第8話 CDデビュー
第四章
ライブが終わり数日後、俺はメジャーでのCDデビューについて企画を固めるために、アイドル三人を事務所に呼び出していた。
「ライブで披露したことのない、新曲をデビュー曲にしたいと思う。今から歌詞カードを渡すから読んでくれ」
ついでにデモテープも流す。曲名は『あの花』だ。ライブで披露した歌だと季節感が強すぎるため、それに左右されないような青春っぽさを作詞作曲した。
我ながら名曲を生み出したと感心したものだが、彼女たちの反応はどのようなものだろう。曲を聴き終り、まず一番に歌山が感想を言う。
「デビュー曲は『即はめボンバー』にしよう」
「正気か⁉」
歌詞が低俗すぎるという理由で却下されたものを、どうして再び持ち出してきたのだろう? 他の二人も茫然としている。
「これもカッコいいけど、今の気分じゃないっていうか、何かが違うんだよねー」
「俺は別にいいが、他の二人はどうなんだ?」
「一度決めたことを掘り返されても……」
やはりヘラは抵抗があるようだった。きっと彼女が思い描いているアイドル像とは、かなりイメージがかけ離れてしまうのだろう。
「大越は?」
「……理由を聞きたい」
確かに、それを聞かなければ誰も納得できない。歌山は仲間の顔を見回した後、大仰な態度で話し始めた。
「あたしたちって、何のためにアイドルやってるの?」
この話題は、ライブ後の物販で俺と大越が話していた内容だ。歌山の地獄耳は聞き逃してはいなかったらしい。
「あたしは自分のためだった。大事なのは自分だし、そのためなら多少のことは我慢できた。でも、ファンと接していく内に、あたしは誰かのためにアイドルをやりたいって、次第に思うようになった」
歌山もまた、アイドルであることに迷いが生じ、長い時間をかけて自己の内面と対話してきたのだ。しかし、その答え合せが他人と一致するのは稀である。その証拠にヘラとは真っ向から対立した。
「日々の癒しとなるのがアイドルの務めでしょ☆」
「だから、あたしは自分のため、誰かのためにアイドルをやりたい。日々の癒しとして機能したいんだったら、風俗嬢になった方が早いよ」
それは極端だと思うが、とにかく言いたいことは分かる。冷静な大越は少しずつ歌山の考えを紐解こうとしていた。
「……叶はファンに何を望んでいるの? その想いは一方通行にならない?」
「少なくとも、グッズを買ってもらうためじゃない。グッズを買えば買うほど、良いファンだという評価には絶対にさせない。そしてあたしは、そんな浅ましい野郎のためだけに歌いたくはない」
「矛盾してるよ☆」
自分のために歌いたいけど、それは自分のためではない。ファンのために歌いたいけど、それはファンのためにはならない。
一見すると矛盾しているようで、実は論理的な思考に基づいている。腑に落ちない部分があるとすれば、それは正しいのかどうか判断しかねるからだ。
「つまり、あたしは誰かのためのアイドルになりたい。でも、それは傷を癒すための音楽じゃなくて、傷を付けるための音楽がいい」
「……どういうこと?」
傷を付けるという表現に対し、大越が首を傾げる。歌山は訊かれるのを待ってましたと言わんばかりに、自分の主張を語った。
「白々しいんだよ! プロデューサーの曲が悪いわけじゃないけど、このまま続ければ愛だの友情だのと、綺麗な言葉をただ並べただけの歌だけになる。そんな歌をファンが聴いて、何になるってんだ⁉」
「音楽に啓蒙性は無いぞ」
そんな力があるのなら、自分がトップアイドルになる歌詞でも書けばいい。そうならないのは、受け手が自分に都合の良い情報を取捨選択しているからだ。
「だからこれは、あたしのアイデンティティも含まれるんだよ! それには、ファンが社会の苦悩と向き合ってくれる歌じゃないと駄目なんだ! そうじゃないと、あたしがアイドルをやっている意義が生まれないんだよ!」
作品の力を借りて行動を起こすのではなく、自分の信念を通じて実行することが必要なのである。そういう意味では歌山の主張は独りよがりではあっても、筋は通っていると俺は思う。問題は、他の二人にも伝わっているかどうかだ。
「だ、そうだ。ヘラは納得したか?」
「するわけないじゃん☆ そんな理由に納得したら、ヘラがヘラでいられなくなる」
ヘラの夢はトップアイドルであり、そのための地道な活動は惜しまなかった。歌山の主張は、そのヘラの努力を否定するに等しい行為だ。簡単に受け入れられる提案ではない。
「……それに、この曲でやる必要性が無い」
大越はどちらかというと、『即はめボンバー』自体が生理的に嫌いなようだった。それはもうなんともならないのだが、歌山は気持ちよく一蹴する。
「リアリティがある。それだけで十分」
「アハハッ! 馬鹿みたい」
あまりの単純さに、大越が声を上げて笑ってしまった。
「馬鹿とは何だ⁉」
馬鹿は馬鹿だが、案外リアリティは大事な要素だ。それがあるかないかだけで、ユーザーが作品に共感できるかどうかが決まる。
「……いいよ。ボクは新しい方向性に賛成する」
「マジでか!」
「ボクは有名になれればいい。それなら派手に動いた方が実現しやすそう」
生理的に受け付けなかった大越が真っ先に心変わりするとは。この前のライブでも売名行為と言っていたし、彼女を縛っている鎖は強そうだ。だが、こうして仲間を得て行くことで、その鎖が引き千切られることを願う。
「意外とノリいいじゃん!」
「あまり調子に乗らないで」
二人の距離が縮まったと思えたのは錯覚でしたね。
大越が賛成派に寝返ったことで、この場ではヘラの方が少数派になった。とはいえ、少数派の意見を切り捨てるわけにもいかない。
「ヘラが反対していることを忘れるなよ。ちゃんと全員が納得するルールを、全員で決めるべきだ」
「そんなこと言われても、お互いに譲れない部分はあるよね」
ヘラは頑なだった。一歩も引かず、妥協点を見つけるのは難しそうだ。しかし、それは歌山も同じこと。
「まずは歩み寄る。どうして否定する?」
「可愛くないし、ファンが求めてないから」
「ヘラはファンからチヤホヤされたいだけ? だったらAV女優にでもなれば?」
「あは☆ 殺す」
ヘラは拳を握りしめ、笑顔のまま歌山を追い詰めようとする。鬱憤を全て吐けば楽になれると思ったが、感情がヒートアップしすぎたか……。
「そう熱くなるなって……えええーーっ! 何この怪力⁉ すんませんした!」
俺は間に入って止めようとしたのだが、ヘラに顔面をアイアンクローされ、情けなく床に崩れ落ちた。
「あわわわわ……煮るなり焼くなり好きにしろ! あたしは屈しない!」
歌山は圧倒的な武力の前に自暴自棄になり、テーブルの上へ仰向けになって寝転んだ。ちなみに、それは降伏のポーズだぞ。
「ぎゃあああああああ~~っ! うひっ、ぐひぃ~~っ! お、お助け~~っ! ぐいっひっひっひぃ~~っ! キャハハハハ!」
ヘラに脇腹をくすぐられ、歌山は身が悶えるような悲鳴を上げていた。俺のような非情なるアイアンクローさえ受けなければ、歌山にも勝機が見えるだろう。
「うわぁ~~~~ん!」
結局かよ!
「何も泣くことないじゃん」
「泣いてねーよ! このオッパイ! 吸うぞコノ野郎!」
「お仕置き☆」
「ぐわばああああ~~~~っ!」
くすぐり攻撃を続行され、もはや笑っているのか泣いているのか分からない叫びになっていた。もう見ているのが辛い。
「降参した?」
「ぜぇ、はぁ……。 だ、誰が降参なんか……」
「ていっ☆」
「いやああああああっ!」
まるで姉妹のような微笑ましい睦まじさから一変、これだけやっても決して折れようとはしない歌山に対し、いつしかヘラに光悦の表情が……。
「はい、ストップ! 離れろ! これ以上は絵面が非常にまずい!」
「えー……」
「そこ残念がらない! この勝負は歌山の勝ち!」
「はぁ? どうして?」
「この勝負、暴力に訴えた時点でヘラの負けは決まっ痛てててぇッ!」
最後まで言えず、ヘラに手首を軽く捻られた。
「納得できないよ☆」
往生際の悪いヘラを見かねたのか、ついに沈黙を保っていた大越が口を挟む。
「……実力行使に出るということは、叶の問いかけに対し肯定したことになる。つまり、ヘラは自分のためにアイドル活動をしていたということ。ファンは搾取されるべきエサ?」
「そんなつもりじゃない」
「そういうつもりじゃなかったとしても、そのように思われてしまう事実は残る。これは圧倒的に不利」
大越の話は理論的で合理的なのかもしれないが、ヘラは感情的な部分で納得できていない。頭ではなく、心で理解させなければいけないのだ。そういう相手にいくら理屈をこねようとも、心から伝わることはない。
瀕死の歌山が立ち上がる。
「ちょっと待って。あたしは消極的な理由で、ヘラにアイドル活動の協力を強制したくない。ちゃんと説得させて」
あの横柄だった歌山が珍しく謙虚だった。きっと彼女には理想があり、それを支える信念があるのだろう。しかし、理想はたった一つだけのものだ。ユニットとして活動するのなら、それらを統一しなければいけない。
「もう一度だけ聞くけど、ヘラは何のためにアイドルやるの?」
「子供の頃からの夢だったし、今でもトップアイドルを目指してるよ☆」
「だからさ、トップアイドルになって何がしたいの?」
「それは……」
「どうせやるんだったらさ、誰かのためにやろうぜ。現代で自分が自分らしく生きるための歌なんて、聴いているこっちが寒くなる。いつまでも純粋でいたいなんて、ただの甘えと驕りでしかない」
アイドルになれたからといって、そこで人生が終了するわけではない。トップアイドルになって何がしたいのか、そしてアイドルを引退した自分を想像できるのか。未来のビジョンが無ければ、いちいち活動にも支障を来たすだろう。
それが分かっていても、やり方を変えるわけにはいかない。それを認めてしまっては、自分の過去を否定することに繋がってしまうのだ。ヘラは寸での所で踏み止まる。
「ファンがアイドルを純粋化しているのであって、ヘラは血の滲むような努力をしているよ。これもキャラ付けの一環だし、夢を与えるのがアイドルの仕事でしょ」
「それなら聴いている人間に活力を与えるような、前に進める歌を歌おう! それは癒しなんかじゃなくて、生きようとする意志だ! 怒りの反骨精神だ! ファンに何クソって思わせたら、きっとあたしたちの勝利だ!」
あまりにも過激すぎる歌山の思想に、もはやヘラは言葉が出ない。それでも間髪入れず、歌山は主張を訴え続けた。
「考えてもみろよ! ファンに夢を与えているだって? よくそんなことが抜けぬけと言えるな! テメーらは虚構を見せているだけだ! ファンに現実と向き合わせず、ただ金を毟り取っているだけだ!」
「…………現実なんか、辛いだけだよ……」
ようやく捻り出したヘラの言葉は、か細い弱音になっていた。それでも構わず、歌山は最後にたたみかける。
「何を勘違いしているのか知らないけど、あたしはファンのためだけじゃなく、アイドルのためにも活動したいと言っている。つまり、これはあたしたちの、そしてアイドルになりたいと願っている少女たちのため」
アイドルを応援している内は、ファンも嫌なことを忘れられるのだろう。グッズを買うことで満足し、幸せになれるのなら安いものだ。
しかし、モノに満足できなくなった時、アイドルを応援している場合ではなくなった時、一体ファンには後に何が残るのだろう? そして、アイドルはどうなってしまうのだろう? 考えるだけで不安になってしまう。
「あたしたちは今こそ爆発するべきなんだよ!」
不安を吹き飛ばすような歌山の怒声が、ついにヘラの心へと届く。ヘラの感情論を、歌山が根性論で塗り潰したのだ。
「正しいのは伝わったけど、正しいだけじゃ気持ちの整理がつかない。だから、とりあえずヘラはアイドルのためにアイドルやる。それでいい?」
「十分すぎる」
本音をぶつけ合うことで相互に承認し、二人は固い握手を交わした。これこそ熱い友情だ。見ていて胸が熱くなってしまう。
だが、そんな感傷に浸っている暇もなく、冷静な大越は冷や水を浴びせた。
「……で、何からやるの?」
「それはプロデューサー任せで!」
肝心なところは丸投げかーいっ! とはいえ、それが俺の仕事だから文句も言えない。とにかく、この方向性で企画を通すと彼女たちに約束した。
× ×
格好つけて約束したのはいいものの、企画はインディーズレーベルでしか相手にされなかった。それでも良い条件のレコード会社と契約できただけ、まだ僥倖である。あの企画だと、鼻で笑われるのが落ちだったからだ。
それが癪に障ったため、『即はめボンバー』はカップリング曲ということで隠し、表向きには『あの花』でデビューすることにした。中堅どころのレコード会社と契約できたのも、それが理由である。
真のメインが『即はめボンバー』だろうが『あの花』だろうが、デビュー曲をリリースするのなら、どっちにしろ最初にやることは歌の練習だ。それは彼女たちのポテンシャルが元から高いため、早々に次の段階へ移った。
次にやるのはレコーディングである。曲を作ったのは俺なので、スタジオでの指示出しも俺がやらなければいけない。ちなみに、売れっ子アイドルはその日に渡された曲を、その場で歌って収録するらしい。忙しいとはいえ、非効率だと思う。
アイドルの負担は最小限にして収録を終わらせ、彼女たちにはダンスの振り付けを練習してもらう。そのレッスンは振付師のコーチに任せ、その間に俺は発注していたCDジャケットなどのデザイン打ち合わせをする。
もうこのへんで頭が混乱してきたが、まだ営業でやることはたくさんある。正念場なのは広報活動だ。雑誌の編集者と連絡を取り合い、なんとか来月号のスペースを確保し、宣伝するための良い記者を紹介してもらう。
「じゃ、一人ずつCDデビューに向けてのコメントをお願いします」
「リーダーの歌山叶です。初めてのことばかりで緊張していますが、とにかく頑張るしかないと思います!」
「……大越輿子です。これを機に仕事が増えることを願っています」
「宇喜田ヘラだよ☆ たくさんの人にCDで歌を聴いてもらいたいな☆ それでファンが増えたら、もっと嬉しい!」
『即はめボンバー』がB面になったことは彼女たちに伝えてあったので、記者には当たり障りのないコメントをしてもらった。無理して最初から敵を作らなくてもいい。
しかし、目ざとい記者は『即はめボンバー』の存在に気づき、これについての説明を求めた。そこはプロデューサーである俺が対応し、このような方針になった経緯を伝える。話を聞いた記者は、まるでアイドル界のセックス・ピストルズだな、という評価をして取材を終わらせていった。
この内容が記事になるかどうかは正直どちらでもいい。ただ無難に越したことはないのだが、普通過ぎてもつまらない。このくらいのスパイスはあってもいいように思う。それがどう転ぶかは未知数だが……。
下準備が終わったら、次は発売イベントとしてミニライブの会場を押さえなければいけない。それは社長とレコード会社の伝手で、なんとかショッピングモールのスペースを確保してもらった。都心より少し地方になってしまうが、こればかりは贅沢をいってられない。
CDを制作し終え、衣装を含め発売イベントも準備万端。後はミニライブを成功させるだけだが、ダメ押しとしてラジオで告知をする。〈夏いぜガールズ〉の渡部プロデューサーに頼む込み、彼女たちのラジオにゲストとして出演させてもらったのだ。
以下の台詞は、ラジオ局で収録した内容である。
「〈夏いぜガールズ〉の、メガラバれコーナー。今日のゲストは私たちの後輩アイドル、〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉の皆さんです!」
「どうも〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉でぇーすっ!」
楽水が優しい声音で紹介文を読み上げ、歌山たちが元気に挨拶をする。良い出だしかと思いきや、日向井が怠そうにいちゃもんを付けた。
「漫才師みたいな登場の掛け声ねー」
「まぁ、事務所の特色が色濃く出ますよね」
このまま牡丹と歌山の雑談になりかけたところを、しっかり者の楽水が軌道修正する。彼女だけが頼りだ。
「もー、牡丹ちゃんは話の腰を折らないでください。みんなも相手にしなくていいから」
「どういう意味よ!」
ラジオなのに相方のパーソナリティを無視するとは、思い切った斬新さである。確かに俺も日向井は邪魔だと薄々感じていた。
「えーと、今度デビュー曲の発売イベントでミニライブがあるとのことですが、初めて自分たちだけで歌う気持ちはどうでしょうか? では、リーダーの歌山さんからどうぞ」
「はい。すっごく楽しみです!」
「それだけ?」
日向井の余計な指摘に腹が立った歌山は、今が本番中だということを忘れて机を強く叩き、対面している相手を鋭く睨み付けた。
「他に何があんだよ!」
「お、怒らないでよぉ……」
少し可哀想だが、あれだけ萎縮すれば大人しくなるだろう。歌山は必要悪である。むしろ良くやったと褒めてやりたい。
「それじゃあ、次は大越さんお願いします」
「生きのいいコメント期待してるわよ」
なん……だと……? あれだけ歌山の怒りを買ったというのに、全く反省の色が見られない……。日向井の無駄なタフネスさに、繊細な大越は気分を害する。
「……チッ、ウザ」
「これ生放送なんだけど⁉」
「……先輩たちがいなくて心細いですけど、仲間たちと共に乗り越えます」
「ラジオだからリスナーさんには見えないだろうけど、その表情は一ミリたりとも思ってないわよね⁉」
ツッコミが面白いからいいものの、そうじゃなかったら日向井をスタジオから叩き出しているところだ。キャラクター性に恵まれたな。
そういえばすっかり忘れていたが、ライブでの人気投票は〈ゲットバッグ ザ アナーキーズ〉が勝った。しかし、個人で見ると日向井がダントツ一位のため、よく分からない内に引き分けということで話が収まった。こんなことになるのなら異議を申し立て、日向井にアイドルを辞めさせとけば良かったな……。
「もー、牡丹ちゃんうるさいですよ?」
「わたしのせい⁉」
楽水は日向井との付き合いがここにいる誰よりも長いため、扱い方が手慣れている。自然な動作で無視して話を進めた。
「それじゃあ、気を取り直して最後にヘラさんどうぞ!」
「今回の発売イベントはヘラたちのプロデューサーさんが頑張ってくれたから、絶対に成功させたいの☆」
「あれ? いつの間にか質問の内容が変わってたかな?」
普段から日向井に手を焼いている楽水であっても、独自の世界観を持っているヘラだけは苦手のようだ。
「ラジオを聴いているみんなに、もっとヘラたちのことを知って欲しいな☆」
「勝手に話さないでくださいー。そして人の話を聞いてくださいー」
なんとか理性で感情を抑えていたというのに、相方であるはずの日向井がデリカシーの無い一言で、さらに追い打ちをかける。
「真珠も大変ね」
「…………」
「え、何よ今の放送事故?」
とまぁ、発売イベントまでにやれるだけのことはやったつもりだ。収録、製造、流通、会場、告知。後は満を持してミニライブを披露するだけである。
ミニライブの会場は大型ショッピングモールを押さえたのだが、披露する場所はまさかの屋外だった。巨大な駐車場の片隅にステージが設営されている。これではいわき市のららみゅうと同じだが、ステージだけはグレードアップされていて安心した。
「思っていたよりも人いるじゃん」
歌山が舞台袖から客入りを確認している。俺が事前に業界の関係者か、雑誌の取材者くらいしか観に来ないだろうと言っていたため、観客の多さに感心しているらしい。
「休日だしな。家族連れの人たちが休憩しに来ているんだろう」
「なーんだ、たまたま発売イベントに居合わせただけか」
「……むしろ運が良い。今日は盛況」
大越の言う通り、今日は絶好の行楽日和だ。六月だというのに湿気は少なく、乾いた風が透き通る。屋外であっても程よい雲が直射日光を遮り、少しくらいの昼寝なら丁度いいと思えるの気温だった。
「それはそうなんだけど、不自然にチビッ子が多くない?」
チビッ子が多いのは当たり前だ。何を言っているのか分からなかったが、その認識のズレをヘラが説明してくれた。
「この後にヒーローショーがあるらしいよ☆」
「は? あたしたちは前座かよ」
「いや、俺ちゃんと説明したからな?」
ミニライブが終わった後、このステージで戦隊モノのヒーローショーがあるらしく、歌山は怪人の人質になることが決まっていた。ヘラが司会のお姉さんで、その間に大越は物販の売り子をする。
「知ったの昨日じゃん。急すぎるよ」
「それについては申し訳ない」
俺も相手方から聞かされたのが一昨日だったのだ。なんでも、司会のお姉さん役に身内の不幸があったらしく、電話先で泣き付かれたのである。断るわけにいかない。
その上、子供がいる前で『即はめボンバー』を歌うわけにもいかず、仕方なく曲目も変更せざるをえなかった。
「……別にやることは変わらない」
「ヘラは楽しみだし☆」
「はいはい。じゃ行ってきます」
三度目のライブにして、この背中から滲み出る貫禄。まるで一般人とは背負っている覚悟が違うとでも語りそうだ。親が厳しい大越と社長の娘であるヘラはともかく、歌山に覚悟を裏付けるような過去を俺は知らない。
そのように自覚すると急に遠い存在となり、俺は黙って彼女たちをステージへと送り出したのだった。
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