一番苦手な科目は?と聞かれたら「協調性」と答える:99%

ちびまるフォイ

ちゃんと周りに合わせられる人が成功する

「みなさん、今日から新しい科目が追加されます」


先生は黒板にチョークを走らせて、大きく「人」という字を書いた。


「これはなんて読みますか?」


「ひと?」


「いいえ、人と書いて、きょうちょうせいと読みます。

 新しい科目として、みなさんの協調性が成績に反映されます。」


クラスには全員「協調性」の教科書が配布された。

でも、数学のような宇宙語でも、英語のような怪文書でもない。


道徳の教科書のように絵が多く文字が少ない教科書だったので

「なんだ楽そうだ」とみんな安心した。


「では、今日から協調性の授業をはじめます。

 教科書3ページの内容を読んでください」


先生はテキストを読み終えるまでじっと待った。


「はい、そこ。田中君。あなたは人より読むのが早かったようですね。

 読み終わってからきょろきょろしていました」


「あ、はい。俺、わりと本読むの好きなんで慣れてるんですよ」


「周りを見てみなさい。まだ読んでいる人がいるでしょう。

 協調性が低い証拠です。

 そういうときは、周りが読み終わるまで、読んでいるポーズを取るのです」


「む、難しい……」


田中はもう読み終わっているテキストで再度顔を隠した。


「はい、みなさん。読み終わりましたか?

 クラスの半数以上が読み終わっているのに、

 まだ読んでいる人も協調性が低い証拠ですから改めてください」


教科書を持っていた生徒が慌てて閉じる。


「では、今読んだところの主人公の気持ちを4択で選びましょう」


生徒たちはお互いの顔を見合わせている。

さすがにこれまでの流れからみて、本気で答えるのはマズイ。

協調性がないと思われるかもしれない。


「おお、今度は全会一致で ①早く帰りたい ですか。

 クラス全員が同じ意見なんて、協調性が出てきてまとまっている傾向ですね」


生徒たちの表情がぱあと明るくなった。

はじめて手ごたえを感じた。



「ですが――」



先生はおもむろに教団の下からフリップを出した。


「えーー。日本全国の人に同じ質問をしたところ

 一番回答率が多かったのは ④よくわらかない です。


 みなさん、クラスが協調するのはいいですが

 人ととしての正しい強調ができなければ、それはただの閉じた集団ですよ。

 社会にも協調できてこそ一人前の人間と言えるんです」


先生はぴしゃりと釘を刺した。

この時点で数学や英語よりも実は過酷で難解な授業だと誰もが気付いた。



その数日後、クラスでも特に成績の悪い田中君は職員室に呼び出された。

それも保護者同伴。


田中君の保護者は何か悪い事しでかしたのではないかと、

おろおろと被害妄想を加速させて息子に必死に事情を聞いている。


「お母さん、どうか落ち着いてください。

 別に田中君が何か校則違反をして呼び出したとかではないですよ」


「ほ、本当ですか? よかった……」


「でも事態はぜんぜん良くないんです」

「えっ」


先生は田中君のおぞましい成績表を見せた。


「田中君は普通の科目では成績がいいんですが、

 こと協調性においてはクラスでもぶっちぎりの最下位なんです」


「ええ、うちの子、友達と遊ばずに勉強ばかりしてましたから」


「お母さん、受験では今後もっとも協調性の成績が重視されます。

 このままではAランク校への進学も危ういですよ」


「そ、そんな!」

「マジですか!?」


無言を貫いていた田中君もこれにはさすがに自然と声が出た。


「社会において求められるのは協調性です。

 国の教育方針としても一致団結したときに力を発揮できる人が必要なんです」


「でも、先生! 昔の天才はひとりで成功した人もいるじゃないですか!

 周りの反対を振りきって成功した人だったいます!」


「それはほんの一握りの成功例です。

 実際にはその何百倍も、同じことをして失敗した例があるんです。


 宝くじで当選すると思って、くじを引くようなものです」



「先生、うちの田中はどうしてもA校に入れたいんです。

 これからどうすればいんでしょうか。

 協調性の勉強なんてどうすればいいんですか」


「お母さん、こんなのがありますよ」


「協調性……予備校?」


「ええ、協調性の科目を教える前に、教員も入った予備校です。

 ここでならきっと協調性が学べると思いますよ」


「すぐに予約します!」

「おいおふくろ! なに勝手に!」


「田中君、日本全国で一番多い呼び方は"お母さん"です。

 そういう細かい部分にミスがあるから協調性が低いんです」


「うぐぐ……」


かくして、田中君は協調性予備校へ幽閉が決まった。


学校終わりに協調性予備校に行って勉強をする二重生活。

協調性予備校には指定の制服があるので着替える必要もあって手間だった。


「おいこらソコ!! ネクタイが整いすぎている!!

 他の奴らと協調してちょっと崩せ!!」


「ひぃぃ!」


協調性予備校は学校の授業のような生半可なものではなかった。


「そこ! 返事は合わせろ!!」

「髪型が違っている! すぐ直せ!!」

「この答えは間違っているのが正しい!!」


「ま、まるで軍隊だ……」


「おい、貴様。お前以外に私語をしている人間はいないのに

 協調ではなく、個人でぼやいたな?」


「え? あ、あの……」


「ひとりの責任は全員の責任!! 今日の授業延長だ!!」


「「「 はい喜んで!! 」」」


全員が音程とタイミングバッチリの返事をした。

でもけして目は笑ってなかった。殺意すら感じた。



それからしばらくして、また田中君と保護者は学校に呼び出された。


「あ、あのぅ……またうちの子が何かやらかしたんですか?」


「めっそうもない。この成績を見てください!」


先生は声をはずませながら成績表を見せた。


「協調性が大きく回復しているんですよ!

 それもこれも協調性予備校の成果が出て入るんですよ!


 田中、お前やればできるじゃないか!!」


「はい喜んで」


「これなら確実にA校も受験合格できますよ。

 いや、もっと高い場所も狙えるかもしれない!」


「はい、喜んで」

「良かったわね」


受験当日、鍛え上げられた協調性で全員が同じ時間に起床し、会場へ向かった。


シンクロともいえるほど完璧な協調性を見せた田中君は

その日受験会場の試験官をもうならせた。


「逸材じゃ……100年に一人の逸材じゃ……!!!」




受験の結果が出ると、3度田中君と保護者が学校に呼び出された。


「先生、今度はいったいなんでしょうか?」


「ええ、実は……田中君は合格しました」


「本当ですか!! やったぁ! よかったわね!

 うちの子やればできる子なんです!!」


「C校に」


「はっ? A校でもなく、S校でもなく……C? なんで!?」


慌てる保護者を見て、田中君は当たり前に答えた。



「当然じゃないか。みんなに合わせて同じ学校を選んだんだよ、母さん」

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