第11話 事件

第六章


 大型フェスでのライブを成功させたことで、〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉は一躍有名アイドルになった。その発端は、やはり一番小さいレインボーステージでありながら、一番大きいアースステージの動員数を超えた結果が大きい。


 それは外が雨で仕方なく屋内に避難したリスナーたちが、たまたま〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉のライブ時間と被っていたからであるが、その情報が正確に伝わらなかったために様々な憶測が飛び交ったのだ。


 結果だけなら伝説のように語れるが、過程だけを見れば運が重なっただけである。いずれ噂も風化するだろうと思っていたら、目の届かないところで〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉のファンとアンチが口論になり、ネット掲示板が大炎上していたのだ。


 炎上マーケティングなどやったことはないし、やり方も分からないが、おかげで話題は尽きることなく注目の的となった。今では雑誌にラジオ、テレビなどの大きな仕事が舞い込み、日々忙しい生活を送っている。


「お疲れちゃ~~ん! 今日もカワうぃねぇ~」


 業界では〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉だけでなく、俺も敏腕プロデューサーとしての評価を得た。その名に恥じぬよう、俺も彼女たちに見合う人間になろうとしたのだが、肝心の本人たちには不評である。


「何あれチャラくね?」

「……心境の変化?」

「自惚れかなーって☆」


 活動のミーティングなのに、彼女たちは三人だけで固まっている。なぜか両者の間には大きな溝が生まれていたが、俺は軽々と飛び越えてみせた。


「おーい、俺の天使ちゃんたちぃ! 何をコソコソ喋ってるんだい? 今日も仕事は山積みだよ? ぺろーん」

「うわ、キモっ!」

「……アイドル辞めようかな」

「パパに言いつけるから、輿子ちゃんは辞めなくて大丈夫だよ☆」


 おかしいな……。明るくしようと振る舞っていたのに、どうして不穏な空気になってしまったんだ……? まぁいい、これからもコミュニケーションの改善に努めよう。


「ウェイウェーイ! まずは雑誌の打ち合わせからだぜベイベー?」


 構わず話を進めようとしたら、扉が壊れそうな勢いで渡部先輩が部屋に入ってきた。肩で息をするほどに汗だくで、切羽詰った表情をしている。


「末永君!」

「どうしたんですか渡部せんぱぁい? 慌てなくても俺は逃げませんぜぇ?」

「馬鹿なこと言ってないで、いいからテレビ点けて、テレビ!」


 とても自然に馬鹿呼ばわりされた。今は先輩でも社会的立場としては俺の方が上なんだぞ、とか思いながら部屋のテレビを付けると、丁度よくニュースが放送されている。


「本日正午過ぎ、東京都○×地区でトラックが歩行者の集団に衝突するという、大規模な事故が発生しました」


 交通事故ほど胸糞悪いものはない。身勝手な飲酒運転や無免許運転で、全く関係の無い人間が死んでしまうなんて、無念という言葉だけでは語り尽くせないだろう。俺が細心の注意を払って運転しているのもそのためだ。今回はトラックだし、居眠り運転とかか?


「トラックが歩行者を轢いて停止した後、運転手はトラックから降りて近くの一般人をナイフで刺した模様です」


 犯人は一体何を考えているんだ? もはやこれは居眠り運転とかいう次元の話ではなく、悪意を持って起こるべくして起こった犯行のようだ。


「幸い早い段階で勤務中の警官が現行犯で取り押さえましたが、その被害は合わせて十数人に及ぶと言われています。警察はこれを無差別連続殺傷事件と名称し、さらに動機の取り調べを続けています」


 十数人も被害者がいるというのに、何が幸いなのか分からない。正確な被害状況が不明なままでも、まだニュースは続く。


「そして警察の取り調べにより新たに得た情報ですが、犯人の動機には芸能プロダクション宇喜田興業所属の〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉という、新人アイドルユニットが関わっていると供述したようです」

「ぶわっはぁ! 何じゃこりゃあ!」

「……静かに」


 突然に名前が出てきて動揺したが、まだ動機が確定したわけではない。ここは大越の注意に従い、慎重に情報を得るべきだ。


「犯人の自宅を家宅捜索したところ、多数のアイドルグッズが発見されました。私たち報道陣はこれらの事件と関連性を確かめるため、これからも深く調査を進めて行く所存です。それでは次のニュースを……」

「ふざけんな!」


 謂れの無い責任転嫁に、激昂した歌山は近くの椅子を蹴り飛ばす。俺も歌山と同じように腸が煮え繰り返る想いであり、彼女の怒りを抑える余裕など無かった。

代わりにヘラが場を和ませようとする。


「まずは落ち着いて叶ちゃん。こんな情報を鵜呑みにする人間なんかいないって☆」 

「それが、事務所の前に報道陣が詰め寄ってきて……」


 今いる部屋は事務所の三階だ。そこから窓越しに地上を見ると、渡部さんの言う通りたくさんの報道陣らしき人影がいた。すぐさまカーテンを閉め、ハプニングに対応するための支度に取り掛かる。


「今日の仕事は全てキャンセルだ。暫く部屋で待機していろ」


 何が敏腕プロデューサーだ。浮かれている場合ではない。今まで以上に気を引き締め、彼女たちを守ろうと決意したのだった。


 ×   ×


 報道陣を追い帰し、今度は電話の対応に追われていた。販売したCDの歌詞に刺激的な内容が含まれているとかで、人々からクレームが寄せられて来たためだ。


 その他にも雑誌の取材やテレビ番組など、仕事のオファーや全く関係の無い内容の悪戯電話までかかってきた。物好きな連中に辟易していると、とりわけ異質な電話が事務所にかかってきたのである。


「宇喜田興業です」

「そちらの事務所に所属している大越輿子の父、大越浩太と申します」


 大越の父親⁉ きっとニュースを知って電話をかけてきたのだろう。俺は失礼の無いように言葉を取り繕った。


「私は輿子さんのプロデューサーを務めている末永未来と申します。今回はこのような事態となってしまい、本当に申し訳ありません!」

「謝罪はいい。それよりも話が違うじゃないか」


 話が違うとは、一体どういうことだ? 大越の両親を説得しに行ったのは社長なので、俺には全く心当たりがない。


「お話とは何のことでしょうか? 私共には聞かされておりません」

「そっちの社長と話した約束のことだよ。どうせ売れなくて諦めがつくなどと言うから、娘のアイドル活動を黙認してやったんだ。今から娘を車で迎えに行く」


 衝撃の事実を知って頭が少し混乱している。だが、社長への不信感で戸惑うよりも、大越が連れて行かれるのを引き止めなければいけない。


「少し待ってください! せめてお話だけでもする機会を与えてくれませんか⁉」

「ならぬ。それに謝罪はしなくていいと言ったはずだ」


 なんつー頑固親父だ。電話で話していても埒が明かないため、俺は咄嗟に引き止めるための口八丁を駆使した。


「今事務所には多くの報道陣が詰め駆けています。 お嬢さんを安全に帰宅させるためにも、こちらの車で責任を持ってお送りさせていただけないでしょうか?」

「……分かった。では、送迎はそちらに任せる」

「ありがとうございます!」


 お礼を言って電話を切る。既に報道陣は追い払った後だが、尾行されている恐れもあるので、危険な事に変わりはない。


 これで一先ずは安心として、まずは社長のことだ。どういう説得を試みたのか分からなければ、対策のしようがない。これからどうやって相談しに行こうかと考えていたら、いつの間にか社長が背後に立っていた。


「パンドラの箱を開けたわね?」


 電話口での会話を聞かれていたらしい。だが、そちらから来るのなら、むしろ手間が省けて好都合だ。ドンと来い。


「社長……一体どういうことですか?」

「ついて来い」


 いつものオカマ口調ではなく、普通の男らしい口調に変わっていた。それだけ真剣な話ということなのだろう。俺は黙ってついて行くことにした。


「ここなら人も来ないだろう」


 社長が連れて来たのは事務所の非常階段だった。秋晴れに吹く風が少し肌寒かったが、頭を冷やすにはいい場所だ。さっそく俺は本題に入ろうとする。


「教えてください社長」

「まぁ、待て。君は話の訊き出し方が下手糞だな。順序良く話そうとすれば長くなるから、まずは一つずつ質問してくれ」


 自覚していなかった性格を指摘されて少なからず傷ついたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。訊きたいことを頭の中で整理する。


「大越の父親と取引した内容は本当ですか? どうせ売れないから諦めがつくって」

「本当だ」

「どうしてそんなことを?」

「そもそも、俺が君に娘のヘラをプロデュースさせた理由を知っているか? アイドルの夢を諦めさせるためだよ。プロデュースに失敗して、やっぱり無理だと思わせるのに、君は打ってつけの人材だった」

「ええっ! 俺の才能に期待していたわけじゃないんですか⁉」


 この仕事にヘッドハンティングされたのも、てっきり俺の潜在能力を見込んでのことだとばかり思っていた。こればかりはショックを隠し切れない。


「当たり前だろ。あんな曲が売れるなんて一ミリたりとも思わなかったさ。大越浩太さんとは娘にアイドルを諦めさせるという意味で、利害関係が一致しただけのことだよ」


 そういうことだったのか。とはいえ、まだ心では納得できていない部分がある。


「……親なのに娘の夢を応援できないのは、なぜですか?」

「なぜって、親だからさ。中学生になっても娘がアイドルになりたいなんて言い出したら、そりゃ反対するに決まっている。業界関係者だからこそ、あそこの辛さは身に染みて分かっているつもりだよ」


 確かに年頃の娘がプリキュアになりたいなどと言っていたら、自分の教育が間違っていたか疑ってしまうだろう。だが、ヘラに限っては単なる虚構ではない。


「ヘラはアイドルの素質があると思います。あんなに生き生きとした姿を見ても、反対する気持ちは変わらないんですか?」

「そう、そこなんだよ。自分でも不思議なのは。あれだけ反対していたっていうのに、いざアイドルになってみたら、今度は応援したい気持ちの方が強くなってしまった。これも親馬鹿なのかね?」


 思い返してみると、俺は親に自分の夢を語ったことなど一度も無かった。有言実行という言葉はあるが、どうせ鼻で笑われると思っていたからだ。それでも、家でギターの練習はしていたし、親は俺がミュージシャンになりたいと薄々気づいていたはずである。


 夢なんて叶えられっこないと思いつつ、やはりどこかで応援もしている。二律背反する思考で逃げ場所を用意しているということは、ただ親は自分の子どもが傷つく姿を見たくないだけなのかしれない。


「人の親なら当然だと思います」

「ありがとな。しっかし、俺も焼きが回ったもんだ……」

「あのオカマ口調も演技だったんですね」


 自分が採用された理由が判明した時はショックだったが、こうして素を見せてくれるということは、信頼を得たということになるのだろうか。


「あれはビジネス用だよ。仕事を円滑に進めるためのコミュニケーション。ビジネスとプライベートを使い分けているだけで、どっちも私でどっちも俺だ」

「俺には真似できそうにないです」


 実際、俺には敏腕プロデューサーとしての仮面を付け続けることはできなかった。ビジネスでもプライベートでも、己の未熟さを噛み締めるばかりである。


「こんなもん真似しなくていい。いや、仕事でも娘を特別扱いしないように気をつけていたんだけどな、あいつにそんなのは関係なかったよ。軽々と障害を乗り越えて行きやがった」

「ヘラは努力家ですから」

「……子供って、自分一人で勝手に育っていくものなのか?」


 過保護すぎても問題だが、かといって放任しすぎても問題だ。子供が抑圧から解放されて自由になりたいと望むのは、一体いつ頃からなのだろう。せめて反抗期が訪れるまでは、大人がしっかり守ってあげなければいけない。


「そうかもしれないですけど、勝手に自分一人で育ったような気になっている子供なんて、ろくな大人になりませんよ」

「言うじゃねぇか。ったく、夢がアイドルなんて、変なところで似やがる」

「え、社長もアイドル志望だったんですか?」


 失礼ながら、顔がちょっと……。


「馬鹿、母親の方だよ。大学時代に知り合って、最後まで売れない舞台女優だった。娘には同じ道を歩ませたくなかったが、やっぱり血の繋がった親子だな」


 それもまた親心か。本当はちょっと嬉しいくせに。


「ヘラは社長にも似ていると思いますよ。けっこう演技派だし」

「まぁ、ヘラも中学の頃は荒れていたしなぁ……」

「え、荒れていたって何がですか?」

「うるせーよ。もう話は終わりだ。さっさと大越さん宅に訪問して、アイドル活動の許可をもらってくるぞ」


 不穏分子だった社長と和解し、こちら側の味方にすることができた。これでようやく、大越の親を説得させる方法を考えることができる。


 社長と話している内に心の準備ができた俺は、意気揚々と彼女たちのいる部屋へと戻ったのだった。

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