泥棒女
「――きゃああ!」
「――逃げたぞ、追え!」
女の甲高い声、それに遅れて男の大声が響いた。
大通りの方からで、今ダンたちが向かっている方向である。なにか厄介事かと見ていると、年配の女性が尻もちをついていてその横から別の女が走ってきた。そちらはグリア人だ。
ダンがセニーリを見る。
「あれは?」
「……いや、違う。探しているのじゃあねえ、けれどもありゃあ……」
ミィディアムショートの茶髪を振り乱し、後ろを振り返りながら走ってくるグリア人の女。胸から金属のプレートを揺らしダンたちを見た。
「――グリア人か、おい助けてくれ!」
「うげ、どうします? ダン」
いつの間にか名前を呼び捨てにしているが今はそれどころではない。けれどもダンは憮然と立ち尽くしている。それから不満げに鼻を鳴らした。
「グリアのプライドもないのか、あの女は」
「助けないので?」
「義理もなければ理由もない、さっさと行くぞ」
すれ違うように歩き出したダンだが、無視された女は驚いたような顔で、そのまま振り返りダンの後ろに回った。
追いついた武装した男たちがダンの前に来て挟まれてしまう。
「何だ貴様、その女をかばう気か!」
「おい、そんなわけ……」
「ふざけんな! 同じグリアだろ、情の一つも沸かねえのかよ」
さも当然のように言い切る女に返事を考えていると、男たちが怒鳴る。
「ええい、その女を寄越せ! きちんと契約を交わした“商品”だぞ」
「商品?」
ダンが首をひねる。
女の首から下がるプレートは売買前の奴隷の証。
「なーにが契約だ! あたしゃなんにもしていないぞ!」
「馬鹿を言え、露店から食い物を盗んだのだろう。それを我々が間に入り、捕らえるどころか仕事をくれてやるというのだ、大人しく着いてこい!」
「あーあ、なんだか面倒事になってきたぞ……」
困るセニーリ、ダンも呆れたように言う。
「なんだか知らんが、俺達は無関係だ。勝手にしてくれ」
「ま、待て動くな!」
「おいこの非道、鬼! 同族のよしミィだろ?」
場の熱が高まるのと反比例してダンのテンションは落ちていく。他のグリアは知らないが、ジュラーのそれらはもっと誇り高かった。初めて外で見る同族に軽いショックを受け、顔を抑えながら手のひらをグリアの女へと振る。
「もうやめろ、去ね。これ以上俺を悲しませないでくれ」
「な、なんだよその可哀想なものを見るミィてえな……」
「たぶんその通りだと思うぜ」
セニーリが言う言葉にキッと睨ミィつけるグリアの女。怯むセニーリだが、女はすぐに奴隷商の男たちへと目を向けた。
「来るなら来やがれ、キンタマ噛ミィちぎってやる! グルル……」
「な……!」
「下品なやつ……」
奴隷商人も一瞬たじろぐが、すぐに女の姿を見て思い出す。
「ええい、やってミィろ! その腕でなにか出来るものならな!」
「んぐっ」
声にならない声でなにか言ったグリア人の女。その腕は縄でガッチリと縛られ、衣服も粗末なもので男たちの武器を防ぐような機能は一切ない。
流石にグリア人といえど、この状態で戦うのは不可能に等しい。
男たちはダンを押しのけ、女の腕を掴んで引きずっていく。
黙って見送っていたダンだが、セニーリが声を張り上げる。
「あ……、ダン! あれ!」
「え?」
女の腰、小さな巾着がぶら下がっている。中にはなにか入っているようで、それには見覚えがあった。
「おい、俺の!」
ダンの路銀が詰まった巾着だ。
「手が縛られているのに、器用なやつ」
同じようなことは出来るセニーリだが、今言う必要はない。
「返せ――」
ダンが手を伸ばした瞬間、女がほくそ笑んだのをセニーリは見ていた。
「――な」
奴隷商の男たちが倒れ、ダンが呆然とする。女を掴まえようとした時に、女が上手いこと入れ替わったのだ。結果奴隷商人たちを突き飛ばす格好となり、男たちはダンを見上げやがて勢いよく立ち上がった。手には武器が握られている。
「やはり、同じ種族。邪魔をするなら……!」
「おい、待て……」
怒りに任せ剣を振るう奴隷商人、思わずダンも反撃し容易く顎を打ち抜き昏倒させた。もうひとりが目を丸くし、それも襲いかかってくる。
「ああクソ!」
二人目も同じく、いとも簡単に意識を奪う。それを横でニヤニヤと見ていたグリアの女が、腕の縄を外しながらダンの方をぽんと叩いた。
「どうもな、お仲間さん」
クヒヒと笑い、ダンたちが来た道を走り出し逃げる。
「――まだ捕まえていないのか……、ってどうした!」
奴隷商人の仲間たちが増援に来た。だがダンもまだ路銀を返してもらっていない、追いかけようとした時に頭の横を何かがよぎった。
「ひぇん!」
情けない声を出したのはグリアの女だった。うつ伏せに倒れた女の横にあったのはりんご。疑問に思いダンがつぶやく。
「なんだ?」
それと同時に、遠くから大声が轟いた。
「――ざっけんなあぁぁ!」
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