるんだ」
「は、聞いてなかったのか? 借金のかたさ、ちょいと飲みすぎてね。グリア人ならわかるだろう」
グリア人は酒豪でも有名だ。
「知らん、俺は酒を飲まん」
「そりゃ勿体無い」
「セニーリ、なんとか出来ないか」
どうせそうなるだろうと思っていたセニーリは二人ではなく、奴隷商人に尋ねる。
「こいつの値段はおいくらで?」
「法律に基づき、働ける女は金貨二十枚、こいつはグリア人だから更に五枚だ」
「ああ……、グリア人は高いんだっけか。どうすっか……」
セニーリは考え込む、金貨二十五枚とは今の全財産に近い。もともと懐は冷え切っているのだが、剣闘の大会に備えて武器などを購入してさらに減らしていた。
だがダンとのつながりは大きなビジネスチャンスだ、いわば先行投資。ミィ自体に大きな価値はないが、ここでダンに恩を売ることに意味がある。
「ダン、あんた今金はどれだけある」
「これで全部だ」
取り戻した袋から、じゃらじゃらと硬貨をセニーリの手に落とすダン。セニーリはそれをよく確認しながら数える。
「……こっちの金貨で言うと、十二枚、ってところか」
「足りないな」
「ああ、それに金は今後に取っておかなきゃいけねえ。だからここは、俺が払う」
「いいのか?」
一呼吸置いて、キメ顔でダンに言う。
「俺たちは運命共同体、だろ相棒」
ポカンとしたダンだが、冷静に考えてこの状況ではセニーリに任せる他ない。セニーリが奴隷商人と交渉し、結果ミィの開放に成功した。
その様子を見守っていたダンが、誰にともなくこぼす。
「……まあ今はそれでいいか」
便利だしな、というダン。彼ら二人、お互いを利用し合うという点で思惑は現状一致していた。
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