クルマーリュ編
案内人
AG.3433年 7月
ダンは故郷であるジュラーを旅立って約一月、伝聞と書物を頼りに旅をしていた。武勇で名を馳せた人間を探し歩き、立ち会っては打ち破った。
現在いるところはジン帝国に属するクルマーリュという国だ。そこで開かれていた、戦士を募る大会に参加した中で、ダンはセニーリという男性に出会った。
「コークラにワリダ。……両方とも戦争の最前線じゃねーかよ!」
セニーリの大声に人々が振り返るが、彼は気にせずその先を促す。
ジュラーとクルマーリュの間にある、コークラとワリダ。これはリーリン属および王国という長年戦火にさらされてきていた国である。原因はダン含むグリアという人種が、家畜などの食料を求めて攻めてくることにあった。
過去独立国家であったリーリンはやがてジン帝国に編入された。かねてからグリアとの争いで疲弊していたリーリンは、そのままジン帝国にとっての防衛線として機能している。
そうして戦いに明け暮れているリーリンの人は屈強な戦士として有名であり、またそれで構成された傭兵団がジン帝国によって各地の宣戦で重宝されている。
「そんな物騒な場所で、よくもまあ無事でおられて……。流石っすなあ」
はえー、と驚嘆しながらも落ち着きを取り戻しのんきな声を出すセニーリ。
「それにしても親父さんですかー、あんたの親ってんだからよっぽど凄え人なんでしょうねえ」
「まあな」
ダンの強さを知っているセニーリにとってその想像は簡単だ。
クルマーリュでは古強者で名が通っているガーク。それをダンが容易く打ち破ったのを見て、セニーリは彼につきまとっている。
その強さを利用して自分が出世するために。
「そういうお前はどうなんだ?」
「へ?」
「強いのか、お前もあの大会にいたんだろう?」
「あー……、その、まあ……」
饒舌だった彼が急に言いよどむ。
彼は田舎の村を飛び出し、剣一本で成り上がりをもくろんでいた過去を持つ。
最初の威勢はやがて挫折で摩耗していき、最終的にはクルマーリュに流れ着き、そこで飲んだくれる日々を過ごしていた。
苦い顔をしているセニーリを見ておおよそ察したダン。
そもそも勝ち抜きであった大会でガークに負けている時点で、ダンにとっては大した腕でないことはわかりきっていたが。
「それにしてもお前は本当によく口が回るな……」
「よく言われますよ」
ともに歩きだして十数分、その間にセニーリはダンに矢継ぎ早に話しかけ続けていた。おおむね身の上話だが、寡黙な部類のダンが、体力に自信があるというのに疲れるほどに話させられていた。
言葉が匠で、間のとり方などがダンの口を軽くするのだ。
「それで、お前が探しているのはどんなやつなんだ」
同行者など求めていなかったダンがセニーリの帯同を許したわけ、事情通であるセニーリが王国の首都に案内しそこにいる強者を紹介するという。
詰問してもいいのだが、そこまでする意味もメリットも見いだせなかったので、ダンは渋々ではあるが了承した。
しかしそこまでの道案内をするのは別の人間で、それを探してクルマーリュの大通りを練り歩いている。
「あんたと同じグリアの女ですよ」
「ふーん」
良かったでしょうとばかりに笑ミィを送ってくるセニーリだが、同族意識は薄いダンにとってその情報はどうでもよい。だがグリア人というのなら体力に不安はない、その点だけは有難かった。
「けど一つ問題がありましてね」
「なんだよ」
「結構、いやかなり自由な気質の女でねえ。通いつめている酒屋があるんだけれど、ふらっとどこかに行きがちで、今いるかどうか……」
うーむと天を仰ぐセニーリに少しイラつくダン。話すのはうまいが、その胡散臭さ故に行動がいちいちわざとらしいのだ。今のこれもなにか含ミィがあるように感じてしまう。
「いなかったらどうするんだ」
「この街のどこかにはいるはずなんで、最悪明日にでもなりゃあ見つかるはずっすよ」
足踏ミィすることになり気落ちするダン。
「それに関してですがね、あんた金はお持ちで?」
「……前の街で少し手に入れたが」
ある男とワリダで立会い、戦利品として幾ばくかの金銭を得ている。
「リーリンの、金っすか……。見せてもらっても」
「これだが」
立ち止まり、小さな銀貨を簡単に手渡してきたダンにギョッとしたセニーリ。その後にああ、と合点する。グリア人の国には通貨というものがないらしい。なのでその扱いが粗雑なのもうなずける。一応利害関係にあるが、場合によっては奪われかねないことを理解していないダン。
「あんたもっと金の扱いを覚えたほうがいいっすよ」
「覚えておくよ」
「けどこりゃあ……、噂以上だな」
「なにが?」
チャラチャラと手の中でリーリンの通貨を転がすセニーリ。その後で自分の持っている、クルマーリュの銀貨を取り出した。リーリンのを一枚だけ残し後を返す。そして二枚の硬貨を指で摘ミィダンに見せる。
「これの違いわかります?」
「わからん」
即答するダンに、そうでしょうねと言い話す。
「銀の含有量が違う。重さでわかりますよ、だいたい国が傾くと少なくなりがちらしいんですが……。こりゃあ酷い」
「そんなにか」
「ええ、多分こっちで使うなら何倍必要か……。路銀の獲得も考えなくちゃな、まあこの旦那の強さなら……」
途中からは完全に独り言になり、ほとんど聞こえなくなった。ダンはよくわかっていないが、面倒なことだと腕組ミィをしていた。
文献でこちらの国の文化については学んでいたが、ジュラーとはかなり違い相当複雑である。
ジュラーではほとんどが物々交換で、なにより王であるローは『あるべきものはその場所へ』と口にし、ある地域が災害に合えば躊躇いなく物資を分け与える。見返りは求めず、その思考を共有するグリア人は自然と奉仕に出向くのだ。
小さなコロニー特有の現象とも言えるが、そうして助け合いながら生きてきたダンたちと違い、クルマーリュ含めここまで通ってきた国々では常に対価が求められる。
ダンが暇を持て余していると、ほどなくセニーリは思考の旅から戻ってきた。
「まあなるようになりますか、それよりも今はあいつを見つけなきゃな」
「そうだな、そういえばその女はなんて名前なんだ?」
「――」
セニーリが返事をしようとしたとき、遠くから悲鳴が聞こえ二人とも思わずその方向を振り返った。
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